研究の目的

 本研究の目的は、
 第1に、東南アジア諸語地域において数世紀に渡る、ポルトガル語、スペイン語、フランス語、英語等ヨーロッパ系言語と基層言語との接触や混成現象を経て形成された言語変異の個々の記述研究を通して、この言語域に特有な歴史的変化の特質を把握することである。
 第2に、東南アジア諸語のなかでも顕著な様相を示す地域をとりあげ、言語文化的継承に関わる問題を分析することにより、理論的にはアジア諸語に限らない世界各地の少数者言語地域に適用しうる包括的社会言語学的知見を得ることである。
 第3に、特に東南アジアの少数言語地域に強く見られる言語文化保存・継承と少数言語教育の試みを臨地調査し、現地の当事者との協働により、危機的状況にある言語に有効に働き得る人為的・環境的要件を抽出する。
 この3つの課題を有機的に関連付けて動態的に解析し、その成果を国内外の研究集会やWeb上で一般社会に還元する。

 研究実施計画

2015(平成27)年度

研究実績の概要

 マカオ並びにマレーシアのポルトガル語クレオール語については、分担者の富盛が香港に出張し、香港教育学院教授Hintat Cheung氏から香港の多言語状況や少数言語話者についての研究情報を得た。マカオ大学准教授のMario Nunes氏と会談しポルトガル系言語の最新情報を得た。マレーシアのKristang語の伝承者Joan Marbeck等も加え今後の本科研の国際連携を協議した。代表者の黒澤はKristang語の研究資料や文字データの調査、検討に着手し、コーパスデータ化し、先行研究の記述と照合し言語運用の実際問題を洗い出す準備を始めている。
 マレーシアの英語については、分担者の野元が使用状況調査の文献調査を行った。マレー語の英語起源語の発音を手がかりに、マレーシア英語の音韻的特徴を探った。
 ベトナム語と欧州語の接触は、分担者の田原がハノイに出張し、グエン・ティエン・ナム・ハノイ国家大学社会科学人文大学ベトナム学部長とドイモイ以前からのベトナム語教育・研究の潮流に関し意見交換し、旧社会主義圏におけるベトナム語の位置づけを把握した。ハー・クアン・ナン・国家辞書学百科事典学研究院研究員とロシア語起源およびフランス語起源のベトナム語彙についての情報交換した。こうした意見交換を通じ、研究テーマの基本骨格に迫ることができた。
 フィリピンのスペイン語クレオール語については、分担者の荻原がフィリピンに出張し、マニラ近郊のCavite Cityで現地調査を行った。調査目的は、調査に必要な人脈の再構築と調査地点の変化に関する情報収集である。過去の現地調査で協力してくれた故人の家族から、Cavite Cityや、やや遠隔のカビテ語に近いクレオールが行われているTernateでの調査の準備を行った。また、この分野の専門的研究者であるEscalante博士のカビテ語文献を、収集することができた。

2016(平成28)年度

研究実績の概要

 マレーシアのポルトガル語クレオール語のKristang語については、分担者の富盛が継続的に現地研究者と連絡を取り、多言語状況や話者のコードスイッチングなどについて研究をフォローしている。マカオ大学のMario Nunes氏はポルトガル語系クレオール諸語の専門家で準連携的協力を得、Kristang語伝承者のJoan Marbeck氏等と共同で研究を進めている。シンガポールの大学にKristang語を学習し研究するグループがあり、関連の協力も今後の課題である。
 この文脈ではマカオのポルトガル系継承言語のパトワ語について上智大学の内藤理佳氏を研究会に招き情報交換を行った。この言語とKristang語は極めて酷似している。代表者の黒澤はKristang語の研究資料や文字データの調査研究およびコーパス化を継続している。マレー語とマレーシア英語というテーマは、分担者の野元が、世界英語の分類に関する主要な先行研究およびマレーシア英語に関する先行研究にあたることで「マレーシア英語」とは何かという問いに答えを出した。「マレーシア英語」は、Kachruの分類では、第二言語として広く用いられ、独自の規範を作り上げる外圏(Outer Circle)の英語変種である。「マレーシア英語」は実在するが、シンガポール英語やアメリカ英語のような内部の均質性はなく、話者の背景に応じ様々な言語特徴のゆるやかなまとまりとして理解しなければならない。
 フィリピンのスペイン語クレオールについては、分担者の荻原がチャバカノ語の成立の小史と文法特性のあらましや英語とタガログ語、さらにタグリッシュとの多言語環境で次第に死語に向かいつつあるマニラ湾沿岸部のカビテ語やテルナテ語を社会言語学的に研究した。
 1932年から本格的に始まったチャバカノ語研究の流れを言語史、他のスペイン語系クレオールとの対照比較研究などからまとめた。

2017(平成29)年度までの研究実績の公開

 

 3年間の研究期間中に、研究成果の公開と総括的議論は以下のように、日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究(B)(2015年度−2017年度、研究課題/領域番号15H03224)「アジア諸語の社会・文化的多様性を考慮した通言語的言語能力達成度評価法の総合的研究」(研究代表者富盛伸夫)との共同開催という形をとった。

 

1. 研究会(共同開催)

 旧植民地時代の言語・文化的レガシーとしてEU言語を継承するアジアの複言語使用状況と複層的社会・文化的特質を研究対象として共同研究することにより、新たな研究展望への示唆が得られた。

 

 日時:2016(平成28)年12月2日 18:30~20:30

 会場:東京外国語大学 語学研究所(研究講義棟4階419号室)

 研究発表1「TUFS言語モジュールを活用したアジア諸語の社会文化的特質の考察と指標化」

   富盛伸夫(東京外国語大学名誉教授)、 YI Yeong-il(東京外国語大学大学院博士前期課程)

 研究発表2「ベトナム語教育におけるheritageとlegacy」

   田原洋樹(立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部准教授)

 研究発表3「Tagalog、 Taglish、 English、 そしてChabacano ―カオスの中のアイデンティティー―」

   荻原 寛(東京外国語大学大学院特別研究員)

 総合討議・質疑応答(司会進行:富盛伸夫)

  ※共催:東京外国語大学 語学研究所

 

2. 特別講演会「アジアの少数言語の継承と言語教育」(共同開催)

 マレーシアのKristang語についての最新情報と研究連携について富盛伸夫が、マカオのポルトガル系継承言語のパトワ語については上智大学の内藤理佳氏が詳細な社会・文化的視点からの現状報告と分析を行い、貴重な意見交換の場となった。

 

 日時:2017(平成29)年1月27日 18:00~20:30

 会場:東京外国語大学 語学研究所(研究講義棟4階419号室)

 講演1「アジアにおけるポルトガル語とその言語・文化の継承 ―マラッカの言語Kristang語―」


    発表者:富盛伸夫(東京外国語大学名誉教授)


 講演2「ポルトガルがマカオに残した記憶と遺産 ―『マカエンセ』という人々―」

    発表者:内藤理佳(上智大学常勤嘱託講師)

 総合討議・質疑応答(司会進行:富盛伸夫)

  ※共催:東京外国語大学 語学研究所

 

3. 国際ワークショップ(共同開催) 「言語教育(CEFR)国際ワークショップ ―CEFRの受容と適用可能性をめぐって―」

 この国際ワークショップでは、アジア諸語の言語的特性や社会・文化的特質を考慮したCEFRの適用可能性を俎上にのせ、取りうる方策の検討を試みた。EUにおける最新のCEFR改訂動向を紹介するとともに、東京外国語大学でSuper Global Campusプロジェクトの一環として進められている、高等教育レベルで多言語教育を行なう27言語に応用したCEFR-Jの導入計画が紹介された。特に本科研との関連では、学習者の複数言語使用や学習動機・ニーズに対応した、多言語使用社会を前提にした複言語使用者の言語行動における異言語・異文化間コミュニケーション能力の再概念化、さらにはCEFR研究とアジア諸語の少数言語社会研究との有機的連携への研究展望が開けた。

 

 日時:2017(平成29)年9月26日 15:00~19:20 

 会場:東京外国語大学 語学研究所(研究講義棟4階419号室)

 講演1「EUにおけるCEFR改訂の最新動向について」


    発表者:根岸雅史(東京外国語大学教授)

 講演2「東京外国語大学の言語教育プロジェクト、 CEFR-J ☓ 27の現在と展望」

    発表者:投野由紀夫(東京外国語大学教授)

 研究発表1「タイ語教育スタンダード化に向けてのCEFR導入の課題」


    発表者:スニサー ウィッタヤーパンヤーノン(齋藤)(東京外国語大学特任外国語教員)

 研究発表2「アジア諸語へのCEFR導入に関わる諸問題 ―ミャンマーでの言語教育調査から―」

    発表者:岡野賢二(東京外国語大学准教授)、 トゥザ ライン(東京外国語大学大学院博士後期課程)、富盛伸夫(東京外国語大学名誉教授)

 「総合討議 ―CEFRの受容と適用可能性をめぐって―」(問題提起と司会:富盛伸夫)

  ※共催: スーパーグローバル大学創成支援事業(東京外国語大学:「世界から日本へ、日本から世界へ ―人と知の循環を支えるネットワーク中核大学―」、 大学教育再生加速プログラム・テーマV「卒業時における質保証の取組の強化」(東京外国語大学)、 東京外国語大学語学研究所

 研究メンバー

  所属 専門 役割分担
黒沢直俊
KUROSAWA,Naotoshi
(研究代表者)
東京外国語大学大学院
総合国際学研究院・教授
ポルトガル語学、ロマンス言語学 研究の統括およびマカオポルトガル語、Kristang語担当
野元裕樹
NOMOTO,Hiroki
(研究分担者)
東京外国語大学大学院
総合国際学研究院・講師
マレーシア語学、理論言語学 研究の遂行、マレーシアおよびシンガポール英語と現地語の混成研究担当 
荻原 寛 OGIWARA,Yutaka
(研究分担者)
長崎県立大学経済学部・教授 スペイン語学、クレオール研究 フィリピンのスペイン語・英語とのクレオール語化研究担当
富盛伸夫
TOMIMORI,Nobuo
(研究分担者)
東京外国語大学・名誉教授 ロマンス語学、言語学 フランス語とアジア諸語の接触・干渉、Kristang
語担当
田原洋樹
TAHARA, Hiroki
(研究分担者)
立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部・准教授 ベトナム語学、ベトナムの地域言語研究 ベトナム語とフランス語およびロシア語の混成研究担当

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