新入生への推薦書

担当教員:青山 亨.東京外国語大学外国語学部インドネシア語専攻(総合文化講座)
研究室:研究講義棟633.オフィスアワー:月曜日10:30-12:10.電話:042-330-5300.メール:taoyama@tufs.ac.jp

新入生オリエンテーションの時に渡す東南アジア課程の案内冊子では、毎年、本の推薦をおこなっています。ここでは、冊子で紹介しききれなかった本も含めて、これまでに推薦した本をまとめて紹介しています。ぜひ、目を通してみてください。[最終更新:2016-03-07]

2016年

『日の名残り』カズオ・イシグロ著,土屋政雄《つちや まさお》訳,ハヤカワepi文庫、早川書店,2001年.【Amazon
テレビドラマ『わたしを離さないで』の原作者として話題になることが多くなった日系イギリス人小説家カズオ・イシグロの1989年の作品です。人生の盛りを越えた執事スティーブンスが第二次世界大戦前の執事生活を回想するという設定ですが、一人称の語りの(意図的な)曖昧さが多面的な読みを可能にしています。昨年7作めの長編小説が出たばかりの寡作な作家ですが、本作はとりわけ評価の高い作品です。原作のThe Remains of the Dayも平易な英語なのでぜひ挑戦してみてください。1993年に映画化されています。
『ドレの旧約聖書』谷口江里也《たにぐち えりや》,宝島社,2010年.【Amazon
キリスト教の知識は、歴史を理解するうえでも、現代社会を知るうえでも必須です。聖書はそのための基本文献ですが、いきなり読むのは大変という人にとって、この本はとても助けになります。旧訳聖書の主要な場面を選んで、聖書のテキストの抄訳と19世紀フランスの挿絵画家ギュスターヴ・ドレの銅版画イラストを見開きに配しています。ドレによる劇的に構成された精緻な描写のイラストを眺めるだけでも一見の価値があります。旧約を読了したら、『ドレの新約聖書』も手にとってみてください。
『ジャワの芸能ワヤン〜その物語世界』福岡まどか《ふくおか まどか》著,スタイルノート,2015年.【Amazon
ワヤンは、人形影絵芝居や舞踊劇など多様な形態でインドネシアのジャワやバリ、マレーシアで伝承されている芸能ジャンルの総称です。本書は、ワヤンが語り伝える物語世界に焦点をあてています。インド叙事詩マハーバーラタやラーマーヤナに由来する物語やジャワ固有の物語が錯綜するワヤンの奥深い世界に著者とともに踏み込むことで、東南アジアの精神世界の一面が見えてくることでしょう。

2015年

『日本人の英語』マーク・ピーターセン著,岩波新書、岩波書店,1988年.【Amazon
新書の中のロングセラーの一冊で、それだけの価値のある本です。みなさんの多くは中学校から英語を習ってきたことと思いますが、この本を読むことは、日本語を母語とする人間が英語を学ぶというはどういうことなのかをふり返ってみるよい機会となるでしょう。そのことは、英語以外の新しい外国語を学ぶ上でも役に立つはずです。なお、後半は難しくなっており、大学院レベルかもしれません。
『英文翻訳術』安西徹雄《あんざい てつお》,ちくま学芸文庫,ちくま書房,1995年.【Amazon
単行本から文庫化されたロングセラーです。ちくま学芸文庫は良書が手軽に読めるので要注目です。実例と練習問題が付いた実用書の性格もありますが、良い翻訳・悪い翻訳が生まれる背景にある言語の特徴まで分析しているので、英文翻訳についての本ではあるのですが、外国語を日本語に翻訳するとはどういうことなのかを改めて考える上でも有益です。忙しい人は最初の数章だけでも読むことをお奨めします。
『悪童日記』アゴタ・クリストフ著,堀茂樹《ほり しげき》訳,早川文庫,早川書房,2001年.【Amazon
著者はハンガリーから亡命しフランス語でこの小説を書きました。第二次世界大戦中のハンガリーを舞台に十代の双子の兄弟の日記という視点から戦争とその中を生きる人間の本質を描き出しています。即物的な文体による最小限の記述が反って想像力をかき立てます。世界で内戦が続く今、戦争が人に何をもたらすのかを考えさせる小説です。ちなみに本作は、続編の『ふたりの証拠』と『第三の嘘』をあわせて読むことで完結する三部作になっています。巻を読み進めていくごとに驚愕の物語が展開します。ぜひ全部を読みとおしてみてください。英語訳は3巻が1冊になっていてお得です。2013年に映画化されました。

2014年

『自由主義の再検討』藤原保信《ふじわら やすのぶ》著,岩波新書,岩波書店,1993年.【Amazon
政治とは社会の形を決めるプロセスと言ってよいでしょう。であるとすれば、政治の根本には、どのような社会をよしとするか、という思想的なオリエンテーション(方向付け)があることになります。本書は、「自由主義」、「社会主義」、「コミュニタリアニズム」という代表的な政治思想を、政治思想史の流れの中で明快に説明したうえで、未来の方向を展望します。政治思想史の入門としてお薦めです。
『画像史料論―世界史の読み方』吉田ゆり子《よしだ ゆりこ》,八尾師誠《はちおし まこと》,千葉敏之《ちば としゆき》編,東京外国語大学出版会,2014年.【Amazon
伝統的に歴史学は文字で書き留められた記録を読み込むことで過去の実態を明らかにする学問とされてきました。しかし、絵画や絵図や浮彫といった画像データも、歴史を読み解くための材料にすることができます。本書では、東京外国語大学の教員がそれぞれの専門分野の画像史料を用いて世界史を読み解きます。ひと味違った歴史へのアプローチに興味がある方にお薦めします。
『世界一わかりやすいプロジェクト・マネジメント』第3版,サニー・ベーカー,G.マイケル・キャンベル,キム・ベーカー著,中嶋秀隆《なかじま ひでたか》訳,総合法令出版,2011年.【Amazon
私の推薦本ではこれまでにも何冊かのハウツー本を取り上げてきました。実践現場の課題への取り組みに基づいてしっかりと書かれたハウツー本は、読み手の考えを深める力があります。プロジェクト・マネジメント(PM)というとビジネスの世界にしか関係なさそうですが、簡単に言えばチーム・ワークをまとめていくことです。外語祭で料理店を出店する、語劇を成功させる、こういったこともPMの対象です。本書は一見すると無味乾燥な用語が並んでいるだけのようですが、読み込んでいくとスルメのように味が出てくる本です。実践的活動に関心のある方にお薦めです。

2013年

『サストロダルソノ家の人々―ジャワ人家族三代の物語』ウマル・カヤム著,後藤乾一《ごとう けんいち》,姫本由美子《ひめもと ゆみこ》,工藤尚子《くどう なおこ》訳,段々社,2013年.【Amazon
原題は「プリヤイたち」というもので、ジャワ人社会のエリート層である「プリヤイ」の一族の三世代に渡る歩みを、20世紀前半のインドネシアの歴史を背景に描いています。この作品の興味深い点は、エリート層と言っても、地方の農民の子どもが誠実な努力で民衆から尊敬されるプリヤイとして成長していく姿を描いている点です。著者の故郷でもあるジャワの農村風景の愛情を込めた描写も読みどころです。1992年に刊行されたこのインドネシア語の長編小説が日本語訳されたことを歓迎したいと思います。
『パイの物語』全2巻,ヤン・マーテル著,唐沢則幸《からさわ のりゆき》訳,竹書房文庫,竹書房,2012年.【Amazon
映画化されて話題になりましたが、この作品はぜひ小説も読んで欲しいと思います。ただたんに虎と少年が漂流するという物語ではなく、主人公の独特な宗教観、真実を「語る」行為とはいったい何かといった哲学的な思索が織り込まれており、重層的な読みへと読者を誘ってくれる作品です。東外大の学生ならぜひ英語の原作Life of Piにも挑戦してみてください。平易な英語です。
『新訳 ラーマーヤナ』全7巻,ヴァールミーキ著,中村了明《なかむら りょうしょう》訳,東洋文庫,平凡社,2012年.【Amazon
10年前にダイジェスト版のラーマーヤナの紹介をしましたが、ようやくサンスクリット原典からの日本語への完訳版の刊行が始まりました。「新訳」となっているのは、訳者の逝去で2巻までで中断された旧版のラーマーヤナに対する新版だからです。現時点で4巻まで刊行されています。皆さんも、ぜひこの波瀾万丈のラーマ王子の冒険の物語を手にとって味わい、シリーズの完結を応援してください。

2012年

『マイルス・デイビス自叙伝』全2巻(マイルス・デイビス著,中山康樹《なかやま やすき》訳,宝島文庫,1999年.【Amazon
マイルス・デイビスはジャズ・トランペット奏者、作曲家、バンドリーダーとして1991年に65歳で死去するまでジャズの歴史と共に歩み、ジャズの歴史を作り上げてきた人です。最晩年に自分の生涯を赤裸々に語ったこの作品は、一人の音楽家の人生であり、モダン・ジャズの歴史であるとともに、アメリカ現代史の裏バージョンといった趣もあります。ここに紹介した訳本も悪くありませんが、外大生ならぜひ原書Miles: The Autobiographyに挑戦して欲しいです。アフリカ系アメリカ英語独特の癖がありますが難しい英語ではありません。
『マレー諸島─オランウータンと極楽鳥の土地』全2巻(A・R・ウォーレス著, 新妻昭夫 《にいづま あきお》訳,ちくま学芸文庫,筑摩書房,1993年.【Amazon
19世紀のイギリス人博物学者ウォーレスは、現在のインドネシアを広く調査し、ボルネオ島(カリマンタン)とスラウェシ島の間からバリ島とロンボク島の間を結ぶ線を境にして東と西とでは生息する生物の特徴が異なることを明らかにしました。彼の業績はダーウィンの進化論を支持する点で科学の発達に大きな貢献をしました。しかし同時に、この本のなかでは、オランダによる強制栽培制度について「勤勉だが半野蛮な民族が住む土地をヨーロッパの国が支配するための最良の仕組みだ」と高く評価しており、19世紀の西洋人が東南アジアをどう見ていたかを率直に記録している点にも注目する必要があります。
『アメリカの民主政治』全3巻(アレクシス・ド・トクヴィル著,井伊玄太郎《いい げんたろう》訳,講談社学術文庫,1987年,講談社.【Amazon】)
19世紀のフランスの政治思想家トクヴィルは、当時の「新興国」であったアメリカを訪問し、そこで進行する民主主義の実験を直接観察することで、近代民主主義のプラスとマイナス面を鋭く分析しています(彼自身はフランス貴族の出身でした)。政治のあり方が世界的に問い直されている今、これからの民主主義を考えるための出発点となる本です。

2011年

『ペルセポリス I イランの少女マルジ』(マルジャン・サトラピ著・園田恵子《そのだ けいこ》訳,バジリコ,2005年.【Amazon
イラン出身の女性が書いた自伝的コミック。イラン革命後のイランの人々の日常がユーモアを交えて描かれています。特定の体制への批判として読むこともできますが、一人の人間として社会のなかで自立していくことの難しさと大切を描く物語りという視点から見ると、共感をもって読むことができるでしょう。イランを近くに感じることができます。ここで紹介したのは日本語版ですが、英語版だと本作と続編が一冊になっているのでお得です。外大生ならぜひ英語版に挑戦してください。
『マハーバーラタ』(ジャン・クロード カリエール著, 笈田勝弘 《おいだ かつひろ》・木下長宏 《きのした ながひろ》翻訳,白水社,1987年.【Amazon
世界最長の叙事詩と言われるマハーバーラタを一冊にまとめたものです。といっても小説ではなく、フランス語で書かれた9時間におよぶ舞台劇の脚本の日本語訳です。実際に演じながら手を入れていったものなので、内容は圧縮されていますが、テーマの一貫した太い芯を感じることができます。それは、一言で言えば、善と悪にきれいに割り切ることのできない人間という存在の悲しみだと言えるでしょう。話の流れがわからなくなったら、マハーバーラタをやさしく書き直した次の本を読んでみてください。
『マハーバーラタ』全3巻(C・ラーラジャーゴーパーラーチャリ著,奈良毅《なら つよし》・田中嫺玉《たなか かんぎょく》訳,レグルス文庫,著,第三文明社,1983年.【Amazon】)
もともとインドで子ども向きに英語で書かれたものを日本語に訳したものなので、文章は平明そのもの。描かれた人間関係の複雑さまでは簡単にはできませんが、日本語でてっとり早くマハーバーラタの全貌を掴むには最適です。(本は在庫切れなので古書店で探してください。)

2010年

『日本思想史ハンドブック』(苅部 直《かるべ ただし》・片岡 龍《かたおか りゅう》編,新書館,2008年.【Amazon
インドネシアではイスラームと土着の信仰が共存していることから、日本の神仏習合と比較されることがあります。それでは、日本の神仏習合とはそもそもどういうことなのでしょうか?私たちが日本人の視点でインドネシアを見ているのであれば、まず、日本人の視点がどのようにして作られてきたのかを知る必要があります。日本思想史はそのための手がかりを与えてくれる研究分野であり、そのよい道しるべとなるのが本書です。ちまたにあふれる「日本人論」を読む前にまず読んでおきましょう。巻末のブックガイドも便利。
『民族主義とネイション―ナショナリズムという難問』(塩川 伸明《しおかわ のぶあき》著,岩波新書,岩波書店,2008年.【Amazon
インドネシアは多民族国家と言われてますが、それでは、多民族が一つの国家を形成するといのはどうことなのでしょうか?広い世界を見回したとき、どのように位置づけることができるのでしょうか?本書は、インドネシアという国家のあり方を広い視点から考えるときの補助線となってくれます。ロシア・旧ソ連政治史の専門家による著作ですが、ロシア・東欧に偏ることなく、歴史的視点と比較的視点に基づいた行き届いた見取り図を提供してくれています。
『アメラジアンの子供たち―知られざるマイノリティ問題』(S・マーフィ重松《まーふぃ しげまつ》著・坂井純子《さかい じゅんこ》訳,集英社新書,集英社,2002年.【Amazon
アメラジアン(American+Asian)とは、アメリカ国籍を持つ親とアジア諸国の国籍を持つ親との間に生まれた人々の総称です。日本人の母親とアイルランド系アメリカ人の父親をもつ著者は自らをアメラジアンと規定しています。「日本人」とは何か、「○○人」とは何かを考えるときの一つの手掛かりになります。

2009年

『多文化主義とは何か』(アンドレア・センプリーニ著、三浦信孝《みうら のぶたか》・長谷川秀樹《はせがわ ひでき》 訳,文庫クセジュ,白水社,2003年.【Amazon
アメリカの多文化主義(Multiculturalism)の歴史的背景と思想的意味をフランス人の社会学者が分析したものです。多文化主義とは近代性に対する「真摯な」挑戦である、というのが著者の基本的な主張ですが、そのような主張の根拠がよく分かります。日本では「多文化共生」という表現の使用からもわかるように、多文化主義が肯定的に受け入れられているようですが、フランス共和国では否定的に受け止められています。そのわけは本書を読むと理解できます。多言語・多文化化している日本社会を考えるうえでも必読の本です。
『神話としての創世記』(エドモンド・リーチ著,江河徹《えがわ とおる》訳,ちくま学芸文庫,筑摩書房,2002年.【Amazon】)
1960年代以降の人文社会学では「構造主義」は巨大な知的ムーブメントでした。新入生の皆さんにはとってははるか昔のできごとでしょうし、現在の学問世界の知的状況も大きく変わってきています。しかし、構造主義の方法論はそれと気づかれないで利用されていますし、先駆者の研究にはまだまだ学ぶべき着想がたくさん含まれています。ここにあげた作品は、旧約聖書の創世記という誰でも手に入れることができるテキストの分析を通して、構造主義的な分析の醍醐味を味わわせてくれます。結論を受け入れるかどうかは別として、このようなアプローチもあることを知ることで、きっと皆さんの知的好奇心の視野が広がるでしょう。
『太平洋戦争と新聞』(前坂俊之《まえさか としゆき》著,講談社学術文庫,講談社,2007年.【Amazon
この本のタイトルは「太平洋戦争と」になっていますが、実は太平洋戦争が始まったときには、戦時の言論統制がすでにできあがっていたことをこの本は教えてくれます。満州事変(1931年)以降の新聞の論調や世論が多数の新聞からの引用で浮き彫りになっています。それぞれの新聞の論調とその変化の分析が膨大な引用のなかに埋もれてしまうきらいはありますが、新聞が軍部の主張に対して迎合・追従していく様子がはっきりとわかります。これは読者であった国民の責任でもあります。この本は日本の近現代史の流れを実体験させてくれるだけでなく、読み手である私たちのメディア・リテラシーを養うための格好の教科書です。

2008年

『ガラスの家』(プラムディヤ・アナンタ・トゥール著、押川典昭《おしかわ のりあき》訳,めこん,2007年 【Amazon】)
2008年新年度の冊子では新しい本を紹介できなかったので、ここでは日本語で読める最近のインドネシア文学作品(広い意味で)を3冊紹介しておきます。まずは、インドネシア文学者の中で一番ノーベル文学賞に近いと言われながら2006年に死去したプラムディヤ・アナンタ・トゥールの長編小説です。この作品は、『人間の大地』、『すべての民族の子』、『足跡』とともに「人間の大地」4部作を構成し、その第4部にあたります。20世紀初頭のインドネシア民族主義の勃興期に舞台をおいた骨太の歴史小説で、長らく日本語訳の完結が待ち望まれていました。第1部から第3部までが長調の響きであるとすれば、第4部は短調の響きがします。ぜひ、全巻を通して読み切って下さい。翻訳者の押川さんには2008年に第59回読売文学賞(研究・翻訳賞)が贈られました。
『美は傷 混血の娼婦デウィ・アユ一族の悲劇』上下2巻(エカ・クルニアワン著,太田りべか《おおた りべか》訳,新風舎文庫,新風舎,2006年)
この作品はプラムディヤとはうって変わって新進の若手作家による意欲的な長編小説です。ガルシア・マルケスの『百年の孤独』を思わせる舞台、文体ですが、しっかりとインドネシアの熱帯の気候に根を下ろした、幻想的な物語がスリリングに展開します。充実した読書体験が保証できる一冊です。著者のエカさんは来日し、本学のセミナーに参加してくれました。(本は出版元倒産なので古書店で探してください。)
『ビューティフル・デイズ』(百瀬しのぶ《ももせ しのぶ》著,ジュジュル・プラナントほか脚本,ヴィレッジブックス,ソニーマガジンズ,2005年)
この作品はオリジナルではなく、インドネシアでは2002年に公開されて大ヒットした映画をノベライズ(小説化)したものです。現代のジャカルタを舞台にした女子高校生チンタとその仲間たちをめぐる学園青春ものです。友情あり恋愛ありのベタな展開ですが、発展途上国インドネシアというイメージしかない人には新鮮なショックとなるでしょう。これもまたインドネシアの現実の一面です。ノベライズした百瀬さんは日本映画『おくりびと』のノベライズもされているベテランの作家で、映画では映像やセリフでしか表されていない登場人物の心理描写を見事に再現してくれています。ただし、ランガがアメリカに行くことになった経緯については、映画の日本語字幕に引きずられて誤ったままなので、気を付けてください。映画の紹介は「表象としての映画」の授業のページに書いてあります。(本は在庫切れのようなので古書店で探してください。)

2007年

『十八史略』全5巻(徳間文庫,徳間書店,2006-2007年)
2005年に推薦した『ローマ人の歴史』(単行本は完結)を読破した人には、次に、中国の歴史をお奨めします。『十八史略』は、司馬遷の『史記』から始まって、『漢書』『後漢書』『三国志』などを経て、宋代を対象とした『資治通鑑』までの十八種の史書を元の曾先之が要約したものです。元代以降はありませんが、とにももかくにも中国三千年の歴史が一望のもとに見通せ、しかも読んで面白いという本です。もちろん、厳密な歴史研究の書ではないので、史実との齟齬は多々ありますから、関心がわいた人はぜひ専門書をひもといてください。この徳間文庫版は、原書の中からさらに精選した原文に、訳文、読み下し文、注・解説(史実との違いも分かる)をつけたもので、「すらすら読み、じっくり考える古典」という謳い文句のとおりの内容になっています。
『今すぐできる!ファシリテーション』(堀 公俊《ほり きみとし》著,PHPビジネス新書,PHP研究書,2006年)
冊子には紹介できませんでしたが、趣向を変えて、実用書の中から2点選んでみました。まず、ファシリテーションから。この言葉を初めて聞いた人も多いと思いますが、簡単に言うと、集団で何かを行うとするときに必要な相互理解と合意形成の手続きを円滑に進めることを言います。こういうと難しそうですが、皆さんの身の回りでも、部活、サークル、ボランティア、外語祭でのクラスの活動など、集団で何かを決めて実行する場面はたくさんあります。この本には、そうした場面で役に立つ考え方や技術が、具体例とともに盛り込まれています。
『会議の技法』(吉田新一郎《よしだ しんいちろう》著,中公新書1520,中央公論社,2000年)
次は、会議です。会議というと、大学生の皆さんは、会社の人間がやっている、まだ遠い世界の話のように思っていませんか。しかし、集団で何かを実行することが人間社会では不可避であり、かつ、(上意下達の命令ではなく)そのメンバーの相互理解と合意形成のうえで実行することを原則とするなら、本来どんな集団でも会議は不可欠な活動です。会議を通じて集団の行動を変えていく道筋も見えてきます。社会人になる準備として、この2点をお奨めします。

2006年

『熱帯多雨林の植物誌:東南アジアの森のめぐみ』(W・ヴィーヴァーズ-カーター著,渡辺弘之監訳,平凡社,1986年)
文系の学生にも易しく深く熱帯多雨林の生態の営みの奥深さを教えてくれる良書です。たとえば、ドリアンに触れた章があります。その実を食べるためだけに東南アジアへ行く価値があると言われる一方で、その臭いはまるで「下水道から流れてきたカスタード」と言われるドリアンも、今では日本でも街角のスーパーで売られる時代となりました。じつは、このドリアンの実がなるためにはダウンオオコウモリが一役買っていることをこの本は教えてくれます。このコウモリは特殊な長い舌を発達させていてドリアンの花粉を食べるのですが、このときにドリアンの受粉を助けます。ところで、ドリアンの木は一年に一回しか開花しません。そのため、ドリアンの花が咲いていない間、コウモリはドリアン以外の樹木の花粉を食べて生き延びています。このことは何を意味するのかというと、ドリアンの木だけが整然と植えられたような果樹園ではドリアンの実を手に入れることはできない、ドリアン以外の樹木をちゃんと残しておくことが必要だ、ということです。こんな短いエピソードの積み重ねで、生態系の相互依存の仕組みから、開発と保護の関係まで考えさせてくれるありがたい本です。ドリアンが好きな人もそうでない人も、まだドリアンを知らない人も、熱帯多雨林の魅力に触れることができるでしょう。
『悪文 第三版』(岩淵悦太郎《いわぶち えつたろう》編,日本評論社,1983年)
悪文とは、読み手にとってわかりにくい文章、誤解される文章、固すぎる文章、混乱させる文章のことです。この本は、実際の悪文を例にとって、なぜそれが悪文なのか、どうすれば改善できるかを説明してくれる本です。この手の本は少なくありませんが、この本には日本語による的確な表現を目指す著者達の情熱を感じます。もう20年以上も前の本なので(初版は1977年)、さすがに例文の内容は古くさくなっていますが、これほど具体例に則して懇切丁寧に、悪文が悪文である理由を説明してくれる本は、今でも他にないと思います。「人の振り見て我が振り直せ」。自分の文章表現を振り返ってみようと思う人にお奨めです。
『宗教学入門』(脇本平也《わきもと つねや》著,講談社学術文庫,1997年)
宗教の問題が大きく問われている現在ほど、宗教に対してどう向かい合うのかを考える必要がある時代はないでしょう。この本は、宗教学者の視点からの宗教の見方を教えてくれるとてもよくできた入門書だと思います。比較の対象としてキリスト教が大きく取り扱われているのに対して、インドネシアで重要なイスラームにはほとんど触れられていないのが残念ですが、それは読み手のみなさんに与えられた課題といってよいでしょう。

2005年

『ローマ人の物語』全15巻(塩野七生《しおの ななみ》,新潮社,1992年-2006年)
これで1冊というには大部すぎるのですが、来年予定のこのシリーズの完結は某児童書シリーズの完結よりも画期的であるはずです。新潮文庫版でも出ているので、今のところ原本の第6巻分までですが、懐を痛めずに買うことができるのは幸いです。いにしえのローマ人の営為をひたすら丹念に追っていくだけなのに、ローマの時代と私たちの現代とが重なってくることに驚きを禁じ得ません。近頃はやりの帝国論の範例が確かにローマ帝国であったことに納得です。ほぼ1000年にわたるローマ人の歴史がおもしろいのは、一つの社会の誕生、発展、変化、衰亡という歴史の縮図をエピソード満載で提供してくれるからだと思います。客観的な歴史叙述ではなく作者の視点が前面に出ている書き方なので、読み手のバランス感覚が要求されますが、1000年の歴史をこれほどまで読みやすくしてくれた著者の力業には感謝。それでもとっつきにくいという人は、ユリウス・カエサルを扱った第5巻と第6巻(文庫版では第8-13巻)から読み始めてみるものいいでしょう。(2008年8月でハードカバー版は全巻完結。文庫版は第12巻に対応する第34巻まで刊行ずみ。)
『誤訳―ほんやく文化論』(W.A.グロータース著,柴田武訳,五月書房,2000年)
翻訳論の本はいろいろ出回っていますが、誤訳の分析を通じて翻訳のポイントを鋭く突いています。三省堂から1967年に初版、1979年に新版が出たものの復刊。事例は古いかもしれませんが、着眼は今でも新鮮です。異なった言語間のコミュニケーションに関心のある人にお奨めです。
『自家製 文章読本』(井上ひさし,新潮文庫,1987年)
類書がいろいろある中でも出色の文章読本。文章を、文学だけではなく言語という視点からも見ていることがこの本の面白さの幅を広げているように思います。4年後に書くだろう卒論を重荷に感じている人にお奨めです。

2004年

『東南アジア歴史散歩 』(永積昭《ながづみ あきら》,東京大学出版会,1986年)
東南アジアと銘打っていますが、インドネシアが中心です。歴史家の目で東南アジアを見ると言うことがどういうことなのかよくわかるエッセー集です。日本との関係にも目配りが行き届いているところも長所です。各章が短いので手軽に読めますが、中身の濃い作品です。
『イスラーム文化―その根底にあるもの』(井筒俊彦《いづつ としひこ》,岩波文庫,1991年)
イスラームの解説本はたくさん出回っていますが、その発想の根元にまで遡って、イスラームの意味を読み手に分からせようという気迫に満ちた本は他にありません。イスラームの見方をウラマーとスーフィーによる二極に整理してしまっているのは、今となってはあまりに古典的すぎるという不満が残りますが、これは無い物ねだりでしょう。お奨めです。
『古典の影―批評と学問の切点』(西郷信綱《さいごう のぶつな》,未来社,1979年)
国文学者による学問的エッセー集。書かれた時代と今とでは状況が変わったところもありますが、扱われている主題は古くなっていません。それに文章が古びていないところがすごい。年代ものの極上ワインといったところでしょうか。お奨めです。

2003年

『インドネシア民族意識の形成』(永積昭《ながづみ あきら》,東京大学出版会,1980年)
インドネシアという国民国家の枠組みが揺らいでいる今、そもそもどうしてインドネシアという共同体が構想されるようになったのか、その起源を考え直してみることが大事だと思います。お奨めです。
『イスラム教入門』 (中村廣治郎《なかむら こうじろう》,岩波新書,1998年)
昨今のイスラム本ブームの中で、ありがちな題名で損をしているように感じますが、類書とは一線を画したすぐれた本です。人口の9割近くがムスリムであるインドネシアを理解する一助となります。
『ラーマーヤナ』 (河田清史《かわだ きよし》訳,上下2巻,第三文明社,1989-1990年)
インド化した東南アジアでも、大陸部の『ラーマーヤナ』好み、ジャワの『マハーバーラタ』好みというおもしろい差があります。といっても『マハーバーラタ』をいきなりはしんどいので、まず『ラーマーヤナ』に触れてみて下さい。これはダイジェスト版ですが、『指輪物語』(映画『ロード・オブ・ザ・リング』の原作)が好きな人なら、はまるでしょう。