2004年総統選挙の見通し (W)

小笠原 欣幸

総統選挙まであと40日

 3月20日投票の台湾の総統選挙は,再選を目指す陳水扁候補(総統・民進党主席)と連戰候補(前副総統・国民党主席)が正式に立候補を届け出ていよいよ終盤戦に突入した。このたびの台湾出張をふまえて,総統選挙まであと40日となった現時点での見通しを整理してみた。現時点での情勢を一言でまとめると次のとおりである。

情勢は流動的,双方に当選の可能性あり。
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雲林県の情勢(2004.02.10記)
地域別の情勢(2004.02.11記)
選挙に影響しそうな争点(2004.02.11記)

雲林県の情勢

 雲林県で陳水扁が圧勝する状況にはない(例えば得票率60%とはならない)。
 雲林県の選挙情勢は,現時点では若干連宋に有利であろう。

 最初に,ここ数年継続的に調査している雲林県の情勢をまとめておく。雲林県は農業県で,国民党系の地方派閥の力が強いという特徴がある。しかし2000年総統選挙では陳水扁が大きく票を伸ばし,2001年の立法委員選挙でも民進党が躍進した。県民のほとんどが本省人である雲林県は,陳水扁の再選戦略からして落とせない地区の一つである。陳水扁は,過去4年間,国民党の張榮味県長を籠絡しようと様々な方法を用いてきた。しかし,張県長は,昨年11月に連戰・宋楚瑜ペアの支持を表明し,活発な選挙運動を行なっている。張派は県内の最大勢力であるし,張県長の行政手腕は,県内である程度高い評価を得ているので,県長の態度表明は,県内で一定の影響力を持つことになるであろう。これは陳水扁にとってある程度のマイナスと言える。
 陳水扁陣営としては,国民党の党員である張榮味が連宋支持を表明するのは仕方がないとしても,実際の集票活動は手抜きをするか,ないしは,暗に陳水扁を支援することを望んでいたはずである。張県長の態度表明の背景としては,近く判決が確定すると言われていた張県長個人の係争事件が微妙な影響を及ぼした可能性がある。詳しく触れることはできないが,宋楚瑜が雲林県を訪れ張榮味に跪いて連宋への支持を懇願したのはその微妙な時期であり,背後での,陳水扁陣営,張県長,連宋陣営それぞれの計算が浮かび上がってくる。
 また,張派と県の民進党が激しく対立してきたというローカルな要因も働いている。総統府の高層が張県長の抱きこみを考えたとしても,県政の現場では,張派と地元民進党とがこれまで激しく対立してきた経緯があり,地元の民進党支持者から罵倒されてでもやるという覚悟がなければこの選挙戦略は絵に描いた餅とならざるをえない。例えば,昨年2003年に雲林県で大きな問題となっていたのは,林内郷のごみ焼却炉建設をめぐる郷長罷免運動であった。その罷免運動の先頭に立ち張派と闘ってきた蘇治芬立法委員は,陳水扁の選挙集会の司会を何度も務めてきた,いわば県の民進党の顔ともいうべき人物である。張派と雲林県民進党との提携は,地元からするとほとんど不可能な状況にあった。
 雲林県の地方派閥は,これまで熾烈な競争を繰り返してきた。常に自派の都合や利益が優先するので,派閥や有力者の足の引っ張り合いが県内政治の特徴でもあった。4年前の総統選挙では,連戰,宋楚瑜の分裂があり,また,張派とそれ以外の派閥との利害関係もあり,県内の地方派閥の動きはまったく鈍いものであった。選挙違反の取り締りや強引な集票活動にたいする社会的監視が厳しくなったことも,地方派閥の動きが低下した原因である。その間隙をついて陳水扁が大きく票を伸ばしたのであった。しかし今回は,県内の地方派閥は「有史以来始めて団結している」と地元ではささやかれている。今回連戰が負ければ自分たちも終わりだという強い危機感が,地方派閥の団結を促しているようである。伝統的集票マシンである農会,水利会は連宋で動いているし,地方派閥の集票能力も衰えつつあるとはいえ,侮れないであろう。
 ほかに,他県の農村とも共通する問題として,農産物価格の下落などで農民の生活が苦しくなっていること,農村の慢性的な失業で,政府にたいする不満がたまっていることも陳水扁には不利な要素である。本来,本省人で貧農の出身である陳水扁に雲林県の農民は大きな期待をかけていたのだが,農会信用部改革問題での政府(特に財政部)の対応で,陳水扁への失望感が拡がったことも考慮しておかなければならない。
 一方,陳水扁に有利で連宋に不利な要素もある。それは,まず,民進党は4年前には望むべくもなかった組織戦を展開できるようになった。地方人士を集めての座談会を県下の郷鎮で行なっているが,4年前は支持者が点在しているだけで,それを線でつなぐことさえ難しかった。これは民進党が県内で勢力を拡大させていることを示している。陳水扁は政権与党の立場を活用し,地方建設の約束を乱発している。また,県内に何度も入り(連宋より多く)地元人士との会合を重ねている。こうしたことは,民進党に与党効果をもたらし,以前よりも選挙が戦いやすくなっている。陳水扁個人の資質も大きなプラスである。前回の高い期待からは失望を招いたとはいえ,親しみやすさは連宋ペアを上回っているし,県民との握手が非常に多い。さらにこの4年間で(比較的保守的な)雲林県においても台湾意識の高まりが観察できる。これは陳水扁の基礎票を増やすことになるであろう。
 このように陳水扁から見て,マイナスの要素とプラスの要素が混在し,現時点で票の動きは交錯し,どちらか一方に大きく票が動いている兆候も見られない。このため,基礎票が多い連戰・宋楚瑜ペアが,雲林県では現時点で若干有利なのではないかと想定される。しかし南隣の嘉義県は状況が大きく異なり,陳水扁が圧勝する勢いである(嘉義県の細かい政治情勢は省略)。人口構成でミンナン系本省人が圧倒的に多い点,また,中南部に位置する農業県であるという点で,雲林県民と嘉義県民はほとんど似たような投票行動を示してきたが,今回の2004年総統選挙では,両県の投票行動は大きく異なることになるであろう。2000年総統選挙では,雲林県以南と北隣の彰化県以北で投票行動が大きくなり,両県県境を流れる濁水渓が境界線となったが,2004年総統選挙では,雲林県と嘉義県の県境を流れる北港渓にも注目する必要がある。(2004.02.10記)


地域別の情勢

 次に各地域の選挙情勢の概略をまとめてみる。基本的に,票の動きは交錯している。陳水扁・呂秀蓮から離れる票もあれば,向かう票もある。同じく連戰・宋楚瑜から離れる票もあるし,向かう票もある。現時点では,どちらか一方に大きく振れている兆候は見られない。しかし,台湾の過去の大型選挙では,投票日の1週間前くらいになって大きな票の動きが発生したことが何度かあるので,最後まで予断を許さない。

高雄市・高雄県・屏東県・台南市・嘉義市,(地理的には異なるが宜蘭県も)

前回は,陳水扁の支持率が低迷しているときでも一貫してこの地区が牽引車の役を担った。今回も陳水扁の票田ではあるが,勢いはやや頭打ちではないか。
台南県・嘉義県
陳水扁の得票率が最も高いのは,出身地である台南県と,地方派閥の抱き込みに成功した嘉義県の2県となるであろう。
雲林県・彰化県・南投県・台中県・台中市
伝統的に地方派閥が強かった地域である。過去4年間,確かに地方派閥は弱体化し,分散したり瓦解した派閥も少なくない。しかし。従来の国民党と民進党との対抗関係の枠組みが根強く残っている。陳水扁の得票は前回より伸びるが,これらの県市を合計すると,陳水扁と連戰は5分5分ではないか。
苗栗県・新竹県・桃園県
客家の動向がカギである。陳水扁は2003年春以来,頻繁にこれらの客家地区の地元人士との会合を重ねている。4年前,陳水扁・呂秀蓮ペアが客家票を取ることは非常に難しかった。しかし今回は,一部の客家票が陳水扁支持に転じているという兆候が見られる。これらの地区で,陳水扁は予想よりは健闘していると言えるかもしれない。
台北県
選挙民の数が最大の県であり,注目区である。エスニック・グループの構成と社会構造の特徴が入り組んでいて,県全体の情勢を判断するのは非常に難しいが,県長選挙での民進党の蘇貞昌の得票率および蘇貞昌県長の実績が評価されていることを考慮に入れると,陳水扁が過半数をわずかに上回るのではないか。
台北市・基隆市・新竹市
エスニック・グループの構成と社会構造の特徴およびこれまでの選挙の結果から見て,陳水扁は過半数に届かないであろう。
花蓮県・台東県
エスニック・グループの構成と社会構造の特徴からして,連戰・宋楚瑜が圧勝するであろう。


選挙に影響しそうな争点

公投問題
 劣勢にあった陳水扁陣営が切り札として出してきたのがこの公民投票である。この戦術は功を奏し,陳水扁の選挙情勢に有利に展開した。2003年末,アメリカと日本が慎重な対処を求めたことで陳政権内部に動揺が走ったが,選挙への影響を回避する国内の危機処理はある程度できたようだ。選挙直前になって再びアメリカまたは日本が強硬な申し入れをすることはないであろう。一方,台湾国内においては,台湾で史上初めて実施されるという側面が重視されるのか,公投の二つの題目にはあまり重要性はないと認識されるのか,で選挙への影響は異なってくる。どちらに展開していくのか今後の観察が必要である。

台湾意識
 4年前と比べて台湾意識が広がり強まっていることは疑いない。台湾政治のアジェンダは,この4年間で確実に台湾アイデンティティの方向に動いた。しかし,大統領選挙にはその時その時の複雑な力学が働くので,台湾アイデンティティを標榜している陳水扁が再選されるとは限らない。台湾意識を持つ選挙民が,陳水扁政権の4年間の実績の何を評価するのか,また,台湾意識と陳水扁政権の存続とを同一視するのかどうか,がカギとなるであろう。

中国の介入
 今後台湾は中国とどのような付き合い方をしていけばよいのか,で台湾の選挙民は揺れている。慎重論者は陳水扁を支持する傾向があり,積極論者は連宋を支持する傾向がある。しかし,両者の中間には,どちらかに確信を持てない人がたくさん存在している。中国が投票前に強硬な発言や行動を起こせば,陳水扁再選は間違いないであろう。しかし,中国は1996年および2000年の2回とも台湾の選挙に介入して失敗しているので,今回は静観する可能性もある。中国の態度も最後まで目を離せない。

黒金問題
 4年前は選挙を左右する大きな争点であった。陳水扁陣営は,今回も国民党の党資産の問題,連戰候補の家族の資産の問題で攻勢に出たが,連宋陣営も,陳水扁周辺の人物の株所有,献金問題などで反撃をしている。最近明るみに出た陳由豪の政治献金スキャンダルは,陳水扁陣営に一定の打撃となるであろう。選挙民はダブルスタンダードで,保守勢力の金の汚れは多めに見るが,革新勢力の金の汚れは厳しく見る傾向があるからである。投票日までにさらに多くの金銭スキャンダルが飛び出してくるであろう。しかし,基本的に4年前の興票案以上の大スキャンダルはないので,いずれも決定打にはならないであろう。行政院が政治腐敗防止の法案を提出したが,国民党と親民党が過半数を握っている立法院でそれらが成立していないという経緯を選挙民がどう判断するかがカギとなる。

選挙の熱気
 投票まで40日という時点での熱気は,4年前の同時点と比べると確実に低いと言える。選挙の話題は友人との会話ではほとんど出てきていないという声をいくつか聞いた。投票日が近づくにつれ盛り上がってくるであろうが,異常な興奮と熱気につつまれた前回の水準に近づくのかどうか観察が必要である。選挙の熱気が高まらなければ,陳水扁に不利となるであろう。陳水扁陣営は基礎票が少ないという劣勢をはね返すにはエネルギーが必要だからである。2月28日に李登輝前総統らが呼びかけている100万人が手を繋いで台湾擁護を訴えるイベントは,成功すれば,陳水扁陣営の運動にはずみをつける可能性がある。

現時点でのまとめ
 今回の選挙で目立つのはやはり陳水扁である。大統領制を採用している諸国で見られるように,再選を目指す現職大統領としての知名度,注目度は高い。副総統候補の呂秀蓮も以前より控えめにしている。たいする連宋陣営の宋楚瑜は,副総統候補の自分が目立つことを避け,総統候補の連戰の立てることを心がけている。その連戰は,台湾の政界にあっては比較的個性の印象が薄い人物である。選挙民は,陳水扁の過去4年間の政権運営と実績に必ずしも満足していない。しかし,連宋ペアも決め手を欠いている。本当に迷っている選挙民も少なくないであろう。非常に難しい選挙である。あと40日,西瓜はどちらにでも転がりうる。(2004.02.11記) 【続く】


2004年総統選挙の見通し(T)はこちらです。
2004年総統選挙の見通し(U)はこちらです。
2004年総統選挙の見通し(V)はこちらです。


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