博士後期課程2年の鈴木岳志です。5月30日(土)東京外国語大学にて、筑波大学助教・株式会社Ars Academica代表の阿部幸大先生による講演「これからの人文学者のありかた」が開催されました。
講演内容
講演の前半は阿部先生から二つのトピックについてお話がありました。
第一に「人文学とは何か」についてです。阿部先生はチャールズ・フランケルの言葉を引用しながら、人文知とは「知る人が明らかにされる知の形式」である、と述べます。「地球が丸い」という事実ではなく、「地球が丸い」という知識を人が持つということ、そのものの意味について考えるのが人文学だということです。
そうした知のあり方は大学内にのみ存在するものではない、と阿部先生は言います。このようにして定義される人文知のあり方は、政治運動やジャーナリズムをはじめ様々な形態を取りうるものであり、私たちの生活にあまねく行き渡っています。それは、「人文学に反感を抱いている人たち」の周囲においても当たり前に存在しているものです。アカデミシャンとは、そのような知の実践に「論文を書く」という形でコミットしている人たちであり、大学知=人文知ではないのです。しかし、この事実が忘れられていることについて、人文学者たちは効果的な反論を行えていません。
その原因の一つは、人文系のアカデミシャンがやってしまいがちな、自身の研究対象に内在する価値を主張することによって人文学の価値を証明しようとする態度にあると、阿部先生は述べます。文学研究を例にとるならば、「私が研究している作家は素晴らしい」という主張を行うことです。これは範囲を広くしたとしても、せいぜい自身のコミットする「ディシプリン(この例でいえば文学研究)の肯定を行っているにすぎません。言い換えれば、本来社会にあまねく行き渡っている人文知の価値を、元々そのディシプリンに価値があると思っている人にのみ訴求可能なものにまで矮小化しているのです。
だからこそ、自身の研究がより広い文脈において、どのような価値を持っているのかを考える回路を手にし、よりクリティカルな形で人文学の価値を示していくことが、人文学者にとって重要なのだ。阿部先生はそのように主張します。

第二にアカデミズムの外でどうやって人文知を運用していくか、ということについてです。まず、大前提として、こうした実践は誰もがやれなければいけないものではないし、普遍的な成功法が存在するわけではない、ということに阿部先生は注意を促します。研究で培った人文知を活用してアカデミズムの外で活動することを面白いと思う人もいれば、そうでない人もいる、得意な人もいれば、そうでない人もいる、そしてそれをやる方法も、取りうる選択肢も完全に人によるというわけです。
阿部先生は院生時代からアカデミック・ライティングの方法論という自身の「売り」を自覚し、Ars Academicaの立ち上げに至る活動を行ってきました。しかし、それは阿部先生だからこそ可能となった事業であり、万人にとって再現性のあるものではないでしょう。
残念ながら、人文学が「社会」で活躍するルートは明示的には存在していないのです。大学発のベンチャー企業は2024年時点で5000件あったそうです。その内、200件を筑波大学発の企業が占めていますが、なんと人文系で登録された企業はArs Academicaが1件目であったそうです。何かやりたいことがあるなら、それは自分でつくっていくしかないのです。
一方、これは部分的には「良いこと」だと阿部先生は言います。自分の研究がアカデミアの外においてどのような価値をもてるのか、考えるチャンスになり得るからです。こうしたキャリアを実現したい人は院生時代から準備を進めることが重要です。自分は何をしたいのか、そして何ができるのかを考え、自分の知がどんな人に、どのようにコミットできるのかを見つけていくしかないのです。実際問題、アカデミアにおいて「就職したらあがり」の時代が終わりつつありますが、嘆いても雇用は創出されることはありません。自分で考えるしかないのです。
この二つ目のトピックは、自身の研究価値を大学知を超えた広い文脈で捉える、という意味で「人文学とは何か」という一つ目のトピックと結びついています。

後半は対面参加者、オンライン参加者含めたディスカッションが行われました。大学の価値、人文学のマネタイズの障壁、アメリカのアカデミック・カルチャーなどについて、会場全体で議論をすることができました。
開催経緯
本企画は東京外国語大学の博士課程の学生を中心とした読書会からボトムアップ的に立ち上げられました。文化人類学、言語学、歴史学、文学、教育学など多様な専門分野を持つ学生同士でディスカッションを重ね、「人文学の研究を続けながら生きていくこと」について考えてきました。
このような議論が行われた背景には現在の日本社会における人文系大学院生をとりまく厳しい状況があります。大学における人文学の研究環境は先細りの一途を辿っており、人文系の研究に対する社会的な評価の低下、大学のポストの減少など、苦しい状況が続いてます。
しかし、それは人文系の研究者が最早社会に必要でなくなったことを意味しません。むしろ、人文知はこれまでとは異なる形で生き残っていく必要があるのです。その方法は単一のものにはなりえず、まだ辛うじて残っている大学のリソースと、大学外にある未知の需要を組み合わせながら、それぞれが自己研鑽とともに「自分で」考えていかねばなりません。まさにこうした状況に直面する当事者同士の、分野を超えた議論から本企画はスタートしました。
本企画の登壇者として阿部幸大先生をお呼びしたのは、同氏がアカデミアにおける研究活動と、アカデミア外における人文学の展開の両方に造詣のある方だからです。阿部先生の著書、『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』は論文執筆の指南書であるだけでなく、研究者の誰もが必要とする技術を主題しながら「人文学」を論じることで、多様な分野の人々が議論できる領域を切り開いた本であります。さらに、本書は研究者にとどまらず、ビジネスマンからも注目される本となっており、人文知の新しい可能性を示唆するものでもあります。アカデミアのポスト獲得を目指すにせよ、アカデミア外とのプロジェクトを進めるにせよ、人文学を志すそれぞれの人が、それぞれの納得とともに人文学の研究を続け、生きていくことについて考える場をつくりたい、そうした思いから今回の開催に至りました。
今回の講演は、対面・オンライン合わせてなんと約200人ものかたに参加していただきました。ご参加いただいたみなさま、どうもありがとうございました。
次回予告:「これからの人文学者のありかた」実践編:テクスト分析による独自性の創出
今回のイベントの続編が7/17に企画されています。今回の内容を発展させ、どのように自分自身の「独自性」を創り出すかを考えるワークショップを行います。阿部先生の最新著作『まったくあたらしいテクスト分析の教科書』(光文社)の内容を踏まえながら、テクスト分析ワークを行うことで、人文学者が実践するスキルとはどのようなものなのかを改めて考え、実践します。参加者それぞれが、自身の「強み」や「独自性」に気づく機会となることを目指します。
テクスト分析初心者の方も大歓迎です!ご予約お待ちしています!
◆◇◆◇ 「これからの人文学者のありかた」実践編:テクスト分析による独自性の創出 ◇◆◇◆
⚪︎日時 2026年7月17日(金) 15:00〜17:00
⚪︎会場 東京外国語大学府中キャンパス・附属図書館2階「こみゅらぼ」/ハイブリッド開催
⚪︎登壇者 阿部幸大(筑波大学/Ars Academica)
⚪︎参加無料
⚪︎事前登録制(対面:先着21名、オンライン:先着290名程度)
・対面参加予約フォーム https://forms.gle/R2Pdtn8RbFLV9zsn7
・オンライン参加予約フォーム https://forms.gle/VvPsGqoYR8wwgGRp8
※対面参加者のみなさまには、事前にお渡しする「テクスト分析課題」の提出をお願いいたします。提出いただいた内容は、当日のワークショップで検討対象として取り上げる予定です。また、その様子はオンライン配信および後日の録画配信に含まれる可能性がありますので、あらかじめご了承のうえお申し込みください。なお、対面参加枠は少数のため、原則としてキャンセルのないようご協力をお願いいたします。
⚪︎問い合わせ 「オンライン参加予約フォーム」の中に「問い合わせ」項目がありますので、そちらをご利用ください。

なお、7/17のイベントに先立ち、5/30に開催した阿部先生の講演会の上映会を開催します。こちらも併せてご参加ください。事前予約不要で、気軽に参加できるイベントとなっておりますので、先輩・後輩・友人を誘って、ぜひお越しください!
◆◇◆◇ プレイベント:「これからの人文学者のありかた」の上映会 ◇◆◇◆
⚪︎日時 7月3日(金) 14:30-16:00
⚪︎場所 東京外国語大学附属図書館2階:NEOらぼ プロジェクトスペース③ ※辞書のとなり
⚪︎共催 多文化共創イノベーションリーダー育成プログラム(MIRAI)、学際研究共創センター(TReND)、東京外国語大学附属図書館