日本学術振興会
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史資料収集



バングラデシュ独立戦争に関するオーラル・ヒストリー[解説]

報告者 佐藤 宏
東京外国語大学非常勤講師
21世紀COE「史資料ハブ地域文化拠点」フェロー


Bangladesh Liberation War 1971; Oral Evidence
vol. 1 Introduction & contents PDFファイル (102kb)
vol. 2 Introduction & contents PDFファイル (147kb)
vol. 3 Introduction & contents PDFファイル (100kb)
vol. 4 Introduction & contents PDFファイル (104kb)
vol. 5 Introduction & contents PDFファイル (91kb)


バングラデシュ独立戦争は、ビアフラの内戦と時を同じくして、新聞の国際面に読者の目をひきつけた。1971年の出来事であった。今から思うに、人々の関心を呼んだのは、戦争自体の推移はともかく、戦火に追われた難民の数の膨大さと、その生活の悲惨さであったのではないか。バングラデシュの人々が、戦争にどのように関わったのかを伝える記事は少なかった。その後、バングラデシュは、世界の貧困諸国の代表格であるかの位置付けを与えられ続けて30年以上が過ぎた。

この間の30年のバングラデシュ政治は、独立戦争の功名争いに明け暮れたといってよい。アワミ連盟は、その指導者ムジブル・ラフマンに、対抗してバングラデシュ民族主義党は、パキスタンに叛旗を翻したジヤーウル・ラフマン少佐に、独立戦争指導の栄誉を独占させようとしてきた。政権交代で役所がまず行うのは、掲げた肖像を取り替えることである。

かくする間に、独立30年を経て、イスラーム党(Jamaat-e-Islami)が閣僚を2名も出すというような事態が、2001年10月の総選挙によって現出した。この党は、独立戦争当時、解放戦士の摘発や虐殺を手懸けた組織である。功名争いの犠牲になったのは、まさにバングラデシュ独立の大義であった。

ベンガル語で書かれた独立戦争に関する参戦記、回想記、評論の数は四、五百点を下るまい。しかし、書かれたものの多くが、国政における功名争いのミニチュア版でないという保障はない。このほかに、みずから書き残されることのない無限ともいうべき人々の経験がある。「指導者」と「民衆」の役割を正当に評価する歴史記述は、ごく少数の研究者によって細々と続けられてきたといって過言でないのが、この国における独立戦争研究の実情であった。

このような研究状況の打開をめざす試みとして、ダカにある民間研究機関、バングラデシュ解放戦争研究センター(Bangladesh Muktijuddha Gabeshna Kendra)は、1996年と97年にわたり、全国で約2500名のインタビュー記録を収集した。証言には、学生、ゲリラ兵士、ベンガル人正規兵、医師、教員、農民、商店主など、幅広い階層にわたり、戦争への参加者、協力者だけでなく、一部パキスタン軍への協力者の経験も含まれている。バングラデシュの研究者による地道な活動にもかかわらず広く公開する便宜に恵まれていなかった、この膨大なオーラル・ドキュメントを、史資料ハブ地域文化研究拠点のオーラル・アーカイヴ班事業の一環として、向こう3年間にバングラデシュの8県について、12冊の編纂資料として整理刊行する予定である。