学部長メッセージ

千葉 敏之

国際社会学部長

千葉 敏之


祖国が甘美であると思う人はいまだ繊弱の人にすぎない。けれども、すべての地が祖国であると思う人はすでに力強い人である。がしかし、全世界が流謫(るたく)の地であると思う人は完全な人である。

(サン・ヴィクトルのフーゴー『学習論』第3巻第19章)

 大学で学ぶ、すなわち学問を探究するということは、12世紀ヨーロッパの学識僧フーゴーが記すように、世界を彷徨(さすら)うことに似ています。

 世界各地で日々生じる出来事を、様々な学問が磨きあげてきた分析力と学者から学者へと積み上げられてきた知識を駆使して精密・迅速に把握し、問題解決の道筋を示すこと。これが国際社会と銘打つ学部にとって共通の使命といえるでしょう。とはいえ、広大な世界のあちこちで起こる事象を正しく読み解くことは、けっして容易なことではありません。対象が大きいと、人は物事を単純化して理解してしまうものです。

 物事を善と悪、白と黒に二極化しないこと。革命(輝かしい出来事)を讃美するだけでなく、革命の暴力や排他性にも目を向けること。勝者の歴史に批判の目を向け、敗者の歴史を救い出すこと。私が本学に奉職していらい、諸先輩方との日々から学んだ訓戒です。150年の歴史を有する本学で、そこに生きた無数の教師、学生、職員がつないできた信念なのだと実感しています。ヒトはヒトの想いを引き継ぐことができる。永遠には生きられない人間に与えられた、貴(とうと)い才華です。

 私たちの国際社会学部は、世界に暮らす小さな花々―小さいが野草のごとく逞(たくま)しい人々―への共感と彼らに手を差伸べる勇気、白と黒の間に広がる無限の色彩のように色鮮やかな個性と個性との共生、そのなかにこそ生まれうる新たな価値の創造を大切にします。そのためには、世界中の小さな社会に向き合って、その声を謙虚に聴き取る力が欠かせません。だからこそ、私たちの大学では、その土地の母語の教育と、その場に積み重ねられてきた歴史に対する理解を、大学教育の揺るぎない基盤としているのです。専門課程で国際関係を学ぶ人も、現地社会の歴史と実際を分析・観察する人も、現代社会が抱える多様な課題を考究する人も、等しくこの同じ土台からスタートします。かつて神田乃武校長が炬火(たいまつ)とLの文字(LINGUA)を本学の徽章に定めていらい、「言語は世を照らす光なり」が本学の不変の理念であり続けています。

 パリに学んだドイツ人フーゴーの著作『ノアの神秘的箱舟について』は、白紙の上に世界を象徴する一隻の巨大な船を描く設計図です。世界は意味に充ちていて、大学は世界を解読する術を学ぶ場であると説いています。〈ノアの箱舟〉を彷彿とさせる研究講義棟では、毎年多くの学生が世界に向けて出港し、多様な学生が世界から寄港します。TUFSは国際社会のなかの一つの港。世界の人々が往来するこのキャンパスで、そこから船出した先の世界で、人々が多様であることの意味と価値とを、五感を研ぎ澄ませて、とことん探究していってください。

出典:サン=ヴィクトルのフーゴー/五百旗頭博治・荒井洋一訳「ディダスカリコン(学習論)―読解の研究について」(『中世思想原典集成 精選4』平凡社2019年所収)

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