短い2月はあっと言う間に終わって、3月もなかばすぎである。この間にあったことで書いておきたいのが、「思想史と生態学の対話」、すなわち2月のなかば過ぎに(拙ブログとの関連では徳島出張の直後に)行われた小さな、しかしとても充実した研究会のことである。午前中は神戸市外大のO先生が字幕を入れたドキュメンタリー『なぜ新型ウィルスが次々と世界を襲うのか:パンデミックの生態学』(2022年、フランス、マリー=モニク・ロバン監督)を観て、午後は思想史研究者と生態学研究者が短い報告を重ねた。映画はたいへんに面白く(そして生態学者たちの評判も上々で)、午後の諸報告テーマは多岐にわたり時間は限られていたものの、かなり興味深い議論が交わされた。
事の起こりは昨年2025年10月の社会思想史学会のセッションで、数理生態学者リチャード・レヴィンズの仕事を思想史側が受け止める試みであった。これも小規模ながらなかなかに面白く、そのときに聞いてくださった方々ともう少しゆっくり話そうということになった。それで今度は生態学の専門家とご一緒に、となったのだ。すこしづつ歩みを進めて、いつか何かの形にできたらと願っている。
研究会報告の一つが、最近刊行されたばかりの『マングース・ヒストリー:ひとつの島を守るということ』(東京大学出版会、2026年)に関するものであった。![]()
人間社会の都合で外部から奄美大島に持ち込まれた「外来」のマングースが生態系を破壊するため、その根絶が何十年にもわたって取り組まれ、最近になってついに根絶に至ったという「世界的快挙!」(ー帯の文言)の話しなのだが、小著ながら考えるポイントが満載である。たとえば、マングース対策事業が事業仕分けにかかり、「根絶させたら失業するから根絶させないんでしょう」と対策事業の引き延ばしを勘繰られたというエピソードには、研究会での報告時にも報告者に共感して強い憤りを覚えたが、生態学の問題はそんな風にも人間社会や経済と分かちがたく結びついている。奄美や沖縄については、まったく別の観点から考えてきたが、生き物の視点から照らし返してみると、かなり違った景色が見えてきそうである。