活動報告

Activity Reports

センターの活動報告です

東京外国語大学国際日本研究センター 対照日本語部門主催 『外国語と日本語との対照言語学的研究』第20回研究会 (2016年12月17日)

日時:2016年12月17日(土)14:00-17:50
場所:東京外国語大学語学研究所(研究講義棟419室)
発表:阿部 新 氏 (東京外国語大学:日本語教育学、社会言語学)「世界各地の日本語学習者が文法学習・ 語彙学習について考えていることを比べる ―現地教師や日本人とも比較して―」
   渡邊 己 氏(東京外国語大学:セイリッシュ語)「スライアモン・セイリッシュ語における 動詞結合価の操作について」
講演:中澤 英彦氏(東京外国語大学名誉教授:ロシア語、ウクライナ語)「「秘境」ウクライナの言葉をかんがえる」

 阿部新氏「世界各地の日本語学習者が文法学習・語彙学習について考えていることを比べる-現地教師や日本人とも比較して-」
また、日本語と比べて謝罪表現が頻繁に使われない中国語の例を挙げ、言語により謝罪表現の使用頻度やストラテジーが異なることが、異文化摩擦の要因となりうる点を指摘した。
 日本語教育において学習者や教師が学習に対してどのように考えているか、すなわち「ビリーフ」について、これまで多くの地域を対象として多くの調査・研究がなされている。しかし、いずれも各地域単独の分析、あるいは関連地域との比較分析にとどまっていた。阿部氏は、より広域に比較し検討する必要があるとの観点から、「メタ分析」の手法を用いてこれらの研究結果を集約し、世界諸地域の学習者が抱く、文法学習や語彙学習についてのビリーフを分析した。その結果、「文法も語彙も大切」「語彙が大切で文法は大切ではない」「語彙と文法の大切さは中程度」など、「正確さ志向」からみて世界各地の日本語学習者のビリーフには地域により有意な傾向が見られた。また時系列に目を向けるとビリーフに変化が見られることも結果に表れた。
データが一様ではないなど種々の限界があり、多くの課題があると阿部氏自身も述べていたが、得られた結果は非常に興味深く、今後のさらなる研究や、ひいては日本語教育の現場にも大いに資するであろう報告であった。発表後の質疑応答も、分析の手法について、音声や文字など「文法・語彙」以外のビリーフについてなど活発に行なわれた。

 渡辺己氏「スライアモン・セイリッシュ語における動詞結合価の操作について」
 スライアモン・セイリッシュ語(Sliammon Salish、以下ではスライアモン語と呼ぶ)は、北アメリカ北西海岸で話されている、いわゆる先住民諸語のひとつであり、系統的には、23言語からなるセイリッシュ語族の一言語である。スライアモン語は、動詞述部にボイス、アスペクト、複数性、指小性、他動詞目的語、主語などが接辞法や重複法によって表示される。そのため、類型的にはしばしば複統合的であるとされる。これらの概念・機能が盛り込まれうる動詞であるが、そこに明示的に組み込みうる項は2つまでという制限がある。すなわち、1項動詞か2項動詞しかありえないことになる。前者は自動詞、後者は他動詞である。意味的に3つの項が関わる動詞でも、動詞に表示されるのはあくまで2項であり、3項目は動詞には表示できない。あえて3項目を表示するのであれば、それは動詞述部とは別に、斜格の名詞項としてのみ表しうる。例えば、「あげる」という動詞では、あげるヒトが主語、もらうヒトが目的語となり、授受されるモノは斜格の名詞項でのみ表しうる。この制限があるために、スライアモン語では自動詞化する接辞と他動詞化する接辞を組み合わせ、動詞の中に組み込まれる項の数を1か2にする操作をおこなう。

 中澤英彦氏(東京外国語大学名誉教授)「「秘境」ウクライナの言葉をかんがえる」
 話者人口の多さやロシアの国力ゆえに、ロシア語が他のスラヴ諸語の基準と見なされ,ロシア語と異なる現象は基準からの逸脱や例外と映りがちだが,ロシア語もスラヴ諸語のひとつに過ぎず,ロシア語を基準として周辺の言語を見るという態度から脱却しなければならない。ウクライナ語を改めて見直すことで,ロシア語と他のスラヴ諸語との連続性が改めて認識される。このような基本的な立場から,中澤氏は主にロシア語,時にポーランド語と対照させながら音声,語彙,形態論,統語論にわたりウクライナ語の特徴を論じた。
 ウクライナは、地政学的には西スラヴのポーランドと東スラヴのロシアに隣接するので,当然その言語には様々な分野で両民族の言語の橋渡しとなる現象(両言語からの段階的な偏差)が存在する。他方,ウクライナ語にはそれだけでは説明がつかない現象もある。この両面がウクライナ語の特徴なのだと言う。
 ウクライナ語の特徴は12世紀頃までには形成されていたが,その後絶えず隣国の支配を受け,二言語(三言語)使い分けの状態にあり,さらに頻繁にウクライナ語使用禁止令がしかれた。20世紀末までの約350年間,ウクライナはロシアおよびソビエト連邦の「庇護」の下にあったため,1991年にソビエト連邦の崩壊と相前後してウクライナが独立するまで,一つの独立した言語として世の中に十分に認知されていなかった。講演タイトルの「秘境」には,そのような意味が込められている。このようなウクライナ語の現状は,各個人の母語,各地域語から統一的な標準語を形成する過程にあるという。
 最後にウクライナ語の大きな特徴として,以下の5つの点が挙げられた。(1) 母音連続や子音連続を避ける傾向が見られる(例:професор,ロシア語はпрофессор)。(2) 名詞類が格変化(主格,対格,属格,所格,与格,具格,呼格)し,動詞が完了相・不完了相という相(アスペクト)で二分され,相が時制(過去,現在,未来)の機能に優先する。(3) 屈折語の性質を色濃く保ち,例えば現代ロシア語ではなくなった呼格も残している。(4) 所有表現にはbe型(У мене є альбом)とhave型(Я маює альбом)が併存し,be型のロシア語とhabe型のポーランド語の中間的な性質を持つ。(5) 東スラブ語だが,西スラブ語のポーランド語の影響も受けていて,東西両スラブ語の特徴を持つ。例えば「ネクタイ」にはロシア語系のгáлстукとポーランド語系のкравáткаが併存している。
 講演の話題はウクライナの歴史と文化 ― 音楽,詩など ― にも及び,中澤氏の圧倒的な知識とウクライナの言語文化に対する深い愛情が感じられる講演であった。
(対照日本語部門)

会場の様子

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