2024年3月28日、本学オープンキャンパスにて、高校生向け体験授業が実施されました。その中の「大学院生による特別授業」を竹内が担当したので、以下で当日の様子をレポートします。

 この授業はキャンパスでの対面とオンライン参加のハイブリッド形式で実施されましたが、開場時点で既にたくさんの高校生たちが会場にもZoom上にも集ってくれていました。予想以上の来場者に、私は緊張のあまり、一旦、会場外へ呼吸を整えに行ってしまうほどでした......! しかし、緊張しているのは、はじめて大学に足を踏み入れた皆さんも同じはず...と、気を引き締めて短い時間ですが体験授業を担当しました。

 今回は、「映画を理論的に見る?:映画分析のジェンダー論への招待」と題して、映像表現に潜むジェンダーバイアスについて考えました。しかし、本授業の目的は、こうした学術的な思考のための理論の伝達をすることだけではありません。むしろ、高校生の皆さんには、大学で勉強をする・研究をするとはどういうことなのかを知ってもらい、大学入学後のイメージを抱いてもらうことを目的としました。

IMG_9403.JPG.jpg

 講義では、まずは皆さんに最近どんな映画を見たかなどを聞きながら、映画を理論的に/理論に沿って見るとはいかなることなのかを考えていきます。日頃、教鞭をとっている先輩研究者には、「今の高校生は映画館に行ったことがないって子も多いよ」と言われていたので、心配していたのですが、想像以上に生徒たちも映画をよく見て、興味をもっているようです。『すずめの戸締り』(新海誠)や『ゴジラ-1.0』(山崎貴)について話してくれた生徒さんもいたので耳を傾けて、さらには、私からも作品の感想を少しだけ話して、教室の緊張した空気を解こうと努めました。

 次第に教室に生徒の声も満ちてきたところで本題です。ハリウッド映画の大俳優マリリン・モンローの登場するいくつかの映画のシーンの抜粋を見てもらい、「だれが見ているのか」「だれが見るために作られたのか」を考えてもらいます。もちろん、そうした問いに決定的な答えが常にあるわけではないのですが、今回は伝統的なハリウッド映画における扇情的な女性の表象について、みんなで考えていくための問いです。

 今回、マリリン・モンローを題材に選んだのは、近年話題のK-POPアイドルのMVに、彼女のイメージがオマージュされているからです。生徒の皆さんの中には、アイドルに興味をもっている人も多いはず...と、この題材を選んだのですが、MVと授業で扱ったイメージの差異について、授業後のコメントで熱く語ってくれた生徒もいました。

 さて、私が出した問いの答えには、それぞれの解釈が含まれるので指名はせずに、頭のなかで答えを決めてもらいます。そのうえで、いよいよ論文の抜粋を読んでもらいました。おそらく、ほとんどの高校生にとっては人生で初めて学術論文を読むことになったと思います。ここではローラ・マルヴィ「視覚的快楽と物語映画」の数パッセージを一緒に読んで、解説していきます。精神分析学や現代思想の知識を前提とした、とても難解なテクストですが、知的好奇心旺盛な皆さんの食いつきには圧倒させられました。

 実際に読んで解説をしたのは、論文中のほんの数行ですが、「男性のまなざし」という概念が提示されている部分を読むことで、伝統的なハリウッド映画における扇情的なイメージについて分析するためのツールとして、この概念が有効であることを確認しました。

 さらには、古典的なこの概念を批判するという体験もしました。学問の世界では、ある概念・思想を鵜呑みにするのではなく、常に批判検討をしていく作業を行うためです。具体的には、更に別の書籍の一段落を読んで「女性のまなざし」という対となる概念についての確認をしたのですが、それについての詳細は割愛します。むしろ、今回の授業で高校生の皆さんに伝えたかったのは、①:大学では身近な現象や娯楽に思えるものを、理論的に分析することができること。②:ある事象を分析するためには、概念(当たり前だと思っているものに名前をつけたもの)を使うことができること。③:特に、東京外大では、まだ日本では十分に一般化されていない概念や思考を外国語で手に入れられることです。

 最終的には、批判的思考を身につけて、これまでとはちがった世界の見方ができるようになると、新しい価値観の創出ができることを確認しました。近年の世界の映画祭や特集上映の数多くのポスターを見せながら、「男性のまなざし」が指摘された以後の映画需要について簡単に皆さんに呈示しました。私が企画をした上映会の話もすることで、既存の価値観を揺るがして、人びとへ問題意識をもたらす活動を、本学での学びを通じてできることもお話ししました。

image0.jpeg

 短い時間でしたが、無事、私からのメッセージが伝わったのか、授業後の質疑応答も白熱しました。なかには、この日の授業内容と関連がある『映画論の冒険者たち』(東京大学出版会)を持ってきて、質問をくれた生徒さんや、具体的な映画作品についての意見を質問してくれた生徒さんもいました! 私もせっかくの機会ですので、時間が許すかぎり、列をなして質問をしてくれた参加者の皆さんの質問に対応しました。

 若者の映画離れ・活字離れが叫ばれて久しいですが、これほど活気ある授業となったことをとても嬉しく思います。本授業に参加してくれた皆さんの未来への期待に胸が高鳴り、未来の彼女たち彼らと共に学問をするためにも、もっと自らも研究成果を伝達していかなくてはと思わされた一日でした。参加して下さった高校生の皆さん、ありがとうございました。これからも数多くのフィクションに触れ、感性を研ぎ澄ませてください。