活動報告

Activity Reports

センターの活動報告です

国際シンポジウム「戦前日本の対回教圏政策とトルコ」(2012年1月28日)

三沢伸生氏(東洋大学)
「アジア主義とイスラーム主義の交錯:亜細亜義会をめぐって」
メルトハン・デュンダル氏(アンカラ大学)
「スユンビケの涙 在日トルコ系住民と戦前日本の外交政策」
小松久男氏(東京大学)
「イブラヒムの夢:イスラーム世界と日本を結ぶ」

戦前日本政府の大陸政策と、アジア主義を標榜した日本知識人たちの活動は、イスラーム文化圏との接触を生みだしていた。1940年代初頭に大東亜共栄圏構想にまとめあげられていくそうした外交政策と思想運動は、しかし、イデオロギー上の建前だったのでも、観念的なかけ声だけだったのでもない。そこでは、国境を越えて活躍しながら民族的統一の理想に燃えた知識人たちと、それを受け止める豊かな政治的感受性が交錯する空間が現出していた。対イスラーム圏政策=「回教圏政策」を大きな枠組みとして、中央アジア出身のトルコ系知識人と日本の知的接触を丹念に読み解こうとしたこの国際シンポジウムは、期せずしてそうした場=トポスを描き出すことに成功したといえよう。

三沢氏は明治期から戦中期までのアジア主義とイスラーム主義の連帯の実践とその「失敗」の歴史を、近年の機関誌資料などの発掘の成果を踏まえて提示された。辛亥革命に連動したアジア主義とイスラーム主義の結合の試みであった「亜細亜義会」の帰趨は、他のアジア主義の思想運動に重なる。デュンダル氏は在日トルコ系住民たちが戦前日本で形成したさまざまなコミュニティの活動、とりわけロシア出身のトルコ・タタール人の活動に焦点をあてながら、それが国際政治情勢のなかで翻弄されていく軌跡を描きだした。そして小松氏は、明治期に来日し、1933年に再来日し1944年に日本で客死した、汎イスラーム主義のジャーナリストであったアブデュルレシト・イブラヒムの生涯を縦軸としたダイナミックな歴史を示した。そのイスラーム世界解放と日本との連帯の戦略、その戦略に呼応する日本の興亜主義=アジア主義者たち、さらに公然とあるいは非公然にその活動を支援する日本陸軍。そうした政治世界を踏まえて、小松氏はロシア(タタルスタン)―トルコ―日本の三角形を前提とした歴史研究の必要性を提起された。

汎アジア主義と汎イスラーム主義はそれぞれ民族主義と革命、戦争の時代における世界規模の反西洋の国際思想運動であった。しかしその思想運動は実にミクロな個人の旅や小さな集まりがつながることで展開されていた。司会の林佳世子氏がまとめたように、こうしたマクロな政治とミクロな営みを往還する多様な回路の発見は、〈日本〉を新たに記述するための指針となるであろう。その意味で国際日本研究センターにとっても得難いシンポジウムであった。さらにそうした歴史研究は刺激的で新鮮である。参加者は70名。なおシンポジウム開催に先立って、アブデュルレシト・イブラヒムらの眠る多磨霊園のムスリム墓地を見学するツアーが企画され、厳しい冷え込みのなかではあったが、15名を超える参加者を得た。

(友常勉)

研究会の 写真 (PDFファイル)

研究会の ポスター (PDFファイル)

研究会のVTR(リンクをクリックするとストリーミングが始まります)

アジア主義とイスラーム主義の交錯:亜細亜議会をめぐって

イブラヒムの夢:イスラーム世界と日本を結ぶ

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