なかなか拙ブログをコンスタントに書き進める調子が出ないが、GWから5月の下旬までは、博士論文の審査(本審査の前に予備審査・事前審査というのがあって、少なくとも二度、読まなければならない)が4つとか、他にもいくつか必要あって博士論文やその草稿をいくつも読まなければならず、ほんとうに時間がないないと言っているうちに時が過ぎてしまった。よくあることだがそうした時期がようやく終わって一息つくとぶっ倒れ、回復して気がつけば、ええっ?!6月もなかばにさしかかっている。来週は夏至?! 夏に至るってか?! うああああああ
5月なかばには亡父の十三回忌の法要に、母、姉とともに無事、高野山に行ってくることができた。振り返れば、この十二年間、この世とあの世のあわいを見つめ、形の見えない何かにもがきながら、生の再調整に必死で取り組んできたのだった。喪の仕事は故人のためではなく残された者たちのためのものだと言われるが、あらためてこの一区切りが、思いのほか大切であったと感触している。平たく言えば、ようやく少し元気を取り戻したかもしれないということである。いやはや、遅っ!
5月下旬には2026年のセネガルのTaverskiの祭(一家に一頭の羊を買ってきて、家族や隣人たちと一緒に食したりするイスラムの祭、という粗雑なまとめにて失礼を)があり、昨年は6月の上旬で一緒に過ごしたね、懐かしいねと、ダカールやメディナ・サバの友人たちと連絡を取り合った。ほんとに懐かしい。共同研究はなかなか順調にとはいかないが、人と人とのつながりは、手間暇かけて心をこめてつくればそれなりにできてくるものだ。そろそろ「思想史」的にも本腰を入れ、今年度の終わり頃に予定している国際シンポジウム(3月15日から17日と、日程だけはしっかり決まっている)に向けて準備を進めたい。
世界の状況はどんどんとんでもない方向に進んでおり、がっかりしたり腹立たしかったりすることは多々あるが、まーそれでもとにかく、身近な人びととの何気ない交わりにふと勇気をもらったりしながら、日々は続いていく。とまとめておこう。うぬ。