フェーズ1 研究の社会的価値
フェーズ2 生成AIとの共創
フェーズ3 研究と社会の接続
半年間の授業を振り返りながら、私たちが博士学生とどんなことを考えてきたのかを紹介します。
フェーズ1 研究の社会的価値――誰に、何を、どう伝えるか
第1フェーズでは、「学術研究の意味とは何か?」と題して、レクチャーとワークショップを実施しました。研究者が自分の研究の価値を説明するとき、まずは学術的な意義を語ることが求められます。先行研究に対してどのような新しい知見を提示するのか。その問いに答えることは分野の進展にとってどう重要なのか。しかしアカデミアの外に出て自分の研究を紹介するとき、純粋に学術的な意義を説明するだけでは自分の研究の魅力は十分に伝わりません。
「その研究はどう役に立つのですか?」とりわけ人文社会科学において、期待通りにこの問いに答えるのは難しいものです。しかしこの授業で学生と考えたかったのは、自分の研究を「社会に役立つ研究」に無理に作り変えることではありません。聞き手はどのような社会的・時代的文脈の上に立っているのか、その文脈の中に自分たちの研究をどう位置づけることができるのか、ということでした。授業では、伝えたい相手の文脈によって、同じ研究でも話の構成や展開を変える必要があることを確認しました。
社会との接点を探すことは、外に目を向けることばかりで可能になるわけではありません。「そもそも自分は、なぜこの研究をしているのだろう?」と、自分自身の興味関心を深掘りすることが、社会との思いがけない接点を発見することにつながる場合もあります。アカデミアの外に積極的に出て行って、自分の研究を伝えていこうとするのと同時に、自分の研究の原点や理想とする研究者像を掘り下げて、自分にとって研究とは何かを問い続けてほしいと伝えて、授業を締めくくりました。

フェーズ2 生成AIとの共創――AIにできることを、人間がやる意味
第2フェーズで取り上げたのは、生成AIです。まず事前課題として、任意の生成AIを使って研究計画の概要を作成してもらいました。この1〜2年のうちに、生成AIを積極的に活用して研究を進める大学院生も増えました。しかしこの事前課題は、どれだけ巧みな研究計画書を書かせられるかから、学生の生成AIリテラシーを測るために課したわけではありません。生成AIに研究計画書を書かせる過程で、生成AIがどのように「考えている」ように見えるのかを考察してもらうことが、この事前課題の目的でした。
生成AIはどんな作業が得意なのか。どんなところでありきたりな回答を返してくるのか。指示のどんな違いで回答がどう変わるのか。自分では思いつかなかったアイデアが出てくるのはどんなときか。
生成AIについて議論すると、「AIにできること」と「人間にしかできないこと」を線引きし、人間の領分がどこまでなのかを見極めたくなります。しかし生成AIにできることはこれからも変化し続けていきます。だとすれば、「AIにできないから人間がやる」だけでは、人間が研究する意味を十分には説明できません。自分でデータを分析すること。何度も文章を書き直すこと。先行研究を読みながら思考し続けること。いつか、その一部をAIに任せられるようになるかもしれません。それでも人間がそのプロセスを経験することに意味があるとしたら、それは何なのか。生成AIの活用法について対話することは、人間が研究することの価値を改めて問い直す時間でもありました。

フェーズ3 研究と社会の接続――同じ文章を、違うように読む
第3フェーズでは、藤垣裕子『専門知と公共性』(東京大学出版会、2003年)を取り上げ、読書ワークショップを実施しました。読んだのは、第4章「公共空間」です。ここでは、同じ文章を全員で読みながら、それぞれの「読みの違い」を持ち寄る方法を試しました。
まず本文から2種類の言葉を選びます。ひとつは「キーワード」。その文章を理解する上で重要だと思う言葉です。もうひとつは「ミーワード」。文章の理解にとって重要かどうかとは別に、自分たちがなぜか気になった言葉です。2種類のワードを1〜3つ選んでもらった上で、それらの言葉に注目した理由や、そこから生まれた連想、経験、疑問などを付箋に書き出しました。
それぞれの成果を模造紙上に並べてみると、お互いが注目したワードや、そこからの連想など、「読みの違い」が浮き彫りにされました。ここで興味深かったのは、「読みの違い」を交わし合うことによって、学生が自分自身の特性について発見する場面があったことです。自分では意識していなかった思考の向きが、他の学生と比較されたことで、初めて特異なものだったと気づく。自分とは異なる「読み」を聞くことで、「公共空間」に対するイメージが少し変わる。
他者と対話することは、他者について知ることだけではありません。他者の目を借りて、自分を見ることでもある。専門の異なる博士学生が集まる授業だからこそ、1つのテキストからこれだけ多様な「読み」を引き出すことができたのだと思います。

研究を個人から社会へ
3つのフェーズは、それぞれ独立したテーマを扱っているように見えますが、授業全体としては、自分自身の研究から隣接する研究へ、さらに研究と社会との関係へと、少しずつ視野を広げていく構成になっていました。第1フェーズでは、自分の研究の原点や価値を掘り下げながら、それを他者の文脈の中にどう位置づけるかを考える。第2フェーズでは、生成AIとの比較や他の学生との対話を通して、自分とは異なる研究の進め方や「研究すること」そのものへと問いを広げる。そして第3フェーズでは、専門の異なる学生たちが1つのテキストを読み、それぞれの「読み」を持ち寄りながら、人文社会科学と社会との接続について考える。自分の研究を起点にしながら、他者の研究へ、そして社会へ。半年間を通して、自分の専門を手放すのではなく、そこを足場として少しずつ視野を広げていくことが、この授業全体を貫くひとつの流れだったように思います。