青木

 

私は以前から中南米における日本人移民のナショナリティという問題に興味を抱いていた。そして、その興味に沿って、私はJeffery Lasser氏が書いた"Negotiating National Identity:Immigrants, Minorities, and the Struggle for Ethnicity in Brazil"(Duke University Press, 1999)を選び、書評した。

タイトルからも明らかなように、本書の主題はブラジルにおけるナショナリティに関する交渉、つまり、「ブラジル人」や「ブラジル性」はどのようにして築かれてきたのかということである。そしてこの交渉を分析する上で、筆者は中国人、アラブ人、日本人の移民、つまり、移民を出身国別に見た場合に非ヨーロッパ系の、マイノリティに分類される人々を対象としている。これらのグループがシンプルな「ブラジル人」という単一のカテゴリーに同化することなく、文化変容によって培ってきた、様々な「○○系ブラジル人」というアイデンティティを持っていることに注目している。その上で、具体的に、非ヨーロッパ系移民がブラジルのナショナルアイデンティティの中にどうやって自分の居場所を見出したか、そしてこの試みに対する反応はどの様なものであったかという問いを筆者は立て、それらを明らかにすることでブラジルにおけるナショナリティに関する交渉について語っているのである。

本書は7章で構成されており、第一章が序論、最終章が結論になっている。そして、中国系移民、アラブ系移民についての分析にそれぞれ1章ずつ割いており、残りの3章が日系移民についての分析になっている。また、表紙には海外興業株式会社が戦前に出した移民奨励のポスターが使われている。これらのことからわかるように、本書ではブラジルの日系移民に関する分析が中心になっている。  

中国系移民に関しては主に19世紀の出来事を分析しており、中国系移民の是非に関するブラジル国内の議論と同じ内容の議論が、それ以降の移民に対しても繰り返されたと筆者は主張している。

それに続く中東人移民についての分析では、ブラジル社会に食い込むために彼らが独自のエスニックアイデンティティを築いてきたこととそれに対する反応に焦点が当てられている。  

残りの3章は前述の通り日系移民についての分析である。そして、Lasserはこれら3章で「ブラジル人」であるということがどういうことであるかを再定義する動きにエスニシティと経済がどのように関わっていったかを分析しているとしている。

この本はブラジル人のナショナルアイデンティティを分析している本の中でも、エスニシティの面で少数派に属する人々に焦点を当てているという点でユニークである。ブラジルでこういった問題を取り扱う場合、主に黒人と白人の関係を主眼にするのがこれまでの研究の主流である。マイノリティ、特に日系人を主な分析対象としている英語文献は極端に少ない。  

また、このことも理由の一つかもしれないが、筆者が使用している資料はほとんどが新聞等の一次資料であり、しかもできるだけポルトガル語で書かれているものを使用している。この筆者の姿勢によって、本書中の筆者の主張や分析がとても信頼度の高いものになっている。