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研究プロジェクト

稀少特徴と言語地域の音韻類型論:コイサン音韻論の貢献

中川裕(東京外国語大学大学院総合国際学研究院)

【研究課題】稀少特徴と言語地域の音韻類型論:コイサン音韻論の貢献
【研究費の枠組み】日本学術振興会科学研究費基盤研究(A)(課題番号16H01925)
【研究期間】2016年度~2020年度
【研究代表者】中川裕(東京外国語大学大学院総合国際学研究院)
【研究分担者】佐野洋(東京外国語大学大学院総合国際学研究院)、望月源(同)
【連携研究者】高田明(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)、大野仁美(麗澤大学外国語学部)
【研究目的】

 本研究の目的は、音韻類型論における従来の広域サンプル類型論の行き詰まりを打開するために、新しい類型論的接近法をこの分野に導入して未開拓の理論的問題の解明を推進することにある。具体的には、「稀少特徴の類型論」と「系統内類型論・地域類型論」を統合した新しいアプローチを使い、コイサン3語族=言語地域の稀少音韻特徴の事例研究によって、音韻類型論の新しい研究動向を始動し展開する。そして、従来の音韻類型論が十分に考察することができなかった2つの重要課題、すなわち、(i)言語音の多様性の限界についての理解拡大と(ii)特定の言語群にのみ偏在する稀少特徴の説明の探求に挑む。この過程で、コイサン稀少音韻特徴の全貌にせまる精密な記録が保存される。また、コイサン先史研究(特にコイサン接触史研究)に貢献する言語学的知見がもたらされる可能性もある。
 過去約30年間で言語音の多様性を捉えようとする理論的研究は広域サンプル音韻類型論によって格段の進歩をとげてきた。このアプローチは、世界の言語を代表する標本言語の通言語比較により音韻体系の普遍的性質について多数の知見をもたらした。しかし一方で、その標本の目が荒さのために、通言語的に特異な音韻現象や稀少な音韻特徴を捉え損ねてきた。したがって従来の音韻類型論が解明したのは世界の言語に広く共有される音韻パタンの傾向・趨勢に限られ、言語音の限界(多様性の外延)がいかなるものかという重要課題は探求されてこなかった。この未開拓の理論的な課題に取り組むためには、通言語的に特異な音韻現象、つまり特定の言語(群)に偏って分布する稀少音韻特徴に注目して精密に分析するとともに、それと関連する他の特徴との有機的関係を解明する必要がある。また、当該の特徴が語族や言語地域の内部でどのように分布し多様性を示すかを調査し、そこから、稀少特徴の変化や伝播を探求できることが望ましい。それによって、なぜ当該の稀少特徴が特定の言語(群)に偏在するかという問題を解く手がかりが得られるからである。
 コイサン3語族の全ての言語は、世界でも極めて稀な音韻特徴をもつ。また、その稀少特徴の分布が各語族内部および言語地域内部において多様な変異を示す。したがって、稀少特徴の調査によって言語音の限界・稀少特徴偏在の説明を考察するために、コイサン3語族は最適な事例と言える。
 稀少特徴の再評価と語族内・言語地域内の類型特徴の変異は、最近、別の文脈で「稀少特徴の類型論」と「系統内類型論と地域類型論」として、形態統語論の分野において論じられるようになってきた。だが、音韻論の分野においては、両者を考慮した本格的な取り組みは未だない。本研究はこの新しい二つの類型論的アプローチを統合して、コイサン3語族=カラハリ盆地言語地域を対象に、稀少特徴の音韻類型論的な調査研究を世界に先駆けて展開する。


科研データベース
https://kaken.nii.ac.jp/grant/KAKENHI-PROJECT-16H01925/


【研究成果報告】

●Nakagawa, Hirosi (2016) Khoisan phonotactics: a case study from G|ui, Rainer Vossen & Wilfrid Haacke (eds.) Lone Tree, scholarship in the service of the Koon: Essays in memory of Anthony T Traill, 301–310, Rüdiger Köppe. ●中川裕 (2017) 「クリック子音体系の言語獲得:グイ語事例研究」日本言語学会第154回大会、首都大学東京、2017年6月24–25日 ●中川裕 (2017)「コイサン3語族を横断する音韻特徴:遺伝子的距離との関係」日本アフリカ学会第54回学術大会、信州大学教育学部、2017年5月20–21日 ●中川裕 (2016) 「コイサン音韻類型論:初期報告」日本言語学会第153回大会、福岡大学、2016年12月3–4日