活動報告

Activity Reports

センターの活動報告です

国際日本研究センター 対照日本語部門主催 『外国語と日本語との対照言語学的研究』第18回研究会 (2016年3月5日)

日時:2016年3月5日(土)14:00-17:40
会場:東京外国語大学 語学研究所 (研究講義棟4階419号室)
発表者・講演者と題目:
・浦田和幸氏(東京外国語大学)
研究発表「英和辞典の始まり ― 英語と日本語のはざまで」
・萬宮健策氏(東京外国語大学)
研究発表「スンディー語動詞構造再考 ~受動動詞の観点から~」
・下地理則氏(九州大学)
講演「宮崎県椎葉村尾前方言のDifferencial Case Marking」


浦田氏は,江戸後期から幕末の社会状況を背景として編纂された初期の英和辞典について概説した。1808(文化5)年のフェートン号事件をきっかけとして長崎のオランダ通詞たちが英語学習を始め,1814(文化11)年に『諳厄利亜語林大成』(あんげりあごりんたいせい)を完成したのが英和辞典の第一号とされるが,これは幕府が秘蔵し,一般には流布しなかった。日本の英和辞典の実質的な第一号に当たるのは1862(文久2)年の『英和対訳袖珍辞書』である。蕃書調所教授手伝(後に開成所教授)であったオランダ通詞出身の堀達之助が中心となって,Picardの英蘭辞典を底本に,蘭和辞典や英華字典などを参照しつつ編纂したものである。当時,好評を博し,後にさまざまな人の手になる改訂版が出された。蘭学から英学に移行する時代にあって,英・蘭・和・漢語の間で、苦心して英和辞典が作られた軌跡を辿った。発表ではparachute「気球ニテ降リル時餘速カナルヲ防グ道具」などの興味深い訳語も紹介された。
萬宮氏は,スィンディー語文法においてこれまで十分な記述がなされていなかった受動動詞を中心に動詞構造の考察を行った。(1) -(r)aː-が使役動詞をつくる接辞として機能するように,-iɟ-は受動動詞をつくる接辞としてとらえ直すことができる。(2)スィンディー語の受動文には,元々は「行く」という意味の補助動詞を用いるものと,接辞-iɟ-を用いた受動動詞によるものがあり,両形式に意味の差はない。(3)受動動詞には受動文をつくる用法のほかに,未来命令形としての用法もある。未来命令形とは「その内やってもらう」ことを要求するもので,「今すぐやってもらう」ことを要求する単純命令形と区別される,などを,例文を示しながら説明された。
下地氏は宮崎県椎葉村での調査で収集した345例の他動詞文のデータを資料として,尾前方言における目的語の格交替(Differential Object Marking; DOM)について詳述した。尾前方言には直接目的語を表示する有形の格助詞としてba,oba,oの3形式があり,有形の格標示を欠く「無助詞」― これは全用例の半数近くを占める ― も入れた4つの形式の分布を観察すると,(1)P項(<Patient)の有生性と,(2)P項と述語の隣接性が格標示にとって関与的であることがわかるという。
有生性に関しては「1人称>2人称>固有名詞>人間>動物>無生物」という階層を設定し,P項(<Patient)がA項(<Agent)より階層の上位にあるほど有形の助詞で対格標示がされやすく,逆にP項がA項より下位にあるほど無助詞になりやすいという傾向が見られること,また,P項が階層上位にある場合(特に1人称と固有名詞の場合)はbaが顕著に現れることなどの指摘があった。(例文(74))
(74) oreba sogyaa tomunnai.「俺をそんなに止めるなよ。」(2人称A>1人称P)
隣接性に関しては,例文(77)のようにP項と述語が隣接していない場合 ― すなわち,問題の名詞句が目的語であることを明示する必要性が高まると ― 有形の格標示になる(無助詞は非隣接の例の6%以下)ということ,また,有形の格表示の中でもoが現れる傾向が強い(非隣接の例の60%)という事実が指摘された。
(76) umaga kusa(ba/oba/o/φ) kwiioru「馬が草を食べている」
(77) umaga kusa(ba/oba/o/*φ) umasooni kwiioru「馬が草をうまそうに食べている」
有生性と隣接性のいずれについても,ある名詞句がP項であるということを示す必要性が,有形の格表示の動機(のひとつ)になっている,という通言語的なDOMの特徴が当てはまるとのことである。なお,言語によっては特定性(specificity)がDOMに関連するとされるが,尾前方言に関しては,特定性は有生性や隣接性ほど関与的ではないという点も指摘された。
日ごろは方言研究にあまり接していない聞き手にとっても大変分かりやすく,言語研究の方法について,多くの示唆に富む講演であった。研究会には学内・学外から約30名が集まり,それぞれの発表・講演に熱心に耳を傾けていた。
(成田節)

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