馬英九政権論(その4)
− 王金平追い落とし政争 −

東京外国語大学
小笠原 欣幸
2013年9月,台湾で司法を揺るがす口利き事件が発覚した。王金平立法院長が関与していたことから馬英九総統は王金平追い落としの権力闘争に打って出た。短期決着を目指した馬陣営の思惑は外れ,政争は長期化する情勢となった。この政争は二期目の折り返し点にきた馬英九政権にとってマイナスとなるであろう。口利き事件,政争の要因,馬陣営のシナリオ,問題の所在,政争の影響を解説する。(2013.9.21記)

馬英九政権論(その1)   (その2)   (その3)

馬英九政権論(その4) − 王金平追い落とし政争 −
1.口利き事件

 事の発端は馬英九にとってまったく想定外であったであろう。8月30日,台風の災害対策に追われながらも,総統府の事務方はいつもの金曜日のように翌週の総統の日程を確定し関係方面に通知した。総統府は比較的平穏にその週の業務を終えた。しかし翌土曜日の夜11時,一人の男が総統官邸を訪れた。それは検察総長の黄世銘で,民進党立法委員団長である柯建銘の司法案件の捜査報告のためであった。
 検察総長指揮下の特捜部が,柯建銘立法委員が関係するある事件を捜査し,関係者である柯の電話を盗聴していた(台湾では条件付きであるが盗聴捜査は合法)。その際,柯と王金平立法院長との間で電話のやりとりがあった。その中で,柯は一審二審で罰金刑,差戻審で今年6月無罪判決が出た自身の別件の背任容疑の司法案件について,検察が上訴しないよう王に口利きを依頼した。6月28日と29日に王が柯に電話をし,王から法務部長(法相に相当)に依頼したこと,そして法務部長がその件はOKと言ったことを柯に伝えた。特捜部はさらなる捜査の結果,王の依頼を受けた法務部長が高検検察長に伝え,高検検察長が担当の女性検事に「予算の制約があるから上訴しなくてよい」と伝えたこと,その女性検事は同僚に「よかった,これで上訴書を書かなくてよくなった」と語り,実際に上訴しなかったので柯の無罪判決が確定したことをつかんだ。
 検察総長は,その捜査結果に基づき,法務部長と高検検察長についてはそれぞれ監察院と検察審査会に書類を送ること,柯建銘と王金平については口利きはあったが金銭授受がなかったので法的責任は追及できないこと,立法院の自浄作用に任せるしかないことを馬総統に報告した。そもそも特捜部が捜査していた柯建銘の本案件は証拠不十分で立件されなかったので,ひょうたんからコマのような形でこの口利き事件が表に出たのである。
 これは,司法に対するとんでもない政治介入事件である。現職の法務部長がかかわったことで馬政権への打撃は避けられなかった。報告を受けた馬は「顔をこわばらせた」と,後日検察総長が記者会見で自ら明らかにしている(「黄世銘8月31日夜奔掀關説 馬震驚鎖眉」『聯合報』2013.9.10)。この時馬が何か具体的指示をしたのかどうかについて黄検察総長は何も語っていないが,馬はこれまでの林益世,ョ素如(いずれも馬陣営の人物)の汚職事件と同じく捜査には介入せず,検察総長の報告を肯定し,発表のタイミングのみ行政院長と協議するよう指示したのではないかと思われる。馬は,翌日曜日は動きを見せなかったが,月曜日になって緊急会議の設定を指示した。このため火曜日以降の総統の日程が再調整され,政権幹部を集めて会議が開かれたはずである。
 政治状況は馬政権に非常に不利であった。馬の満意度(支持率に相当)は13%という低い状態が何か月も続いている。さらに,この夏,退役間近の若い士官が軍内のしごきで死亡する痛ましい事件が発生し,国民の批判が高まり国防部長が辞任,後任に指名した人物も六日間で辞任するという不祥事があったばかりである。ここで法務部長辞任となれば馬政権への打撃はさらに大きくなる。このままでは確実にジリ貧である。馬らは相当追い込まれた心境であったろう。馬らは,ダメージコントロールを図りながら逆襲に出る策を考える必要があった。

2.行く手を遮る大きな石

 2008年,馬英九は総統・行政院と立法院の多数を国民党が握る「完全執政」によってスムーズな政策遂行ができると訴えて総統に当選した。しかし,提出した人事案が一部否決されるなど馬総統は立法院を思うように動かすことができなかった。いらだちを強めた馬は自分が党主席を兼任した方が国民党立法委員団をうまく動かすことができると考えて呉伯雄を党主席の座から追い落とすことにした。しかし,やはり立法院の審議は馬が思うようなペースでは進まなかった。馬陣営は議長の王金平が裏で足を引っ張っていると見ていたが,間接的に不満を表明するに止め,直接的な王攻撃は避けた。
 2005年の党主席選挙で馬は王に圧勝し優位に立ったが,王の政治生命を絶つことはできなかった。王は立法院長として独自の影響力を維持し続けた。2012年の立法委員選挙に向け比例区の王の公認を取り消す機会が訪れたが,王の党内人脈と選挙への影響を考えて馬陣営は王の処理を見送った。馬政権が第二期に入ると,民進党の立法委員の数が増えたこともあり,立法院の審議はますます難航するようになった。
 立法院には各会派の協商という制度がある。日本の国会の各党の国会対策委員長が協議するような仕組みであるが,台湾の立法院は各会派の代表が議員の数にかかわらず議事に関し同じ発言権を持つという奇怪な慣行が制度化されている。これにより,国民党が多数だからといって議事を思うように進めることができないし,立法院長の意向によってはさらに妥協を余儀なくされる。これについては馬陣営に属する蘇起が,与野党の会派協商は非民主的なブラックボックスだとして厳しく批判する論文を発表している。そのブラックボックスの中でブローカー的な役を演じていたのが柯建銘と王金平である。馬陣営にとって王は行く手を遮る大きな石であった。

3.肉を切らせて骨を断つ

 馬陣営は,自分の支持率が低いのは政府の政策遂行が国民に理解されないから,政策が進まないのは立法院が非効率で非協力的だから,それは背後で王が足を引っ張っているから,と主観的に考えているであろう。最近では,五人小組(総統,副総統,行政院長,立法院長,国民党秘書長)の会議で王だけが異議を唱えると台湾メディアに時々報じられていることから,馬-王の軋轢はかなり高まっていたと推測できる。馬にとっては9月からの新会期で中台サービス貿易協定や第四原発公民投票などの審議がどうなるのか気がかりが膨らんでいたであろう。残り任期2年半となり歴史的業績を考えたくとも立法院が動かないのではどうしようもないという焦燥感も募っていたであろう。
 そこにこの事件が発覚した。馬陣営はもともと王金平と柯建銘の談合を疑っていた。そこに,なれ合いどころか柯の司法案件の無罪確定に王が手を貸すというとんでもない大スキャンダルの証拠を握ったのである。馬らは,これは全体として国民党政権にマイナスになるという客観的情勢判断を超えて,ついに王のしっぽをつかんだという高揚感につつまれたのではないか。こうして自陣営の法務部長を切って王を短期間で失脚させる逆襲のシナリオが短時間で作られたと考えられる。
 しかも,偶然が馬陣営に味方した。王は次女の結婚式のため,9月6日早朝に台湾を立ってマレーシアの交通の不便な離島に向かうことになっていた。帰国は10日である。ここで攻撃を仕掛ければ王は4日間有効な反撃ができない。開戦の第一発は,王が台湾を出発した直後に発射された。

4.六日間戦争

 馬陣営の六日間の奇襲攻撃は次のように展開された。
 第1日目:9月6日(金)王が早朝の便で出国した後,黄検察総長が午前10時からの記者会見で口利き事件を公表した。関与を指摘された法務部長は,王から電話を受けたことは認めたが担当検事への口利きや指示はいっさいなかったと無実を主張した。しかし,馬と行政院長の江宜樺が法務部長に引導を渡しその日のうちに辞任させる。
 第2日目:9月7日(土)馬は「王金平はすぐに帰国して説明すべきだ」と発言し圧力をかける。王がすぐに引き返せないことを知ってのことだ。この段階では,王の自発的辞任を促すという持久戦の選択肢も残っていた。
 第3日目:9月8日(日)馬は日曜日だというのに午前中江宜樺を呼んで対策を協議,記者会見で王を直接批判する強襲策を決定する。午後呉敦義副総統が協議に加わる。呉敦義は記者会見の延期および強襲策の再考を提案したが馬はそれを拒否した(「九月政爭」TVBS NEWS 2013.9.13 http://news.tvbs.com.tw/entry/503545)。馬総統は,呉敦義副総統,江宜樺行政院長を陪席させて記者会見を行ない,王立法院長が野党立法委員団長の司法案件のために法務部長と高検検察長に口利きをしたことは,「司法の独立を犯す最も厳重な事件であり,台湾の民主法治の發展における最も恥辱の一日である」と断じた。これは驚きの声明である。立法院長を「恥辱」と断じたことで馬も退路を断った。もし王を辞めさせることができなければ,こんどは馬が無能ということになる。
 第4日目:9月9日(月)国民党は王の処分を決定する党紀委員会(考紀會)を11日に開催することを決める。メディアを通じて,王が国民党の党籍を失い,比例区の立法委員の資格を失い,したがって立法院長の座を失うという情報を流す。
 第5日目:9月10日(火)夜8時王がようやく帰国し桃園空港で声明を読み上げた。王は,「今年の予算審議において検察官の上訴権乱用を戒める付帯決議が立法院で議決されていることを法務部長と高検検察長に電話で伝えたのであって,特定案件について上訴しないようにという要求はしていない。したがって口利きはなかった」と疑惑を否定したが,馬を批判することは避けた。王の巧妙な作戦である。総統府の羅智強副秘書長は直ちに記者会見を開き,「王金平の説明には失望した。……これが口利きではければ何が口利きになるのか」と批判し追撃を続けた。
 第6日目:9月11日(水)午前8時半に馬が党主席の立場で記者会見を開き,「王は立法院長にふさわしくない,自発的に辞任すべきである」と最後の攻撃を行なった。10時に党紀委員会が開催され,馬主席が望んだとおり,王の党籍を取り消す処分を下した。これにより王は立法委員の資格を失い,立法院長の地位を直ちに失うことになった。六日間戦争は馬の勝利で終了したように見えた。

5.読み違い

 国民党の党紀委員会が王の党籍取り消し処分を決定した11日,王は党員としての地位保全を求めて仮処分を求める訴えを起こした。訴えを受理した台北地方法院は13日,王の党員資格の存在を審理する訴訟が確定するまでの間,王の立法委員および立法院長の職務は影響を受けないとする仮処分の決定を行なった。これにより王は即座の失職を免れた。国民党はこれを不服として16日に抗告した。高等法院の裁定は近いうちに出される見込みである。他方,本裁判の方は判決確定まで時間がかかる。台湾の裁判所は個々の裁判官の自由心証の余地が大きいので,裁判の行方は不透明である。自律団体としての国民党が内部の手続きに則って決定した処分は有効であるという判決になるかもしれないし,過去の国民党の党員処分の事例に照らして王の党員資格取り消し処分が著しく重く不当だということで王の主張が認められるかもしれない。
 当面の焦点は,王の地位保全を認めた仮処分が高等法院で覆るかどうかである。これがどう転ぶにせよ,台北地方法院の仮処分により王の立法院長の座が短期間であれ維持されたことは馬にとって誤算である。9月17日立法院の新会期が始まったが,そこで議長席についたのは王であった。議場で抗議の対象となったのは司法への口利きをした王ではなく江宜樺であった。行政院長の江が「王金平のいない立法院の準備ができている」と発言し王の追い落としを図ったことは行政院の立法院に対する干渉であるとして民進党が議場で江の施政報告を阻止し,立法院は新会期の冒頭から空転した。
 馬陣営の六日間戦争のシナリオをもう少し掘り下げて考えてみたい。王が立法院長でなくなった場合は,17日に始まる新会期冒頭で院長選挙が行なわれる予定であった。党内力学からは副院長の洪秀柱が昇格する可能性が高かった。外省人女性政治家の洪秀柱は,もともとは王に近かったが,馬政権登場後ポジションがしだいに動き,馬陣営の核心ではないが陣営内に入っている。馬陣営としては国会議長をすげ替えて,ついでに審議の慣行にもメスを入れ,場合によっては警察を導入するなど議事進行をこの際明確化しようと動きたかったのであろう。そうすれば,中台サービス貿易協定の批准も第四原発の稼働もいける,停滞していた審議も進む,と考えたであろう。
 しかし,このシナリオ自体が危ういものである。仮に王を失脚させることができたとしても,立法委員は同じであるから立法院は変わらない。ブローカーがいなければ台湾では物事はうまく進まない。議事のルールを変えようとすれば,民進党,台聯,親民党が大騒ぎして,立法院はいま以上に機能マヒとなるであろう。王を失脚させたはよいが,立法院も難題,党内の不満分子も難題,来年の地方選挙も難題,と現実的な課題の解決には程遠い。馬陣営としては,王を失脚させた勢いで地方派閥勢力との再度の決戦をしかけ,来年の県市長選の主導権をとるという計算もあったであろう。王を切ることで国民党の改革をアピールし2016年総統選挙での政権防衛を有利に運びたいという思惑もあったであろう。しかし,すべては馬陣営の主観的・希望的シナリオであった。

6.手法の問題

 馬陣営は短期間で決着がつくと読んで電撃戦に踏み切ったが,六日間が一か月となり,混乱が長期化することは確実な情勢となった。馬は,連戦,宋楚瑜,呉伯雄を追い落としたことからわかるように宮廷政治には強い。しかし,今回のしかけは宮廷政治の手法から見ても十分練られていないし,大局的観点から見るなら,最終的に王が失脚したとしても馬陣営には勝利なき政争で終わるであろう。
 正しい宮廷政治のやり方は,検察総長の発表の後,柯建銘,王金平,法務部長の三者の口利き行為に対し民意の反発が高まるのをじっと待つことであった。馬がわざと法務部長をかばうそぶりを見せれば台湾メディアも民進党もこぞって馬たたきに来たであろう。風当たりは非常に強くなったであろうが,返し技で,そもそも司法案件の口利きを依頼してきたのは民進党の柯だと反撃し,泥仕合をやる手もあった。その方が王の灰色の役割にもっと光があたって,立法院長がこのようなことをやっていいのかという流れができたかもしれない。
 台湾人は他人の口利きは不愉快だが自分の口利きはやってほしいと思っているので,「口利きとは何か」についてメディアを通じて広く議論した方がよかった。そうすることで,公共事業や就職の世話ならまだしも国会議員が自分の司法案件で口利きを依頼するのはいくらなんでもひどすぎるという方向に議論は収斂したのではないか。王の立場も相当まずくなっていたであろう。そうやってじわじわと追い込んでいくのが「正しい」宮廷政治というものであろう。
 手続き的にも疑問がある。検察総長の行動はおかしいのではないか。特捜部が柯の裁判の担当女性検事とその同僚検事に事情聴取したのは8月31日の夜である。事情聴取の終了は10時半で,報告を受けた検察総長は夜11時に官邸に入ったと報じられている。証拠は固めてあったのかもしれないが,担当検事の供述の裏を十分とってから報告をすべきであった。
 このことに付随するが,口利きの中身が明確になってはいない。王が柯への電話で口利きがうまくいったと語ったことは事実であるが,王が司法当局にどのような依頼をしたのか,法務部長と高検検察長はOKと言ったと王が言っているが具体的にどう動いたのか,そして担当検事の上訴断念が口利きの結果であったのかどうかは十分な証拠が提示されていない。法務部長,高検検察長,担当の女性検事の3名は口利きへの関与を否定している。
 さらに,検察総長の報告の対象は総統ではなく行政院長であるべきであった。行政院長が,五権(台湾では三権ではなく五権)の長にかかわることだからということで総統に報告するのが正しかったのではないか。検察総長は,大物を挙げることができるとの思い(検察はどうしてもこれが大きな動機になる),あるいは(台湾メディアでは法務部長と確執があったと書かれているので)ライバルの法務部長を追い落とせるとの思いで興奮し頭に血が上って夜中に官邸に駆け込んだ姿が想像できる。この検察総長の野心に馬が乗ってしまったのがそもそもの敗着である。
 最大の問題は,馬が国民党の党紀によって王金平を処分したことである。王の出処進退は国会議長として扱われなければならない。多くの民主主義国で国会議員の不逮捕特権が認められているのは,時の権力者から議会の自律性を守るためである。大統領といえどもそれは尊重しなければならない。まずは立法院の動きを見守るのがスジであった。「立法院長の司法への口利きは決して容認できない」というのは正しい。しかし,台湾の現行法では王の行為を罪に問うことはできない。道義的に問題だからといっていきなり党紀処分に持ち込むのは手続き的に粗暴だという印象を与える。
 民主主義国の政党は通常は捜査機能を持たないのであるから,党紀を発動するのであれば,少なくとも関係者の行為と事件全体の事実関係が明らかになってからであろう。今回の口利き事件で言えば,監察院と検察審査会が法務部長と高検検事長・担当検事の行為をどのように認定するかを見てから王への党紀を発動するのがスジであった。どの民主主義国においても,党紀によって国会議長を失脚させれば大騒ぎになる。いまの台湾の状況で「立法院の自浄作用に期待する」というのは確かに悪い冗談に聞こえる。しかし,党の規律検査委員会が次々に人を捕まえ処罰するような体制を望んでいる台湾人はほとんどいないのだから,民意を味方につけながら一歩一歩動かしていくしかない。

7.泥沼にはまる

 2013年夏の馬陣営が置かれていた全般的状況を整理するとこんなところであろう。〇何をやっても支持率が上がらないという八方ふさがりの状態が2012年1月の再選直後から続いている。〇制度的・集合的要因により政権の判断は主流の民意から外れる傾向にある。〇誰かに足を引っ張られているという被害者意識に傾きやすい。〇何とか局面を打開したいというあせりが生まれやすい。〇何かをやればかえって悪くなる政権末期症状に陥りやすい。
 馬陣営の六日間戦争シナリオは,王を失脚させたとしても泥沼にはまり込む不完全なものであったし,まして王の地位保全が(一時的にせよ)認められたことでシナリオそのものが崩れた。台湾のテレビ局TVBSが9月11日夜に実施した民意調査では,国民党が王の党籍を取り消したことについて,賛成が17%,反対55%,意見なし27%であった。そして馬英九の満意度(支持率)は13%から11%に下がった。とても正しいことをやったと胸を張れる状況ではない。
 こうなることは陣営内の誰も止めることはできなかったのだろうか。今回の事件の特殊性として,捜査情報に基づいていたため馬が相談できた人物は,より限られていたと考えられる。電撃作戦は総統府の側近と党の高官それに行政院長らほんの数人で決めたのではないか。官房長官に相当する総統府秘書長の楊進添は職業外交官出身で,外交部長からの横滑りである。馬の側近と言える二人の副秘書長の羅智強は文宣の専門家,熊光華は消防・防災の専門家である。いずれも普通のよい人で修羅場の党内政治が得意なようには見えない。何事にも非常に慎重な高朗が総統府副秘書長に残っていれば手続き面で異なったアドバイスをしたかもしれない。しかし,高朗は4年の出向期間を終え2012年5月に台湾大学に戻ってしまった。
 今回の件では,江宜樺の思想も影響したと考えられる。西洋自由主義思想専攻の政治学者である江宜樺にとって,司法担当閣僚と国会議長による司法案件の口利きだけは絶対に許せない事案だ。行政院長に就任してこの半年間は妥協の連続で江もストレスがたまっていたであろう。この口利きを見過ごせば自分が政界に足を踏み入れた意味自体がなくなると思いつめたのではないか。しかし,正しい思いは,政治的に正しい手続きによらなければ民意に訴える力を持たない。口利きがいかに重大であっても党紀を使った手法はいかにもバランス感覚を欠いている。あるいは学者ならではの(黒や灰色を嫌う)潔癖症が裏目に出たのかもしれない。
 馬陣営は,果敢な攻撃で馬は強い指導者だと印象付けたいと考えたかもしれないが,相手が娘の結婚式に出ている隙をついた奇襲攻撃は台湾の選挙民には評価されないということを事前に想定すべきであった。中間派選挙民からすると,これまでの馬政権のイメージはオタオタ行ったり来たりしている「羊の群れ」で「やわらかい」という印象であったが,今回の件で,手負いのイノシシが周りも見ずにひたすら突進する「野猪」のイメージに変わり「危ない」という印象を持ったのでないか。今後の政権運営はいっそう難しくなるであろう。

8.第三勢力の可能性

 馬陣営の手法が拙劣であったため王に同情が集まっている。この先,国民党の分裂や第三勢力などの話題が広く語られるであろう。政界再編成が好きな人や李登輝の話を聞かされている人は何か起きると思うかもしれない。しかし,王は,実際には第三勢力を立ち上げる実力はない。その点で,王は(2000年総統選挙で国民党を割って出た)宋楚瑜ではない。桃園空港に王を出迎えた国民党立法委員は11人いるが,離党して王についていく人はいない(宋の場合は18人の立法委員が離党して宋についた)。王は地元高雄の選挙区から出ても立法委員に当選する力はない。王の力の源泉は立法院内のブローカー的役割から生じるのであって,王が動かせる票は少ない。
 マクロ的に見れば,二大陣営の勢力比は,李登輝時代は国民党が3分の2を擁し,民進党は3分の1にすぎなかった。だから宋楚瑜のように国民党を分裂させても勝てる展望を持ちえたのである。いまは,国民党54,民進党46までに勢力が接近している。台湾政治の構造から言うと,イデオロギー的には中間地帯があり中間派選挙民も一定の数がいるが,藍緑両陣営の選挙政治上の区分は明確である。どちらの陣営であっても,第三勢力結集のために党を出た瞬間に裏切り者となり,影響力は半減する。よほどのカリスマ性と潜在力がある人物でない限りこの種の試みは成功しない。この条件に当てはまるのはョ清コと朱立倫であるが,どちらも党内で前途があるので外に打って出る必要はない。
 分裂して何かを勝ち取ることが難しいのはミクロ的に見ても同じである。これは各県市の状況を順に見ていけばわかることだ。まず,雲林県以南は民進党がすでに大きな勢力となっていて,民進党内の派閥間・地方人士間の争いは非常に激しい。仮に馬英九に不満で国民党を離党した人が出たとしても行くところはないし,国民党の基礎票のパイが小さすぎて県市議員より上の選挙で当選の見込みはない。 苗栗県,花蓮県のように国民党が依然として3分の2以上の勢力を維持しているところでは,理論上国民党から出て選挙を戦うことは可能であるが,それらの県では族群構成が複雑で地元の民進党と連携することは困難である。台北市,基隆市は,都市部なので流動的と思われやすいが,両陣営の色分けは鮮明で第三勢力の空間は非常に狭い。新北市はそれよりは多少流動性があるが,それにしても第三勢力の空間が狭いことに変わりはない。台中市,彰化県,南投県は,国民党内でも民進党内でも足の引っ張り合いが起きて一部分裂も考えられるが,それは小規模なもので,かつ,第三勢力結集に動くよりはそれぞれが戦うことを選ぶであろう。
 地方において王金平と関係のよいのは各県市の地方派閥であり,それら地方派閥こそ各県市の民進党が必死で戦ってきた相手である。地元民進党にとってとうてい受け入れることはできないし,民進党は次の地方選挙で得票増が期待できるので,仮に王グループが結成されたとしても民進党を出て合流する人物はまずいない。地方派閥にとってもここで国民党を出るメリットはない。馬に不満な地方人士たちはポスト馬英九の時代を待つであろう。このように台北で語られる分裂や第三勢力結集の議論は地方から見るとただの空論である。
 したがって,王は,ポーカーと同じく,手は見せずに「おれはすごいのを持っている」と言い続けるのが最も有利である。王に同情的な地方人士たちが国民党内に残って馬の方針をサボタージュする方が第三勢力の立ち上げよりよほど効果的であろう。今後は,王の動向に関する憶測が台湾メディアを賑わし,かといって第三勢力立ち上げに動くわけでもないという馬陣営にとってやりにくい状態が続くことが予想される。馬陣営にはじわじわとマイナスに効いてくるであろう。

9.政局への影響

 2014年の地方選挙(県市長選挙)では,馬陣営に大きなリスクができた。現時点で予想すると,国民党は全体の得票総数で民進党にかなりの差(例えば50万票以上)をつけられて負ける可能性がある。2016年を前に国民党はぎりぎりのところに追い込まれるであろう。
 国民党内のポスト馬英九の候補は事実上呉敦義と朱立倫の二人に絞られる。馬後継をねらう呉敦義にとって,王金平との決定的な決裂はマイナスである。馬の支持率が低迷し,呉敦義の人気も一向に上がらない中,馬-王の権力闘争が発生したことで,政争の圏外にいる朱にとってはチャンスが多少上がる効果が及ぶと見ることができる。しかし,朱立倫はロープで新北市にしっかりしばりつけられているので自力で打って出ることは難しいであろう。
 民進党内は「二つの太陽」と称される蘇貞昌と蔡英文の主導権争いが続いている。自党の議員団長が自身の司法案件の無罪確定のために口利きを依頼したというのは本来クリーンなイメージを出したい民進党にとって打撃である。党内実力者の一人である柯建銘にどう対処するかは,蘇貞昌にとっても蔡英文にとっても難題である。最近の党内権力関係図で言うと,柯は蘇の後ろ盾となり,蘇はそれをあてにして来年の党主席再選戦略を描いていると見られている。蔡は,総統選挙で確かに柯の支援を受けたものの,党主席時代から柯の灰色のやり方に不満を持っていたはずだ。柯が明確に蘇陣営に付いた以上,余計に柯を立法委員団長から外したいと考えているだろう。
 したがって,蘇派は柯をかばい,蔡派は批判するという構図が潜在的には存在するが,柯は,例えれば一世代前の自民党の金丸信のような存在であり,蔡派の人間では相手にならない。このため,民進党は柯について明確な処分を下せない可能性がある。馬陣営はそれを計算して,国民党は立法院長でさえ処分したのに民進党は口利きの張本人である柯をかばっているとして民意に訴えるであろう。民進党はそうさせないため,盗聴捜査は違法で人権侵害である,馬は統治を放置し血みどろの宮廷闘争に没頭しているという批判を強めている。民進党は盗聴を批判しているが,馬政権第一期に張碩文ら国民党立法委員数人が摘発され失職したのは盗聴による証拠が決め手となったのであるが当時民進党は特に人権侵害だとか批判をしていない。どちらも見事なまでにダブルスタンダードなのである。民進党は審議ボイコット,議長席占拠,馬総統罷免要求など原則主義的凡作に流れることが多く,それは国民党を結束させるだけであろう。王追い落とし政争は馬陣営のマイナスであって,民進党が特にプラスになるわけではない。
 中台関係への影響はどうだろうか。馬陣営にとっては政権運営がますます苦しくなるので,中台関係で大きな実績を上げて形成を逆転したいという動機は強まるであろう。立法院の石が取り除かれれば中台関係の法案を通しやすくなり,台湾側の駆け引きの材料が増えると馬政権は計算しているかもしれない。しかし,民意を十分引きつけることができていない馬政権が習近平政権と本格的交渉に入るのは台湾にとっても中国にとってもリスクが大きいのではないか。馬政権が中国側の表面的な譲歩に飛びつけば台湾内部での反発が広がり,2014年と16年選挙で国民党敗北の流れを作るかもしれない。馬にとっては対中政策でサプライズをやるよりも足元の課題を一つ一つ解決していくことが政権立て直しの道になるであろう。(2013.9.21記)

  
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