活動報告

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センターの活動報告です

東京外国語大学国際日本研究センター 対照日本語部門主催 『外国語と日本語との対照言語学的研究』第21回研究会 (2017年3月4日)

●日時 : 2017 年 3 月 4 日 ( 土 )14:00 ~ 17:45
●場所 : 東京外国語大学 研究講義棟 115 室
●発表者 ・ 講演者と題目
 ・ 三宅登之氏 (東京外国語大学 : 中国語学)
  「動作を前提とする形容詞―― 中国語の難易度を表す形容詞をめぐって ――」
 ・ 中山俊秀氏 (東京外国語大学 ・ アジア ・ アフリカ言語文化研究所 :ヌートカ語、 談話機能言語学)
  「スライアモン ・ セイリッシュ語における 動詞結合価の操作について」
 ・ 山梨正明氏 (京都大学名誉教授 ・ 関西外国語大学 :認知言語学、 意味論 ・ 語用論)
  「認知言語学の展望――言語科学の新たな革命」

 三宅登之氏「動作を前提とする形容詞 ―― 中国語の難易度を表す形容詞をめぐって ――」では、「简单」(jiǎndān)と「容易」(róngyì)などの形容詞の用法をコーパス調査を基に、認知言語学のパラダイムで考察した。要旨は以下のようにまとめられる。
 上記の形容詞はどちらも「易しい」という意味だが、「简单」は連体修飾の用例が多く、対象物について叙述するのが基本用法であると考えられ、一方「容易」は連用修飾の用例が多く、動作について叙述するのが基本用法であると考えることができる。述語用法の場合、「这个问题很简单」(この問題は易しい)のように対象物についての叙述に「简单」が、「回答这个问题很容易」(この問題を解くのは易しい)のように動作についての叙述に「容易」が用いられるのは上述の考えに合致する。他方「这个问题很容易」(この問題は易しい)のように対象物についての叙述に「容易」が用いられる文では、「回答」(解く)という動作に代わって、対象物の「这个问题」(この問題)の方をプロファイルする(特に注目し際立たせる)ことにより、動作を前提としつつも、対象物そのものが「易しい」という属性を有するかのような表現になっていると解釈できる。
 反意語の「难」(難しい)も連用修飾の用例が多く、対象物について述べる場合は「容易」と同様に動作を前提とし、「很难的任务」(とても難しい任務)は「很难[完成]的任务」([完成するのが]とても難しい任務)のように述語を含意していると考えられる。
 最後に英語と日本語の形容詞の用例にも触れながら、形容詞の叙述対象が動作・行為に対する臨時的な評価から対象物の恒久的な属性へと移行(プロファイルシフト)する条件についても考察し、「評価の恒常性が高いほど対象物が備えている属性と感じられやすい」とまとめた。
 明解な論旨で、中国語の知識の無い聞き手にとっても非常にわかりやすく、他の言語の研究にも応用できそうな考え方が示された研究発表であった。(成田節)

 続いて中山俊秀氏の「言語構造の「つかみにくさ」を考える-語の単位に注目して-」は、言語研究において語の認定や文法を記述することの難しさを提示し、実際の言語使用を基盤とした新しい文法観を提示された。一般に、言語表現の組み立ては、形態素-語-句-節-文のように単位が組み合わされ上位の単位を形成するとしている。単位の組み合わせや形式的まとまりと意味機能の関係に見られる規則性や体系性を捉えることを主眼とし、文法というものは、普遍的規則の体系、統合的体系、かつ固定的、安定的な体系であるという認識がある。
 しかしながら、現実の言語使用においては、語の定義は曖昧性、バラつきがあると指摘する。(たとえば、"č̕ a:csnaʕa:ɫkʷačiƛ č̕ a -{c}snaʕa:ɫ -kʷačiƛ „彼は水で遊んできたから(ヌートカ語)のような「変わった語」の例からは通言語的「語」の定義の難しさがわかり、「ちょっとやばい系」「アカエリアシシギ」(日本語)などのまとまりからは「語」と句などの境界線の曖昧さが感じられる)。また、実質語は機能語より語らしく、名詞は動詞より語らしい、また語自体が相互行為と結びついていたり、referentがある場合は、語として認定されやすい、など「語らしさ」はバラつく。
 理想化された「語」とは、固有、固定的なものであり、定義はぶれず、形態的統語的特性が基盤と考えられ、また変化も考慮されない。しかし、実際の「語」としての意識しやすさは文脈に依存し、定義も語によって異なり、形態統語的性質以外の要因が絡むこともある。さらに実際の語のまとまりや境界は変化する。つまり、語という単位意識は、構文、定型表現、生産的なパターン、言語使用のバラつき、揺れや変化などこれらすべての中から浮かび上がってくるものだというのである。こうした「語」意識を含む言語構造意識の形成を実際の言語使用の積み重ねの中に位置付けて捉えようとするのが言語使用を基盤とした文法研究である。そうした研究においては、固定的な文法規則を見つけようとするのではなく、言語使用のあり方が文法パターンを形成するメカニズムを明らかにすることを主たる目的にする。そこでは、使用パターンや頻度を調べることは重要であり、研究方法としては自然談話資料に基づく分析、頻度および分布など統計的分析や多様なジャンルにおけるパターンの把握などが有効であると指摘された。
 中山氏の発表は、日頃言語研究者が(ある意味確信犯として)できるだけ触れずにいたい点、つまり理想的な言語体系の認識と現実の言語使用の有り様とのずれの問題をまっこうから指摘するものであり、あたかも共通の基盤として使われているかのような「語」や「文」等の用語を認定することの難しさについてあらためて確認させられる内容であった。(谷口龍子)

 京都大学名誉教授・関西外国語大学教授の山梨正明氏による講演『認知言語学の展望--言語科学の新たな革命』では、認知言語学の誕生以前からその歴史を見てきた同氏によって、認知科学としての言語学の変遷、認知言語学の研究プログラムの概要、認知能力と言語現象の関連に関する大局的な見方が示された。また、持続可能な学問として言語研究が今後どのように発展していくべきかという問いに対する氏からの回答が示された。
 講演では、最初に、認知言語学の背景となる認知科学の歴史的な展開が紹介され、構造主義言語学から生成文法をへて認知言語学に至る言語学的な背景が示された。次に、言語能力の根源となる二つの要因である認知能力と言語運用能力が紹介されるとともに、言語体系を記号の体系とみなす認知言語学的な言語観(Symbolic View of Grammar)が示された。さらに、ゲシュタルト的な記号観と捉え方(construal)という、認知言語学のパラダイムの背景となる二つの重要な考え方が示された。
 その後、具体的に、各認知能力がどのように言語の構造を動機づけるかに関する紹介が行われた。ここでは、(i) 言葉のゲシュタルト性、(ii) スキャニング、(iii) 図地の分化・反転、(iii) 主観性と見えの変化、(iv) 参照点能力、(v) カテゴリー化(スキーマ化、事例化、拡張)、(vi) 焦点移動の能力、(vii) 用法基盤モデルのアプローチ等の観点から、様々な言語現象が例示され説明された。特に、強調された点は、用法基盤モデルと身体性の観点である。まず、人間が持つ言語知識は、言語使用の場から立ち現れ、ゆらぎながら定着しているとする用法基盤モデルの考え方を紹介することによって、私たち人間が持つ文法知識は、綺麗な体系性を持つようなものではなく、部分的であると同時に、具体事例等も含むかなり抽象性が低いものであるという考え方が示された。次に、世界を認識して言語化する基盤となる身体の観点から言語を捉え直すという身体経験に基づく言語分析の重要性が示された。
 発表では、折に触れ、他の発表者が扱った事例が認知言語学においてどのように位置づけられるかが示されるとともに、認知言語学の隣接分野である談話機能言語学との接点も示された。また、若手研究者に対しては、今後どのように言語研究を行っていくかに関する道しるべを示すと同時に、大学教員に対しては、大学で言語学を教え人材を育成するためにどうあるべきかとの問題提起も行うなど、本講演では、学問と教育に関する多岐に渡る話題が提供された。 (大谷直輝)

ポスター (PDFファイル)

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