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人類学的思考の沃野―追悼:山口昌男

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2013年6月7日、「山口昌男追悼AA研シンポジウム―人類学的思考の沃野」が、約260名の来場者を迎え、東京外国語大学府中キャンパスで開催されました。

基調講演:青木保氏(国立新美術館館長)
発言:渡辺公三氏(立命館大学)
発言:真島一郎氏(東京外国語大学AA研)
発言:落合一泰氏(一橋大学)
発言:栗本英世氏(大阪大学)
発言:船曳建夫氏(東京大学名誉教授)
発言:今福龍太氏(東京外国語大学)

2013年3月10日未明、東京外国語大学名誉教授で文化人類学者・思想家の山口昌男先生が、81年の生涯に幕を閉じ、旅立たれました。

山口先生は、本学のアジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)草創期の1965年11月に、その当時のアフリカ研究部門の講師として着任されました。その後、89年からの2年間の所長在任期を含め、94年3月に定年退職されるまでの30年近くをこの研究所で過ごされました。その間、アジア・アフリカ地域の人文学研究を目的とする本研究所の発展を力強く牽引され、文化人類学を起点とする幅広い知の横断者として、世界各地を飛び回り、国際的に活躍されました。その活躍ぶりを人類学者の中沢新一氏は、次のように語っています。

アフリカでもメラネシアでもヨーロッパの片田舎でも、世界中どこへでも平気で出かけていき、土地の人たちとも世界の知的巨人たちとも、まったく物怖じすることなく、対等に渡り合うことができた。
相手がレヴィ=ストロースだろうがロマン・ヤコブソンだろうが、あの恐ろしい発音でまくしたてる英語やフランス語で、堂々と対話や論戦を申し込んだ。すると知の世界の巨人たちは、その自信たっぷりの勢いに気おされてか、喜んで胸襟を開いたのだった。この点でおよそ日本人ばなれしていた山口昌男の辞書には、「コンプレックス」という言葉はなかった。(「朝日新聞」2013.3.12)

この並外れた行動力で、60年代後半の西アフリカ・ナイジェリアやエチオピア南西部の調査を皮切りに、70年代には東インドネシアとメキシコを、つづく80年代にはカリブ海へと、山口先生は次々に渡ります。まさに野生の思考と詩学を旺盛に探求しつづける第一級のフィールドワーカーでした。

この型破りなフィールドワーカーが、肌身離さずかならず持ち歩いていたものがスケッチブックでした。山口先生は知る人ぞ知る、名うてのデッサン描きでもあったのです。世界各地のフィールドを訪れたときに描いたドローイングを収めた『踊る大地球』(1999)という画集まで刊行しています。これらの魅惑的なデッサンは、文化人類学の調査・研究のためだけに描かれたものではありませんでした。本学の今福龍太氏はこう語ります。

魅力的なデッサンは、アフリカや南米の風景の輪郭に凝縮されて表現されている個々の文化の審美性や気質を、山口自身の内的な意識の回路を通じて見事に線としてとりだしているという意味で、山口の学問が持つ批評的な「眼」そのものだった。
つまり山口人類学とは、世界の構成原理を簡潔で風刺を込めたデッサンのような断片に解体し、それらの素描的な細部のなかに浮き出す文化的「力線」のダイナミックな動きをつうじて、社会の動態や人間意識の変容の兆候を鋭く見てとろうとする独創的な方法論なのである。(「琉球新報」2013.4.1)

この素描的な「知性」と「方法」は、文化人類学の生みの親である「西欧文化」そのものにも反旗を翻します。

フランスのレヴィ=ストロースや山口昌男の仕事に典型的なように、20世紀後半以後の人類学はいわば親[西欧文化]に反乱した最初の子供たちなのだ。自己の基準を打ち立てて他者を裁定するのではなく、他者の考えを理解することで自己を根本的に問い直す。これこそが、現代の人類学的知性のもっとも本質的な論理にして倫理でもあることを、山口はその思想を通じてたえず強調しつづけたのである。(同紙)

山口先生の主な著作としては、『本の神話学』(1971)、『歴史・祝祭・神話』(1974)、『道化の民俗学』(1975)、『アフリカの神話的世界』(1971)、『文化と両義性』(1975)、『「敗者」の精神史』(1995)、『「挫折」の昭和史』(1995)、『内田魯庵山脈』(2001)などがあります。もっとも初期に書かれた『本の神話学』には、厳格に構築された気むずかしくも見える「学問」を、より自由で闊達な「知」の軽やかな運動へと解き放つ方法が、いくつも秘められています。この本は、その後の山口人類学の方向性をも予見させる高らかなる宣言文でもありました。また、1996年には、『「敗者」の精神史』で大佛次郎賞を受賞されています。

山口先生は、日本の思想界に多大な影響を与えたこうした数々の著作を発表されるかたわら、「象徴と世界観の比較研究」を主題とした共同研究プロジェクトを、長年にわたりAA研で主宰されました。「象徴と世界観」は、 AA研外からの共同研究員との研究会を年に数回開催していました。現代とは異なり、決められた期間内にこれだけの成果を上げる、というプロジェクトではなく、専門分野や職種を超えた「知の祝祭」とでもいうべきもので、その当時の日本の「知」を確実に牽引していました。「中心と周縁」あるいは「トリックスター」といったモティーフをこうした場から見いだしていく手法は、ある種の知的スリルとでもいうべきものでした。

6月7日(金)、この偉大な人類学者にしてたぐいまれな素描家でもあった山口昌男先生を悼み、シンポジウム「人類学的思考の沃野」(主催:本学アジア・アフリカ言語文化研究所)を、本学のプロメテウスホールで開催しました。

このシンポジウムは、山口先生の思想、とりわけ「人類学的思考」を、既成の境界設定と硬直に堕することなく生き生きとした姿のまま受け継いでいくための第一歩として企画されました。基調講演をいただく青木保先生をはじめ、シンポジウム発言者の多くは、山口先生の共同研究プロジェクト「象徴と世界観の比較研究」の中核メンバーでいらっしゃった方々です。これに加え、AA研の元所員および現所員が発言しました。

【山口昌男追悼AA研シンポジウム】「人類学的思考の沃野」

  • 日時:2013年6月7日(金)午後3時より6時まで
  • 場所:東京外国語大学 アゴラ・グローバル
  • 基調講演:青木保
  • 発言者:渡辺公三/真島一郎/落合一泰/栗本英世/船曳建夫/今福龍太
  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
  • 後援:日本文化人類学会
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