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台湾政治の長期的変化と蔡英文政権


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小笠原 欣幸

 米中対立が本格化し台湾はその最前線に位置するので,海外から見ると台湾は揺さぶられる存在のように見える。しかし,過去25年間の台湾政治の長期的変化を見ると,異なるアイデンティティの間で揺れ動いていた状態から,しだいに広義の「台湾アイデンティティ」が台湾社会の主流になり,台湾政治は一定の安定状態に入っている。それが蔡英文政権の時代である。中国の軍事的威嚇で台湾が簡単に屈する状況ではない。(2020年10月)

フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪ はじめに

 台湾の民主化を象徴する総統直接選挙が1996年に始まってから25年,四半世紀の時が流れた。台湾政治は,内には難しい歴史的経緯・族群関係を抱え,外には中国の圧力があり,常に揺れ動いてきた。だが,ここにきて一定の安定状態に入っている。それが蔡英文政権の時代である。
 人々は異なるアイデンティティの間で揺れ動いてきたが,「台湾は台湾」「台湾は中国とは別」という広義の「台湾アイデンティティ」が台湾社会の主流になった。中国国民党(以下,国民党)と民主進歩党(以下,民進党)の二大政党の争いは,国民党が圧倒的に優勢であった時代から民進党が相対的に有利な状況に転換した。
 一方,台湾を取り巻く情勢は緊迫度を増している。中国の統一圧力は習近平時代に入りますます高まり,中国の軍用機や軍艦が台湾周辺を航行し台湾を威嚇している。米中対立が本格化し,台湾はその最前線に位置する。台湾は海外からみると揺さぶられる存在のように見える。この厳しい情勢を台湾が耐え抜けるかどうかを判断するためには,台湾政治の動向が重要である。判断の基礎的材料として,台湾政治の長期的変化と現状を整理したい。

1.四半世紀のトレンド

 2020年1月の総統選挙は,1996年の第1回総統直接選挙から数えて7回目にあたる。この選挙で蔡英文総統が再選され,蔡政権は2024年5月まで通算で8年続くことになった。蔡政権は2016年にスタートしたが,年金改革など本格的な構造改革をいくつも同時に推進したため,抵抗勢力が連合して反民進党の大きなうねりが出現した。2018年の統一地方選挙で民進党は大敗し,蔡英文は再選が危うくなるところまで追い込まれた。
 それが,ふたを開ければ蔡英文は817万票という台湾の選挙史上最多の票を得て再選された。蔡英文の勝因は,広義の台湾アイデンティティが定着したこと,習近平の「一国二制度」による台湾統一の強調と香港の大規模抗議行動により台湾の多数派有権者が対中警戒感を高めたこと,そして国民党の選挙戦略の失敗が合わさったことにある(1)。民進党政権にとって「雨降って地固まる」展開となった。
(1)2020年総統選挙については,佐藤・小笠原・松田・川上「蔡英文再選―2020年台湾総統選挙と第2期蔡政権の課題」(JETROアジア経済研究所,2020年)を参照していただきたい。
 蔡英文再選の意義をどのように評価するか。これは,2020年選挙だけを見るのではなく,民主化後の台湾政治の潮流の中で議論する必要がある。指標となるのが総統選挙の長期トレンドである。これを見るため,各候補の得票率を,民進党と「民進党以外」の候補というように分類し,その勢力比の変化を示すグラフを作成した(図1)。

図1 総統選挙における民進党と「民進党以外」の勢力比(1996-2020年)

(出所)中央選挙委員会資料を参照し筆者作成

 李登輝が当選した1996年の第1回は,民進党と「それ以外」(つまり国民党系)との差はあまりにも大きかった。つまり国民党の絶対的優位の時代である。この大きな差は2000年の第2回選挙に持ち越されたが,ここで国民党が分裂し民進党が勢力を伸ばしたことで差が縮小した。2004年の第3回選挙で民進党は初めて国民党に並んだ。しかし,2008年の第4回選挙で国民党が政権を奪い返し,2012年の第5回選挙も国民党が民進党の追い上げをかわした。
 ところが2014年に潮流が変化する。国共連携を深めた馬英九の対中政策への不安・批判が高まり,3月に「ひまわり学生運動」が発生した。国民党の支持基盤があちらこちらで弱体化したのに対し,民進党は地方で支持基盤を固めた。2016年の第6回選挙で民進党が初めて国民党に対し優位を築いた。2020年の第7回選挙でも民進党の優位が維持された。
 2020年選挙における民進党と「それ以外」の勢力比は57対43で,差は14ポイントである。これは小さな差に見えるが,現在の台湾政治の実態に照らせば民進党に十分有利な差といえる。
 2016年と20年の宋楚瑜(親民党)の得票は,この図では便宜的に「民進党以外」に編入しているが,宋楚瑜のポジションは中途半端ではあるが「第三勢力」を志向している。「第三勢力」とは国民党でも民進党でもない勢力を指す。宋楚瑜の票が国民党に合流する状況ではない。
 台湾で「第三勢力」が成長する可能性はあるのだろうか。「第三勢力」は二大政党体制に飽き足らない人の期待を集めている。潜在的に20%から30%の支持を得る可能性はある。だが,二大政党の支持基盤を切り崩すことは容易ではないし,単一の政党に結集できるとは限らない。台北市長の柯文哲が2019年に台湾民衆党を立ち上げたが,その発展は順調とはいえない。少なくとも近い将来,「第三勢力」が民進党を上回るのは不可能であるし,国民党を上回るのも難しいであろう。
 それでも4年後の2024年総統選挙で小政党として候補を立てるであろう。「第三勢力」の候補が出馬すれば,民進党から票を奪うが,国民党からも票を奪う。そうすると,民進党の得票率が下がったとしても,国民党が民進党を上回るのは困難である。これが「民進党の相対的優位」と判断する根拠である。
 立法院の勢力比も民進党が優位に立つ。選挙区の議席の配分の仕方が国民党に有利であったため,民進党は立法委員選挙で苦戦をしたが,小選挙区で勝てるようになって過半数を制することができた。小選挙区の競争は総統選挙と同じで,第一党の民進党に有利になる。蔡政権が大失敗をしない限り,少なくとも2024年立法委員選挙は民進党に有利に展開する可能性が高い。
 このように,台湾政治の長期トレンドは「国民党の絶対的優位から民進党の相対的優位への転換」とまとめることができる。

2.台湾の民意―自己認識と台湾の将来

 台湾政治が民進党優位に転換した背景として重要なのは,台湾民衆の自己認識の変化である。台湾では,自分が何人であると考えているかを「台湾人」「中国人」「台湾人でもあり中国人でもある」から回答する自己認識調査が継続的になされている(2)
(2)これについては多くの調査があるが,1992年以来の蓄積がある政治大学選挙研究センターの調査が最も信頼性が高い。本稿でもこのデータを使用している。
 1990年代は「台湾人でもあり中国人でもある」という回答が最も多かったが,2000年代に「台湾人」という回答がそれに追いつき,2010年代に「台湾人」という回答が明確な多数派となった。「中国人」という回答は1990年代から減少し,2000年代以降非常に低い比率となった。2010年から2019年までの10年間の調査結果の平均値は,「台湾人」56.3%,「台湾人でもあり中国人でもある」36.4%,「中国人」3.6%,「無反応」が3.7%である。
 この自己認識と政党支持との関係は,大雑把にいって「台湾人」という自己認識の人は民進党を支持する比率が高く,「台湾人でもあり中国人でもある」と「中国人」という自己認識の人は国民党を支持する比率が高い。「台湾人」という自己認識が多数になったことで民進党の支持が拡大しやすくなった。
 次に,台湾の将来についての民意の動向を見たい。「独立志向」「統一志向」「現状維持」のどれを支持するかという調査も数多くなされている。台湾独立というのは,中華民国を解体して中国と関係のない台湾国家(台湾共和国)を建国すべきだという主張で,これは台湾ナショナリズムというイデオロギーである。
 中国統一というのは,台湾と中国大陸との絆を重視し,両岸は将来統一されるべきだという主張で,これは中国ナショナリズムというイデオロギーである。民進党は台湾ナショナリズムに立脚し,国民党は中国ナショナリズムに立脚する政党である。
 一方,現状維持というのは独立と統一の中間にあるのでよく「中間派」とされる。だが,それは無色透明ではなく「台湾」という色がついた立場である。前提となるのが,民主化し台湾化した中華民国の存在である。この中華民国は蒋介石が君臨していた頃の中華民国とは別物である。
 台湾と中華民国は厳密には別の概念であるが,台湾では両者を同じものととらえる人が多くなった。この民主化し台湾化した中華民国の現状維持の立場を「台湾アイデンティティ」の立場と規定することができる。

3.イデオロギーと政党支持

 このように,台湾のイデオロギー(政治的立場)は,台湾ナショナリズム(独立志向),中国ナショナリズム(統一志向),そして2つのナショナリズムの中間にあるゆるやかな「台湾アイデンティティ」(現状維持)の3つである。このイデオロギー構造に二大政党の立ち位置を重ねたのが図2である。

図2 台湾の3つのイデオロギー(政治的立場)と二大政党の支持構造

(出所)筆者作成

 日本メディアで台湾政治のニュースが報じられる際には,「独立志向の民進党」と「統一志向の国民党」の争い,あるいは「独立vs統一」の争い,というように簡略化される。しかし,これでは台湾政治の動向を適切に把握できなくなる。
 この構造は民主化後にできあがった。蒋介石・蒋経国時代は,大きな中国ナショナリズム(中華民国愛国主義)と,ごくわずかな台湾ナショナリズムがあるだけであった。ゆるやかな「台湾アイデンティティ」という政治的立場が登場したのは李登輝時代である。李登輝は「中華民国在台湾」という概念を打ち出し,民主化・台湾化した中華民国の枠組みで,統一も独立もしない現状維持という政治的立場=台湾アイデンティティを形成した。李登輝路線を継承したのが蔡英文で,蔡総統は「中華民国台湾」という用語を使っている。
 このイデオロギー構造は今日まで変わっていないが,政治的勢力は変化した。右側の中国ナショナリズムはしだいに小さくなり,ここに支持基盤を置いて過半数を制することはできなくなった。左側の台湾ナショナリズムは徐々に拡大してきたが,過半数には届かない。この3つのイデオロギー(政治的立場)の中で支持が最も多いのは「台湾アイデンティティ」(現状維持)である(3)
 台湾紙『聯合報』の過去10年の民意調査を使って筆者が整理した数値を示すと,それぞれの支持率は,台湾ナショナリズム(独立支持)が29.3%,「台湾アイデンティティ」(現状維持)が49.4%,中国ナショナリズム(統一支持)が15.6%,「意見なし」5.7%である。この比率は過去10年間安定していた(4)
(3)台湾のイデオロギー構造と総統選挙との関係については,小笠原欣幸『台湾総統選挙』(晃洋書房,2019年)を参照していただきたい。
(4)「聯合報民意調査センター」の2010年から2019年までの10年間の平均値。
 先ほど取り上げた自己認識と台湾の将来の方向(イデオロギー)との関係は次のようになる。「台湾人」という自己認識は台湾独立支持と現状維持支持の両方になる。「中国人」という自己認識は統一支持になる。「台湾人でもあり中国人でもある」はその時の状況で揺れ動く可能性があるが,大雑把にいって,半分近くは現状維持の方向,半分近くは統一の方向に動く。これらを表すのが図3である。

図3 台湾の3つのイデオロギー(政治的立場)と自己認識の構造

(出所)「聯合報」と「政治大学選挙研究センター」の民意調査を参照し筆者作成

 民進党も国民党もナショナリズムの基盤に立脚しているだけでは票が足りないので,中間派の「台湾アイデンティティ」に支持を求めざるを得ない。そこで,両党の選挙公約は現状維持に近くなるが,コアの支持者はナショナリズムの推進を願っている。このため,二大政党のどちらが政権についていても,内部に緊張を抱えることになる。
 「台湾アイデンティティ」の層は,両極ナショナリズムへの警戒心があり,どちらかに動きそうな時には,それを牽制する性質がある。陳水扁政権が台湾ナショナリズムの傾向を強めた時,また,馬英九政権が中国ナショナリズムの傾向を強めた時,それを牽制するように野党であった国民党または民進党の支持が高まったことが,この3つのイデオロギー構造の特徴を示す。
 「台湾アイデンティティ」の層は台湾重視で「台湾」という色がついているのになぜ台湾ナショナリズムを支持しないのであろうか。これは,1つには中国が台湾独立に対しては武力を行使すると明言しているのでそれへの警戒がある。もう1つは,台湾社会の族群構成と歴史的経緯から,台湾ナショナリズムが社会を分裂させ内部闘争が発生することへの警戒がある。
 ただし,近年は習近平が台湾統一の圧力を強めていることから,中国ナショナリズムへの警戒がより高まっている。中国という強烈な求心力がある中国ナショナリズムに対抗するためには台湾ナショナリズムという明確な立場で台湾を引っ張っていくことが必要だと考える人も徐々に増えている(5)
 台湾ナショナリズムも「台湾アイデンティティ」も統一には反対なので,両者を合わせると台湾の民意の78.7%が統一反対ということになる(10年間の平均値)。蔡英文はこの構造を理解し,現状維持路線を打ち出し,それを貫いてきた。台湾独立を希求する人たちは蔡総統の現状維持路線に不満であるが,蔡英文は民進党の主席として党内をうまく抑え,中国の圧力に屈しない最大多数の支持基盤を形成しようとしている。
(5)「聯合報」の2020年の調査では「独立支持」が35%に跳ね上がり,「統一支持」が10%に下落した。「現状維持」は51%であった(『聯合報』2020年9月28日)。

4.台湾の二大政党と米中対立

 この分析枠組みで,米中の要因はどう関係するのか簡単に触れておきたい。台湾ナショナリズムは,中国を敵と位置付け,親米・反中の立場をとる。「台湾アイデンティティ」は,台湾ナショナリズムとは一線を画すが,米国の支援を歓迎し,中国の統一を警戒する点では同じ戦列にある。中国ナショナリズムは親中の立場で,反米ではないが米中が対立すると難しい立場になる。
 米国は,台湾が中国に統治されない現状を維持することが国益なので,中国が力により台湾を統一することに反対し,台湾が統一されないように手助けをする。他方,米国は現状維持の観点から,台湾が独立の方向に動くことにも反対する。米国は,台湾ナショナリズムも中国ナショナリズムも支持しない。現状維持の「台湾アイデンティティ」の立場は米国にとって好ましい。
 中国は,台湾ナショナリズムを敵視し,中国ナショナリズムを支援する。中国は,台湾ナショナリズムも「台湾アイデンティティ」も敵視するロジックを使っているが,「台湾アイデンティティ」の枠内で動いている政権に対して武力行使をするには至っていない。中国が,戦術的観点から統一促進よりも台湾独立阻止に重点を置いている時には,米中の思惑が一致する場合がある。
 「台湾アイデンティティ」はゆるやかで幅が広い。その支持層は,中国が台湾に圧力をかけると,台湾ナショナリズムと同じく反発する。だが,台湾の生存のためには台湾経済の発展が重要で中国との関係も必要だと考えるし,中国との対話・交流には比較的前向きである。中国が,胡錦濤時代のように「両岸関係の平和的発展」を唱えて経済的関係を重視する姿勢であると,「台湾アイデンティティ」の層の対中警戒感は比較的緩和し,習近平時代のように統一を前面に出してくると対中警戒感は高まる。「台湾アイデンティティ」の支持層は,中国との距離のジレンマ(これは「繁栄の自立のジレンマ」と表現することができる)に悩む層である。
 第二次世界大戦後の台湾の政治経済体制は「親米・反共」路線で構築された。これは蒋介石が打ち立て蒋経国まで大きな犠牲を払いながら維持してきた。この価値観は台湾社会に深く浸透している。米中対立となれば「台湾アイデンティティ」の層は確実に米国に傾く。米国との連携強化に動いている蔡政権はその流れに合致している。ところが国民党は,李登輝後に国共連携路線へと転換した。親中路線に傾いた国民党は親米のポジションは取れない。これでは「台湾アイデンティティ」の層の支持は得られない。2016年と2020年の国民党の敗北はこの枠組みで説明がつく。米中対立の激化は,民進党に有利,国民党に不利,という影響をさらに強めている。

5.蔡英文政権第2期の動向

 2020年1月の総統選挙で再選を決めた蔡英文は喜びに浸る間もなく新型コロナウイルス対策に全力を注いだ(6)。このコロナ対策で大きな成果をあげたことが,蔡政権第2期の非常によいスタートとなった。蔡英文総統の支持率は選挙後さらに高まり,蔡の党内権力基盤も強化された。
(6)蔡政権のコロナ対策は野嶋剛『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社,2020年)が詳しい。
 敗北した国民党は2020年3月に党主席選挙を行ない,中堅世代の江啓臣がベテランの郝龍斌に大差をつけて当選し,新主席に就任した。江啓臣は台中市選出の立法委員で,国民党内にあっては比較的台湾を重視する立場の政治家である。江啓臣は党の親中イメージを払拭し路線を「台湾アイデンティティ」の方向に切り換えたいと考えていたが,方向を示唆しただけで,馬英九ら長老の批判を浴びた。国民党は党員の構造から方向転換が難しい。
 2020年6月,韓国瑜高雄市長に対する罷免投票が行なわれた。罷免賛成93万9090票,反対2万5051票で,罷免が成立した。投票率は42.14%であった。2018年の市長選挙では,国民党の韓国瑜候補が民進党の陳其邁候補を破って当選し,大きなサプライズを引き起こした。それからわずか1年半の出来事である。
 韓国瑜が罷免投票を突き付けられた最大の理由は,市長に就任して半年で総統選挙に出馬し,それが市政をないがしろにしていると見なされたからである。高雄市民はその無責任を許さず,民主主義の票で決着をつけた。罷免成功の背景としては,2019年以来の蔡英文総統の人気復活と,蔡政権のコロナ対策が高い支持を得たことがある。
 韓市長の罷免に伴い,その残り任期を務める市長を選出する補欠選挙が行なわれ,民進党の陳其邁が当選した。国民党は重要都市の市長ポストを失い,さらなる打撃となった。また,補欠選挙で候補を立てた台湾民衆党はわずか4%の票しか得ることはできず,大きく躓いた形となった。一連の罷免投票と市長補欠選挙は民進党優位時代を象徴する。
 民進党は1強となり政権が長期化しつつある。今後4年間,政権与党のさまざまな問題が露呈するであろう。2020年7月に同党の蘇震清立法委員(屏東県出身)が汚職で逮捕される事件も発生した。利権やポストをめぐる党内の争いについて,台湾メディアの報道は増えている。民進党への批判が増えるのは避けられない。コロナ後の台湾経済の成長政策など難しい課題を抱え,蔡総統も政権運営で苦労するのは確実である。
 陳水扁と馬英九は政権2期目で支持率が急落し,政権運営は苦境に陥った。しかし,蔡政権がこれからそのような状況に陥るというのは考えにくい。この先,蔡総統の支持率も下がってくるが,コロナ期の高支持率が貯金になっている。それは,蔡政権が国民の命がかかる問題で統治能力を示したからである。
 蔡政権は,米中対立の中で米国との連携を強め,台湾の防衛の強化を図っている。台湾では,食品添加物ラクトパミンを含む米国産豚肉の輸入を長らく禁止してきたが,蔡政権はそれを解除した。この措置は,食の安全に非常に敏感な台湾民衆の批判を受けているが,農産物の輸出拡大にこだわるトランプ政権への友好的ジェスチャーであった。
 トランプ政権は2019年に蔡英文が選挙戦で不利な状況にあった時,台湾の周辺に空軍機や海軍艦船を出し,M1A2戦車108両,F16戦闘機の最新型66機の売却許可を含むいくつもの具体的支援を発表した。特に,戦闘機の売却決定は1992年以来であり,米国が蔡政権を支援していることを台湾の有権者にアピールする効果があった。
 逆に,日本政府は,台湾が福島周辺5県の食品輸入を制限していることを理由として,2018年以降,対台湾政策をほとんど展開していない。安倍政権は「親台派」といわれたが,蔡政権への支援を特にしなかった。
 米大統領選後には中国の台湾への圧力はさらに高まることが予想される。米大統領選挙の結果は蔡政権にとっても影響は大きい。対中強硬姿勢はすでに党派を超えて米政界の共通の方針になったといわれているが,台湾はオバマ政権時代に冷遇された記憶がある。バイデン政権になった場合,米軍機や米軍艦船を台湾周辺に出し続けるのか,武器売却はどうなるのか,台湾にとって死活の問題で不透明な部分がある。トランプ政権が続いたとしても,どこまで台湾防衛にコミットし続けるのかやはり不透明な部分はある。

フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪ まとめー日本の役割

 現時点で中国が台湾侵攻作戦に打って出て統一戦争を発動する可能性は低い。蔡英文総統の中華民国の枠組みを使っての現状維持路線は,中国の武力行使を招かないギリギリの路線である。中国は確かに苛立っているが,中国の蔡政権批判は「隠れ台独」という批判であり,中国が絶対に許さないとしている法理独立ではない。
 中国は,必ず勝てる上陸作戦と,上陸後の台湾占領統治の青写真をまだ描けていない。しかし,中国が,台湾侵攻とは別の「懲罰」と称する軍事的威嚇行動をとる可能性は高い。その時,台湾がパニックに陥り,米軍も動かず,日本も傍観する状況であれば,中国はチャンスと見て軍事行動をエスカレートさせる可能性がある。これは非常にまずい展開となる。
 ここで台湾の政治情勢が重要になる。幸い蔡政権の権力基盤は安定し,統一拒否の民意も強い。中国の軍事的威嚇で台湾が簡単に屈する状況ではない。台湾にとって1995-96年の台湾海峡危機は大きな試練であった。それを乗り切ったことが台湾社会のいまの落ち着きと自信につながっている。
 日本は傍観していてはいけない。日本政府はこれまでも台湾海峡の平和の維持への関心を繰り返し表明してきた。それを続けつつ,中国の動きによっては,武力行使は絶対に容認しないという強い意志を中国に表明し,国際社会に連携を呼びかける必要がある。中国は反発して日中関係は停滞するであろうが,中国に台湾侵攻作戦の代償は非常に大きいことを示して牽制しなければ,台湾海峡の平和は保たれない。
 日本国民も,コロナ禍が収まったらさまざまな形で台湾との交流を活発にしてほしい。台湾への観光旅行,台湾の団体や自治体との交流,経済活動など日台の無数の交流が中国にとっては一種のハードルになる。仮に中国が台湾に武力行使をすれば,日本で台湾への同情と反中感情が極度に高まり,「日中関係は10年も20年も正常化できなくなる」という見通しを中国に持たせることが必要である。
 中国共産党が台湾攻撃を決意すれば,そのようなものでは抑止にならないという見方もある。確かにそうだが,現時点では,そして近い将来においては,中国も「いかなる犠牲を払ってでも台湾統一をやる」という状況にはない。
 しかし,日米台が何もしないでいると,中国はいずれ,「台湾侵攻作戦に伴う犠牲はたいしたことはない」と判断するようになる。そう判断すれば,習近平指導部は確実に台湾統一に乗り出すであろう。逆に,米国と台湾との連携が強化され,日本では台湾海峡の平和維持に関与する議論が深まり,台湾は,中国の上陸部隊に反撃する戦力を温存する非対称の戦術を高めていけば,中国にとって台湾侵攻作戦のハードルが非常に高くなる。日本が地域の平和を守ろうとするなら,そのハードルを高くする対応を考えなければならない。

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