Antonio Toca ed., Nueva Arquitectura en America Latina: Presente y Futuro, Mexico: Ediciones G. Gili, 1990

 

鈴木 愛

 

Nueva Arquitectura en America Latina: Presente y Futuro はメキシコ出身の建築家アントニオ・トカによって編集され、1990年にメキシコのGG社から出版された。「ラテンアメリカにふさわしい建築とは何か。」という問いを答える際のヒントになるであろう各国の建築家の論文や作品がまとめられ、アントニオ・トカをはじめとして17人がラテンアメリカ各地の、また全体の建築について論じている。

 「ラテンアメリカの建築は世界的に注目されてこなかった。しかしこの地域が経験してきた様々な変化が、アイデンティティについて語ることのできる文化的、社会的、歴史的遺産であることは否定できない。土地を得るために戦った数々の国が共存している中で、建築はアイデンティティを表す最も力強い表現方法のひとつでなければならない。」というのが編者の提言である。しかし編者曰く、ラテンアメリカの建築は欧米のそれを「模倣」してきて、確固としたラテンアメリカ建築の基層は構築されていない。これはラテンアメリカを含める第三諸国への軽視が彼らの自主性を奪い、ヨーロッパとの従属関係を自ら選んできたからだと彼は付け加える。また、1950年代以降世界的に広まったモダン主義による景観の変貌をラテンアメリカ建築史の汚点としている。多くの都市は50年代だけで「草の根単位の作業で何世紀もかけて統一性や調和、美しさを獲得してきた外観を失った」。伝統的な建築財や建築技術を使用することの重要性は否定されて、商業用とでもいうような建築材や方法がとられたことは「全ての消滅」と強い言葉で嫌悪感をしめす。  

このようなモダン主義の傾向に反対意見をもつ建築家はアントニオ・トカだけではない。その後ラテンアメリカ各地で新しいタイプの建築が見られるようになった。しかしこれまでそのような「寄与」が世間に知られることは少なかったため、これらの建築物を紹介し、それらを設計、または批評した建築家達の論文を通して彼らの意図や目的を理解することは、部分的ではあってもラ米建築の欠陥といわれる喪失されたアイデンティティの回復につながるとしている。  

この著書を理解する上で必要なことは、ここ数世紀の建築界の主な流れとその一般的な評価が頭に入っていることだ。建築についての様々な専門用語がふんだんに使われているので建築について何の知識もなしに読むのは難解である。また同じ言葉でも建築家によって定義が異なり、微妙な解釈の違いも度々みられた。  

論文全体を通して見られる傾向としては、これまで積み重ねてきた経験をただ否定、破壊するのではなく、例えそれがラテンアメリカ建築にとって負の遺産とされていること(モダン主義など)でもうまく融合し共存していくことが重要とだとする見方である。また多くに写真や図式をもって説明がなされており、研究情報が広く公開されて読者にとって有用なものになっている。

最後に著書は1990年の出版であるため批評の対象は1980年代以前の建築である。しかし現代ラテンアメリカ建築の「多様性」「地域性」「無名性」重視の流れは本書で打ち出されていることが出発点としてあるので、現代建築の過程を知るのに有効なものであるといえるだろう。