フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪ 2020年高雄市長補欠選挙

― 陳其邁の当選と台湾政治の動向 ―

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小笠原 欣幸

 韓國瑜市長に対する罷免投票が成立したことに伴い,その残り任期を務める市長を選出する補欠選挙が行なわれ,民進党の陳其邁(ちん・きまい)が当選した。市長の罷免投票も補選も台湾で初めての出来事で重要選挙であったが,残念ながら現地調査に行けず,ネット経由の情報と高雄の友人からの部分的な情報に頼らざるをえなかった。今回の補選は不十分な観察であるが,その前提で,選挙結果と各陣営の動きについてコメントし,今後の台湾政治を簡単に展望しておきたい。(2020年8月20日)


陳其邁新高雄市長(2018年5月16日撮影,当時立法委員)

1.選挙結果
表1 高雄市長補選投票結果
- - -得票数得票率
陳其邁671,80470.0%
李眉蓁248,47825.9%
吳益政 38,960 4.1%
(出所)中央選挙委員会

 2020年8月15日に投開票が行なわれた高雄市長補欠選挙は,ほとんどの人の予想どおり,民進党の陳其邁候補が,国民党の李眉蓁候補,民衆党の吳益政候補を大きく引き離して大勝した。陳其邁と李眉蓁の差は約42万票,44ポイントという大きさであった。陳其邁は,2018年市長選挙で国民党の韓國瑜に敗れた雪辱を晴らした形となった。得票数・得票率は 表1 の通り。
 一方,投票率は41.8%と低かった。高雄市の有権者は230万人,今回の有効票数は約96万票であった。前回2018年市長選挙の投票率は73.5%,1月の総統選挙が77.4%であった。今回の投票率はかなり異なる。しかも,6月の罷免投票の投票率が42.1%であるから,それよりわずかに低いという結果となった。
 選挙結果について最も無難なコメントは,陳其邁は勝ったが,投票率が低かったので,「民進党は勝って兜の緒を締めよ」(支持者)とか「あまりいい気になるな」(反対者)とかであろう。
 投票率が低かった理由については次のようにまとめることができる。①補欠選挙であること。任期がこれから新たに4年ではなく,前任者の残りの2年4か月にすぎないので,投票意欲が下がる。②事前の選挙情勢から陳其邁当選という結果が誰の目にも明らかであった。これも投票意欲が下がる要因である。③高雄市では今年3回目の選挙であった。1月の総統選挙,6月の罷免投票,そして8月の市長補選と連続したので,「選挙疲れ」で投票意欲が下がっても不思議はない。これら3点が合わさり低い投票率となったのだが,これは自然な現象であり,特に問題視する必要はないであろう。
 事前の民意調査と比べてみる。7月24日のTVBSの支持率調査では,陳其邁55%,李眉蓁21%,吳益政5%,未決定19%であった。これを見るとほぼ結果に対応している。つまり,選挙戦は民意調査に現れたとおり陳其邁が一方的にリードする展開で,そのままゴールインとなったのである。

2.高雄市の各党の浮沈

 高雄市は長年民進党の支持基盤が固く,それを2018年に国民党の韓國瑜が覆したことで大いに注目された。高雄の県市が合併してから10年になる。高雄市の市長選挙と総統選挙における各党の得票率と得票数を2つのグラフで確認し,この10年間の変化を議論したい。
 まず,各党の得票率のグラフから見ていく(図1)。陳其邁の70.0%という得票率は,2014年の陳菊の68.1%を上回り,この10年の高雄の市長選挙・総統選挙で最高である。李眉蓁の25.9%は,2016年の朱立倫の26.0%と同じで,2010年の黄昭順の20.5%を上回ったとはいえ,記録的大敗にあたる。

図1 高雄市の過去10年間の市長・総統選挙の各党得票率の推移

(出所)中央選挙委員会資料を参照し筆者作成

 このグラフで最も際立つのが2018年の韓國瑜の突出である。国民党が民進党を上回ったのはこの1回だけで,結局,国民党はもとの最低水準に戻った形だ。このグラフは,「韓國瑜現象」が高雄において,確かに大きな変動をもたらしたが,一時的な現象で終わったことを示す。
 このグラフでもう1つ注目したいのは,高雄での第三の候補の苦戦である。黄色の折れ線は,無党籍,親民党,民衆党の候補をまとめたものである。2010年の数値が高いのは,民進党の内紛で元高雄県長の楊秋興が無党籍で出馬した特殊事情による。以後,2016年の宋楚瑜が多少伸ばした以外は,まったく低迷している。今回,柯文哲が率いる民衆党はベテラン市議の吳益政を立てて支持拡大を目指したが,4.1%しかとれなかった。惨敗である。今回の補選の敗者は国民党と民衆党であった。
 次に,各党の得票数のグラフを見たい(図2)。このグラフは無効・棄権票を含めている。こちらは6月の罷免投票も加えた。このグラフでは,有権者全体の投票行動がわかり,政治変動の把握にプラスとなる。

図2 高雄市の市長・総統選挙の各党得票数と無効・棄権票の推移

(出所)中央選挙委員会資料を参照し筆者作成

 このグラフも,やはり2018年の韓國瑜の大きなインパクトを示している。韓は,民進党の支持者に食い込み,棄権層から票を掘り起こすというものすごい爆発力を見せた。しかし,それと同じくらい大きなインパクトがあったのは2020年の蔡英文である。蔡英文は,総統選挙において,韓に奪われた票を取り返し,棄権層の票も掘り起こし,高雄の選挙史上最多の票を獲得した。蔡は市長選挙の敗北を巻き返し,民進党の高雄における基盤を再建した。
 そのエネルギーは6月の韓市長罷免投票に投射された。本来投票率が低いはずの罷免投票に多くの高雄市民が参加し,「韓國瑜現象」の発祥地の高雄で韓の罷免を成立させた。これはすさまじいパワーであった。図2の票の出方でわかるとおり,今回の補選は罷免投票の「余韻」のようなものであった。罷免投票については別稿「韓國瑜高雄市長の罷免成立―台湾の生き生きとした民主主義の新たな一頁」を参照していただきたい。
 選挙戦の最終日に韓國瑜が登場して李眉蓁を応援した。それにもかかわらず,李眉蓁の得票率は記録的低さで,投票率も上がってない。「韓國瑜が登場していなければ,李眉蓁の得票率はもっと低かったし,投票率ももっと低かった」ということは可能であるが,現実味は薄い。「韓國瑜の影響は見られなかった」という方が選挙結果に符合する。これで,台湾全体としても「韓國瑜現象」は終わったといえるであろう。今後は韓に代わる別の人物が出てきて,似たような,しかし規模は小さい「現象」は発生するであろう。
 高雄市の過去10年のグラフから見えるのは,2018-20年の投票行動の大変動である。これは台湾全体と同じである。この変動を経て「民進党の相対的優位」が確立された。台湾政治は「雨降って地固まる」となったのである。今回の市長補選もその流れに沿っている。この流れは「2024年選挙まで続く」と見ている。

3.三陣営の動き

(1)陳其邁陣営
 今回の補選で民進党の候補は最初から陳其邁で一本化され,陣営内も団結していた。高雄市選挙区の民進党の立法委員8名が陳其邁の大小の選挙活動を牽引した。2018年は,党の市長候補を決める予備選挙で数名の立法委員が激しく争い,しこりが残りサポートの動きは弱かった。最後には陳其邁支持の行動を見せたが,韓國瑜陣営に付け入られる隙があった。今回はここが大きく異なる。
 陳其邁自身が,前回の落選で教訓を得たことが強みになったであろう。そのことは,選挙戦最終日の演説でも触れていた。陳其邁は興味深いことに,落選直後から人気が出ためずらしい人物である。韓國瑜に追い上げられた時は,そのほのぼのとした雰囲気が弱いキャラと見られマイナスになった。だが落選後は,特にイメージチェンジをしたわけでないが,そのまま「暖男」としてプラスに見られ,民意調査でも好感度が高くなった。
 陳其邁の選挙活動の現場についてはネット報道ではいろいろあるが,残念ながらこのあたりの調査ができていない。
 陳其邁の圧勝は,やはり,韓國瑜罷免投票が大きかった。あの投票数で補選も全部決まったようなものだ。そして,蔡政権の支持率が前回2018年とはまったく異なる。陳其邁に有利な材料がこれだけそろうと,支持者も反対派も投票意欲が薄れてもしかたないであろう。

(2)李眉蓁陣営
 国民党中央がなぜ李眉蓁を選んだのか,これは謎がある。同じ高雄市議で同じ女性で年齢もあまり変わらない李雅靜が出馬宣言をしたが,党中央は彼女を退けて,当初出馬を宣言していなかった李眉蓁を公認候補とした。
 1月の立法委員選挙に出馬した国民党の市議は李雅靜を含めて4人いた。李眉蓁は出馬していない。4人とも落選したのだが,大型選挙を経験している分,4人の誰かの方が李眉蓁より戦いやすかったのではないか。台湾メディアでは,国民党中央は選挙資金がないので,自前でお金を出せる人物を選んだという内部事情を書いた記事もあった。李眉蓁の父親李榮宗は高雄市青果市場の総経理であり,一定の資金力があると見られていた*。
*「出線關鍵/網問李眉蓁是誰?高雄賣菜郎之女 夫是珠寶商」『聯合報』2020年6月24日

 結果として,李眉蓁陣営は選挙を戦う力を欠いていた。これも台湾メディアの報道だが,李陣営の選挙活動は連日,直前での変更やドタキャンが相次いだという。私の選挙観察の経験でも,負ける陣営はドタキャンをやってしまう。李は演説もうまくないし,高雄市のビジョンもあまり語れなかった。
 そして,修士論文の盗用が明るみに出て万事休すとなった。李眉蓁は高雄の地元の国立中山大学で修士号を取得しているのだが,その修士論文が別の人物の修論を書き写したものであることが暴露され,しかも本人が書いたのではなく他人が代筆した疑惑が露呈した。
 選挙戦の応援態勢でも,民進党が地元立法委員8人をフル動員しているのに対し,国民党は高雄選出の立法委員がいないので市議で回していくしかない。その市議団は,議長が6月の韓罷免投票の夜に突然死去したことで,内部で団結するのも難しかった。
 党中央は確かに北部から高雄に応援を送ったが,例えば比例区の立法委員を送っても高雄ではほとんど知名度もなく効果は薄い。党主席に就任したばかりで候補擁立を主導した江啓臣にとっては手痛い敗北となった。

(3)吳益政陣営
 民衆党は1月の立法委員選挙の比例区で,高雄市においては8.5%の票を得ている。まったく基礎がないわけではない。柯文哲も2024年の総統選挙出馬を目指すためには,どうしても高雄で票を開拓したいと考えていたはずだ。実際,柯文哲は2019年から積極的に高雄訪問を繰り返していた。
 吳益政は市議当選5回で,いずれも親民党の公認候補として出馬した。1月の立法委員選挙にやはり親民党から出馬した。選挙区は民進党の現職趙天麟のいる高雄市第6選挙区である。国民党からは現職市議の陳美雅が出馬した。吳益政はそこで約5%の得票を得た。強力な趙天麟と基盤がある陳美雅との争いの下での5%は悪くない。
 政治状況としても,1月の選挙以降,国民党の支持が下落し,民進党1強状態になっていることに問題意識を持っている有権者は確実に存在する。柯文哲にとって,持論の第三勢力を都市部でアピールするチャンスであった。結局,民衆党はまったくブームを作れず4%に終わった。

4.民進党,国民党,第三勢力の動向

(1)民進党
 民進党は1強となり,政権が長期化し,この先様々な問題が出るであろう。7月に同党の蘇震清立法委員(屏東県出身)が汚職で逮捕さるという事件も発生した。利権やポジション取りをめぐるの党内の争いについて,かなりの関連報道がある。民進党への批判が増えるのは避けられない。
 しかし,蔡英文は,陳水扁と馬英九が第2期で陥った惨状をどうやら免れそうだ。この先,蔡英文の支持率も下がってくるが,高支持率が貯金になっている。各社の民意調査を大雑把にまとめれば,現在の蔡英文の支持率(満意度)はおよそ6割ある。これは国民の命・健康がかかったコロナ対応が評価されたもので,ある程度底堅い。ここから徐々に下がって4割になっても,台湾では支持率4割はまだ高い方になる。
 陳水扁と馬英九は政権運営の失敗から支持率が極端に低迷し,打開のためコアの支持者が信奉する両極の台湾ナショナリズム,中国ナショナリズムに軸足を移し,それがさらに中間派の不興を買って最後はボロボロになった。蔡英文もこの先コロナ後の台湾経済の成長政策など難しい課題を抱え,政権運営で苦労するのは確実だ。しかし,蔡英文がいまから陳水扁や馬英九の状況に陥るというのは考えにくい。
 この先「ポスト蔡」をめぐる党内の駆け引きが活発になるが,蔡の党内権力基盤は安定している。党主席を兼任する蔡が主導権を維持する局面はまだまだ続いていきそうだ。今回の市長補選で,蔡英文派の陳其邁がすんなりと公認候補に収まり他派の支援を受けて圧勝したことも,この見方の証左となる。
 そもそも落選した陳其邁を行政院副院長(副首相)に起用したのは蔡英文である。この人事は当初は批判を浴びたが,人材を見捨てないという蔡の強いメッセージが党内に届き,また,コロナ対策で陳其邁も活躍し,結果として蔡の人事は評価されることになった。

(2)国民党
 すでに何度も指摘したことだが,国民党の最大の問題は,「台湾アイデンティティとどう折り合いをつけていくか」であり,答えは見えていない。中国の台湾統一圧力が強まり,米中対立が本格化し,香港情勢の悪化があり,中国との距離の取り方が今まで以上に大きな要素となった。
 昨年来,台湾の多数派は蔡英文の路線(中華民国台湾の現状維持)を支持し,それに不満の少数派が国民党を支持する構造になった。コロナ感染をめぐる両党の対応の違いもその構造をさらに固めた。中国との人の往来を素早く遮断した蔡政権は評価され,それを批判した国民党は支持率がさらに下がった。
 国民党の路線問題も議論があまり進んでいない。今回の市長補選は地方選挙であり,対中政策が選挙議題になったわけではない。しかし,6月中旬から始まった選挙戦の期間はちょうど香港の国家安全維持法の施行と重なった。国民党は香港の自由の抑圧を批判する声明を出したが,どうしても分が悪い。
 党の財政問題も深刻化している。来年はまた党主席選挙があるので,江啓臣にとってやりにくい局面が続く。韓國瑜が一線から外れたいま,党内では侯友宜(新北市長),朱立倫(前党主席)の動向に常に関心が集まる。

(3)第三勢力
 柯文哲が昨年8月に民衆党を結成して1年たったが,党は上昇気流に乗れていない。この理由は,台湾の国内政治においては,「緑・藍ではない別の道を」という第三勢力の発展の空間は存在しているが,台湾をとりまく環境が第三勢力には向いていないという事情がある。つまり,中国との距離の取り方にどうしても注目が集まり,対中政策では,第三勢力の選択肢が限定されるからである。
 習近平の対台湾・対香港の強硬路線では,それに抵抗するか受け入れるかのどちらかで第三の道は開けない。事態は柯文哲の思う方向には動いていない。
 蔡英文・民進党にとって,鬼門は依然として2022年地方選挙だ。各県市の議員選挙は中選挙区制なので,小政党にチャンスとなる。国民党も地方選挙ではチャンスはある。民進党の個々の政策や民進党の体質・腐敗を批判する小政党が議員選挙で議席を獲得し存在感を示す可能性がある。
 現時点では,民衆党も伸び悩んでいるし,時代力量も,若い政党であるが,党の体質の問題や路線の問題を抱えている。しかし,地方選挙までこれから2年もあるので,いろいろなことが発生してくるであろう。民衆党や時代力量もこの先何かが起爆剤となって勢いを見せるかもしれないし,台湾基進党のように新規の政党が参入してくるかもしれない。政権与党の民進党もけっこうよろつくであろう。
 しかし,それを超えれば2024年総統選挙が始まる。同時に立法委員選挙も始まる。民進党に有利な要素が2点ある。①総統選挙と立法委員選挙の小選挙区は相対的多数で勝てる。国民党と第三勢力の連合は困難であり,第一党に有利に展開する。②総統選挙では「台湾のあり方」が焦点となる。「台湾アイデンティティ」に乗っている民進党に有利である。習近平の対台湾政策が変わらない限り,第三勢力が説得力のある対中政策を打ち出すのは難しい。仮にその対中政策が民進党と近ければ,総統選挙では民進党候補を支持するのが自然である(2020年の時代力量のように)。
 この2点から,2024年に国民党または第三勢力が民進党を上回る状況は考えにくい。とはいえ,台湾は「生き生きとした民主主義」であり,有権者の与党・権力への監視・批判は常に非常に強く,メディア・ネットで世論が掻き立てられるので,何事もすんなりとはいかない。これは,結果としてこうなるであろうという見通しである。

まとめ

 今回の市長補選での陳其邁の圧勝は,昨年以来の台湾政治の流れに沿った結果となった。台湾政治は「民進党の相対的優位」時代に入っている。台湾情勢は習近平指導部にとっては非常に苛立たしい展開になっている。
 これはあくまでも2024年までの短期的展望である。それ以降については2022年地方選挙を見てから議論することにしたい。

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