東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程

長谷川健司

ライン工の眼から

MIRAIフェローシップの長谷川健司です。大学入学前は自動車会社に勤めていたこともありました。お世辞にも勤勉なサラリーマンとは言えませんでしたが、それでも来る日も来る日も生産ラインの稼働のために汗を流していました。ラインでの仕事は単調なものに見えましたが、実際にやってみると、生産プロジェクト全体の俯瞰と製品への細やかな気配りを同時に求められる、とても難しい仕事だということがわかりました。一方で、上司にも仲間にも恵まれ、自分の成長を日々実感できる、とても充実した時間でした。

25歳のときに、ふと思い立って大学受験をしました。会社を辞めることになるのでよく誤解されるのですが、とくに「これがやりたい!」という強い想いがあって入試に挑戦したわけではありません。高卒叩き上げの自分にとっては「異文化」である大学やアカデミアをちょっと覗いてみたいな、くらいの気持ちでした。そもそも学問分野がどのように分かれているのかすら、よく知りませんでした。運よく、本学の国際社会学部に潜り込めましたが、それでも卒業する気はなく、大学生活を1〜2年くらい体験したら退学しようと考えていました。

入学後に〈テイラー主義〉という言葉を知ったのが、その後の進路を決定づけました。この概念をめぐる研究書の数々に出会っていなかったら、学部を卒業することも、ましては大学院に進学することもなかったはずです。〈テイラー主義〉は、「科学的」なマネジメントで労働作業を極限まで効率化することが儲けの最大化に直結し、労働者も経営者も "Win-Win" になるのだ、という労働管理の方法論であり、思想です。20世紀初頭に、アメリカの技術者フレデリック・テイラーによって生み出されました。製造業や建設業での生産効率化がその実践面での典型例です。

わたしがこの言葉と出会ったのは思想研究の本でした。本の著者は、〈テイラー主義〉に象徴される経済的合理化への指向性に対し、人間を〈機械のように〉扱うことで創造性を抑圧する「非人間的な力」だと評して、舌鋒するどく批判していました。現代世界で強い影響力を持つとされる〈テイラー主義〉は、現場で働く人間を「労働する動物」に還元し、人間的な感情や個性を捨象するからです。そこでは、人間はストップウォッチで作業効率を測られるだけの産業マシーンとみなされます。わたしはこの本を読んで、自分自身がかつて働いていた現場のひとつの側面が思想的な言葉で表現されている、と感じてとてもワクワクしたのを覚えています。

でも強い違和感も一方で残りました。この本に限らず、人文・社会科学の研究書で〈テイラー主義〉が語られるとき、ライン工(製造業の現場で働く作業員)を異質な他者として語る態度がかならずみられたからです。わたしには、書き手(=研究者)と研究対象(=ライン工)を選り分ける決定的な境界のようなものが、いったい何なのかわかりませんでした。というのも、大学生として過ごすなかで、大学教育の現場、そしてアカデミア全体もまた、人間を〈機械のように〉扱うことで創造性を抑圧する「非人間的な力」と無縁ではないように見えたからです。

多くの研究者もまた、学期ごとに学生の勤勉さを機械的に評価する中間管理職的業務から逃れられず、またみずからも特定の専門分野における評価に振り回され、業務の効率化を求められます。彼らははたして心の底からライン工を他者化できるのでしょうか? 人間を〈機械のように〉扱うことの重大さと向き合わなくてはいけないことは事実ですが、アカデミアの高みからこの問題を「肉体労働」の現場に矮小化したところで、言葉が宙を舞い、滑稽なだけです。この問題の根はとても深いように思われました。

シーシャ屋のような空間を守るために

わたしは大学院に在籍しながら、思想的な課題として、この〈機械のように〉の問題に取り組んでいます。ですから逆に、「〈機械のように〉ではない」こととはなんだろう、ともいつも考えています。そのヒントを求めて学部時代から働いたのが、シーシャ屋(水タバコ屋)でした。シーシャについてはほとんど知識ゼロでしたが、せっかく脱サラして学生になったので、普通のサラリーマンを続けたままでは絶対に経験できないような仕事をしたい、という気持ちもありました。

シーシャは嗜好品です。しかもお酒とちがって酩酊するわけでもなく、また1ミリグラムも栄養を含んでいません。炭で蒸らした専用フレーバーから出るケムリを水にくぐらせて、まろやかにしてから香りを楽しむ一種のタバコです。普通のタバコともちがって専用器具が必要で、準備や後片付けにも手間がかかります。おいしいケムリを安定して作るには、習得に相当の時間がかかる技術が要ります。経済的な合理性からみると「完全なる時間のムダ」であり、「混じり気なしの蕩尽」がシーシャだとも言えます。それでもシーシャに憩いを求めて、休日には多くの人が店に訪れます。

シーシャ屋の店員からすれば、お客さんを〈機械のように〉扱おうとすることはナンセンスです。お客さんの嗜好はあまりにも多様ですし、250種類以上あるシーシャのフレーバーの組み合わせは実質的に無限です。店員ごとにセオリーのようなものはありますが、同じお客さんでも来店するたびに求めるものが同じとは限りません。その日の気分を訊きながら即興的に香りを提案することになります。店員とのこの掛け合いが好きで足しげく通うお客さんもいます。

シーシャ屋は一人でのんびりする場所であるとともに、時間を気にせず友達や恋人とおしゃべりができる場所でもあります。仕事の相談をするビジネスマンや作家もいます。読書会の二次会やサブカル系のサークルの会合にも使われます。一回につきせいぜいひとり二千円くらいなので、大学生のお客さんも多く、敷居は高くありません。他方で、大人しか入れませんので、落ち着いた雰囲気でじっくりと話すことができるのがシーシャ屋という空間です。

17世紀後半のイギリスでは、コーヒーハウス(Coffeehouse)が社交の場として人気を博して、市民社会を支える世論を形成する重要な空間となっていましたが、現代日本のシーシャ屋も似たような役割を担いつつあるかもしれません。ここでの出会いをきっかけに友達の輪が広がったり、仕事のアイディアにつながったりしているのを目することがよくあります。嗜好品だけで人と人の信頼関係を結びつける不思議な力がシーシャ屋にはあるようです。この場所で生み出される創造的な活動を陰で手伝えるのが、シーシャ屋での仕事の醍醐味でもあります。

もちろん、シーシャ屋やコーヒーハウスのような空間はほかにも無限のバリエーションがありうるのでしょう。もしかすると、「ムダ」や「蕩尽」の性質が、人と人のコミュニケーションの豊かさや新しいアイディアの創発性を左右しているのかもしれません。いずれにせよ、〈機械のように〉の思想課題に大学院で取り組む際、わたしの念頭にあるのは、シーシャ屋のような空間を守りたい、時代が変わってもこうした場所が姿を変えて残り続けてほしい、という想いです。そしてこの想いこそが、アカデミアにおいて同様の場を創出しようとして立ち上げられたMIRAIの理念と共鳴する想いです。

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シーシャ屋の仕事:250種類以上のフレーバーをグラム単位でミックスしてお客さんの嗜好に応える

統治思想としてのサイバネティクス

現在わたしが大学院で研究しているのは、サイバネティクス(Cybernetics)の思想史です。ギリシア語の「キュベルネテス(=舟の舵を取る者)」に由来し、現代の「サイバー」の語源にもなったサイバネティクスは、20世紀中葉にアメリカの数学者ノーバート・ウィーナーが主導して学際的に展開した複合研究領域です。通信工学・制御工学・数学・神経生理学・生体医工学・心理学・生態学・社会学・経済学などの幅広い分野で深甚な影響力を及ぼしました。サイバネティクスは、現代のオートメーション技術や高速通信技術、ロボット技術、AI技術などの基礎設計を確立しただけでなく、ゲーム理論やオペレーションズ・リサーチ(戦略研究)といった、社会科学的な政策テクニックの知的基盤をも提供しています。また気候変動など、地球生物圏の動態を研究しているシステム生態学の理論的源流でもあります。便利な工業製品の数々を生み出しただけでなく、国家の政策やグローバルな意思決定に関わる知識をもたらしたのがサイバネティクスです。したがって、サイバネティクスは学術的な位相のみにとどまるようなものではなく、現代の統治(国や国を超えた単位での社会や世界の統合・維持原理)を支える知の体系だと言うこともできます。

わたしが研究の標的をサイバネティクスにしぼったのは、オートメーション、AI、ゲーム理論、オペレーションズ・リサーチといったサイバネティクスに由来するテクノロジーが、まさに人間を〈機械のように〉扱うことを認識論的な基礎にして作動していると考えたからです。後述するウィーナーの苦悩のように、この問題はわたしが当初考えたほどには単純ではありませんでしたが、それらのテクノロジーがいずれも人間をある特定のモデルへと一律的に還元することに立脚して成立していることは確かです。たとえば経済学の分野で今日でもひろく参照されるゲーム理論についてみてみましょう。

ゲーム理論は、ウィーナーとともにサイバネティクスを先導した数学者ジョン・フォン・ノイマンが経済学者オスカー・モルゲンシュテルンと協働して構築した経済学理論です。「囚人のジレンマ」で有名なゲーム理論が想定する「人間」は、あらゆる状況において自分の利益を最大化しようと努める存在です。いわば、人類全員が純粋なホモ・エコノミクス(経済人)であるという措定の上に成立しているのがゲーム理論です。もちろん理論の発展のためには単純化や一般化が必要な時もありますから、ノイマンらの作業それ自体が悪いのではありません。問題なのは、現実に生きている人間の多様性や予測不可能性を削ぎ落としたゲーム理論が、戦後世界で次々と打ち出された大規模経済政策の理論的支柱として実際に利用されたことです。社会へのその帰結を詳細に述べるのは【自己紹介】の範囲を超えるので控えますが、ゲーム理論が戦後世界に新たな経済戦争を生み出したのは歴史的事実です。「自分の利益のためのみに生きる人間」を基礎単位として実行された政策が悲惨な結末をもたらすのは当然といえば当然です。

サイバネティクスから生み出された数々のテクノロジーは、人間を特定の機能や性質に分解して平板な「普遍的人間モデル」に還元する知的操作に依拠しています。繰り返しになりますが、理論の発展のためには人間像を一般化することが必要なときもあります。しかし、そのテクニカルな前提的作業プロセスの存在を忘れ、貧弱な人間像を内蔵したまま、学術理論を現実の国家政策や企業戦略へと転用してしまったことにサイバネティクスの悲劇はありました。

ウィーナーの苦悩

一方、サイバネティクスが生まれようとしているまさにその現場において、人間を〈機械のように〉扱うことに警鐘を鳴らし続けた科学者がいました。その人物こそが、サイバネティクスを主導したウィーナーでした。彼はサイバネティクスが軍事目的や大規模な経済戦争に動員される潜在的な危険性に誰よりも自覚的でした。戦後は、ミサイル開発に転用されうる自身の研究成果を公開することを拒絶しました。オートメーション化の進む製造業の労働運動に関わったこともあります。著作のなかでは、繰り返し、ノイマンらのゲーム理論を批判してもいます。サイバネティクスが現代世界の統治を支える知へと成長することの両義性を見つめ、そのはざまで苦しみ続けたのが、「サイバネティクスの父」であるウィーナーだったのです。

サイバネティクスがもともとの興味関心としてきたのは、生命のダイナミズムです。不確定要素に満ち溢れた物質世界のなかで生命が安定性(変わらないこと)と可塑性(変わりうること)を両立させている、そのメカニズムを数学的に記述することが、サイバネティクス第一の理論課題でした。そしてそれは純粋な学術的な動機だけではなく、二度の世界大戦というカタストロフィを経験したゆえの切実な動機にも裏付けられた関心でした。自然界では当たり前のように両立している進化(変化)と平衡(安定)のバランスメカニズムを解き明かすことが、近代化途上での国際社会の崩壊によって一面焼け野原となった戦後世界には求められたからです。少なくともウィーナー自身は、〈平和〉のための学術としてサイバネティクスを構想していました。ですので、サイバネティクスが軍事や経済戦争のテクノロジーとして動員され、グローバル社会の新たな不安定化要因になることに彼は耐えきれなかったのでしょう。

その一方で、ウィーナーは盲目的に「安定」を神聖視する言説を嫌いました。生命の本質は、エントロピーの極大化、つまり無秩序へと向かう宇宙の巨大な力のなかで秩序の小島を築いていくことにありますが、ウィーナーの信じるところでは、それは特定の秩序形態を強大化することによって達成されることはなく、古い秩序の死を乗り越えながら不断に新しい秩序へと新陳代謝することによって成し遂げられます。「安定」を求めてひとつの秩序形態に固執することは変化を抑圧してしまうために、逆に生命としての弾力性とバランスを損なうことになるのです。

この生命観をベースに、ウィーナーは自著『The human use of human beings』(1950/1954年)のなかで、現代世界の統治についてこう述べています。「現実に危険なのは[......]政治の指導者たちが大衆を、機械そのものによって管理するのではなく、あたかも機械によって算出されたかのような狭くて人間の可能性を無視した政治的技術によって管理しようとすることである」。彼は、技術の進歩が社会でひろく共有される人間像の変容をもたらすことを洞察していました。とりわけ、戦後世界の科学技術に多大な影響を及ぼしたサイバネティクスが国家や大企業の戦略に横領され、人間の創造性をこれまでになく抑圧する統治テクノロジーへと転用される脅威から彼は目を逸らしませんでした。生命のダイナミズムを捉えるための知であったサイバネティクスが、逆説的にも生命である人間の可能性を硬直化させてしてしまう脅威から、です。そのために、ウィーナーの後半生は苦悩とともにあり続けました。

とはいえ、ウィーナーはかならずしも孤独だったわけではありません。サイバネティクスの「ゆりかご」となったのはニューヨークで開催されたメイシー会議という学際研究プロジェクトです。そこでウィーナーは、同じ危機感を共有する人類学者のグレゴリー・ベイトソンやマーガレット・ミード、生態学者のイヴリン・ハッチンソンといった若い研究者たちと出会います。彼らとの交流はウィーナーにとっても研究生活を続けるための良い刺激になったようです。一方のベイトソンらは、ウィーナーの言葉に強烈な影響を受けながらも、ウィーナーとは別の領域でサイバネティクスを、「〈機械のように〉ではない」かたちで継承・発展させていきました。工学的で、どこか人間離れしていて、「冷たい」印象すら与えるサイバネティクスですが、苦悩する「父」の姿に象徴的なように、血のかよった人間によるドラマがそこにはあったのです。

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ウィーナー『The human use of human beings』(1950年)の表紙(一部)

おわりに

わたしは、現代世界の統治を支えるサイバネティクスの歴史を、それを生み出した人びとの言葉を丁寧に発掘して辿ることで、人間を〈機械のように〉扱うことの思想的問題を多くの人と一緒に考えていきたいと思っています。自分が機械部品のように取り替え可能な存在とみなされることは誰にとっても辛いことです。学校や会社などで誰もが経験したことのあるその痛みは、ウィーナーが生涯にわたって向き合い続けた文明論的な苦悩と無関係ではありません。

そして、今日のグローバル化した情報社会では、サイバネティクスに由来するテクノロジーと向き合うことは、人文・社会科学領域の研究者であっても避けることができません。サイバネティクスの誕生から70年以上もの時間が経過し、サイバーテクノロジーはすでにわたしたちの暮らしのすみずみにまで入り込んでいるからです。そのことはわたしたちの思考のあり方にも少なからぬ影響を及ぼしているはずです。現実世界をよりよく理解するために生み出されたサイバネティクスは、大規模な政策や便利なテクノロジーへとひろく使用されつづけたことで、ついには現実世界そのものとわたしたち自身を作り変えつつあります。象牙の塔から見下ろす研究者たちの心身も、実のところすでに「サイボーグ化」しているのかもしれません。

機械と生命。そのはざまで苦悩し、あるべき人間の姿を考え続けたウィーナーたちの思想を、現在の生きた言葉に取り戻すことが必要です。それによってわたしたちは、〈機械のように〉に抗する言葉を手にすることができるのではないでしょうか。従来の専門分化された枠組みを創造的に乗り越えるために立ち上げられたMIRAIという場所から、わたしはこの挑戦を始動させたいと思います。

(文・長谷川健司)