MIRAI生の鈴木岳志さんが2026年度の入学式で「在学生による迎えの言葉」を贈りました。スピーチ全文をこちらのブログに掲載します。

 ▼スピーチの写真が本学公式webサイトに掲載されています!
 https://www.tufs.ac.jp/NEWS/trend/260404_1.html

 人文学の研究は僕たちの人生や社会を豊かにする大きなポテンシャルをもっています。人文系研究者の仕事は自分自身の問題関心から、社会に新しい価値を示していくクリエイティブな営みです。

 しかし、近年は逼迫した社会状況によって、素早く業績をあげることが求められるようになりました。すぐに成果の出る見込みのない研究に取り組むことに不安を感じている人も多いのではないでしょうか。

 でも、現役の大学院生として僕は敢えてこう主張したい。

 「本当に面白いと思うことをやり続けよう!自分の研究を本気で面白がろう!」

 元々ミュージシャンになることを目指していた僕が、大学院進学を志したのはコロナ禍のことでした。

 当時は人が集まって音楽イベントを行うことが困難な時期でした。それに代わって、多くのミュージシャンがオンラインで仲間たちと演奏動画を作成することで活動を継続していました。あるミュージシャンがスマホなどで撮影した演奏動画の上に、他の人が重ねて演奏を録画します。そうすることで擬似的に一緒に演奏しているかのような動画が作れるんです。

 その時期、ブラジルでも同様の動画がたくさんアップされました。僕はブラジルのミュージシャンによる動画は日本におけるそれと何か違うように感じました。というのも、彼らは演奏の映像そのものだけでなく、「Olá!」と互いに挨拶する様子をわざわざ動画に収めるんです。しかも、一つ一つの動画の再生回数は大して伸びておらず、収益や人気の拡大につながっているようには見えない。それにもかかわらず、毎日のように友人同士で動画を撮りまくっていたんです。

 僕はその様子を見て元気をもらうとともに、音楽は衣食住とはべつの形で僕たちが「生きる」ために欠かせないものなのではないか?と考えるようになりました。

 昨年、ブラジルではじめてのフィールド調査をすることができました。その中で、僕はブラジル社会においてどのように音楽が行われているのかを目の当たりにしました。友達の家、市場、夜のバーなどあらゆる所で音楽が「おしゃべり」のように行われている。音楽は生活に余裕のある人の贅沢でも、才能に恵まれた人の特権でもなく、社会制度の外で人々をつなげ、生きるエネルギーを生み出す場になっているように感じました。僕がコロナ禍の動画の背後に見たのはこうした世界の断片だったのです。

 以来、民衆文化としてのブラジル音楽を研究することが僕のテーマになりました。自分の周りでもそうした「おしゃべり」の場を作るため、読書会や音楽イベントを友達と積極的に開催するようになりました。

 僕にとって研究とは「業績をあげること」に還元されるものではありません。人々がのびのびとコミュニケーションをする、すなわち「おしゃべり」する場所を色んな方法で守り、創り出していく活動です。僕にとってこのテーマはこれまでの人生の紆余曲折を経て生み出された、「相対化できない面白さ」を持つものなのです。

 もちろん、面白いことを続けるには短期的な成果とお金も必要です。しかし、人文系研究者の仕事は社会で軽視されている価値を掬い上げるものであるはずです。それならばその蔑ろにされた価値に実感を持てないまま「業績」を追求することは僕たちの役割を空虚なものにしてしまうことに他なりません。人文系研究者自身が人文学の価値を軽んじていることになってしまいますから。だから僕たちは本当に面白いと「自分が感じること」に取り組み、それを粘り強く実現していかないといけません。みなさんがこの考えに同意してくれるかはわかりません。でも、そういう愚直さによって、現在進行形で院生としてのヒリヒリとした研究生活を楽しみまくっている一例がここにあることを知っていただけたらと思います。

 一緒に面白いことをして院生生活を楽しみましょう!