高橋有紀

私が選んだ文献は、IMPERIAL EYES: TRAVEL WRITING AND TRANSCULTURATIONである。著者のMary Louise Prattはカリフォルニア州スタンフォード大学の教授であり、スペイン語とポルトガル語を、また比較文学を専門に教鞭をとっている。

本書は、1750年から1980年における過去2世紀の旅行記の中で、「他者はどのように表象されてきたのか」、また「他者のイメージはどのように流用されたのか」ということをテーマとして、そのイメージがどのようなことを意味しているのかを分析している。そして、そのイメージが、ヨーロッパ拡張主義計画の中で、どのようにしてヨーロッパの読者にとっての「他者」を作り出すことに利用されてきたのかを旅行記、探検記から読み取ることを試みている。

また、著者は本書のタイトルにも用いているように、本国と植民地という関係の間でトランスカルチュレーションという現象が起こっていることに注目している。そこでは、ヨーロッパ人によって作られた他者のイメージ、つまり植民地のイメージが、ヨーロッパにおいて定着することによって、植民地側の人間が自己のアイデンティティを確立するための手段としてそのイメージを流用している、と著者は指摘している。著者は、アフリカと南アメリカを植民地の代表例として主に扱っている。  

旅行記は帝国主義的イデオロギーを広める手段として機能したと言える。

まず、18世紀にリンネの分類法により、物事を分類し体系化するという考え方が普及した。そのためにヨーロッパ人は出会った未知の人々、物事をその分類法で区別し、認識しようとした。そして、その「他者」を文明化するという大義名分の下で、帝国主義を進めていった。読者は、そのような一連の考え方に基づいて書かれた旅行記を読むことによって、帝国主義のイデオロギーを無意識のうちに、無抵抗に受け入れることになったと著者は考えている。

そして、19世紀始めにフンボルトによりアメリカのイメージ、またアメリカを通して世界それ自体のイメージが「再発明」され、アメリカに対するヨーロッパの優位を基礎とするフンボルトの考え方が浸透していった。それに伴って、アメリカのエリート達はフンボルトら探検家によって作られたアメリカのイメージを「輸入」、つまり流用することで自分達のアイデンティティ形成の手段とした。

旅行記は、上記のような帝国主義を押し進めるために役立つ一つの方法であったことが読み取れるが、さらに書かれた当時の本国と植民地の関係から両者がどのように関わり合い、お互いに影響しあったのかをも知ることができる、と著者は言う。