立ち上がり、そして座りこむ
読むと笑ってしまうような見出しだが、実は大真面目である。福島の女たちが2011年10月27日から29日まで経産省前に「座り込」んだのに続いて、10月30日から11月5日まで全国の女たちが同場所に「座り込んで」いる。実はわが同僚のFさんが呼びかけ人の一人になっており、今日は彼女の担当日ということで、当方も応援に行ってみた。「座り込み」というのだから、冷えるといけないから読み終わったA新聞などを敷物用に携えて(あら、失礼)-。
行ってみるとちゃんと椅子が用意してあり、いろいろな人が座っておしゃべりしたり、通りがかりの人と声をかけあったり、署名活動も行われているが、なんとも和やかな雰囲気である。ブースもあってろいろな物資も蓄えてあり、ときどきお菓子も回ってくる。なあんだ、座り込みって「ゆんたく」っていうか集いの場所だったのねー。ひさしぶりにデモ友Tさんに会ったり初対面の人とおしゃべりしたりしていると、なつかしい知り合いのOさんが声をかけてくれた。彼女によれば、ニューヨークの「ウォール街を占拠せよ!」(つい先週、行ってきたそうだ)も、こんな雰囲気らしい。そちらはキッチンやライブラリーも整備されていて、まことにそこに居続けることが心地よいとのこと。そこに「座りこんで」いることが意味をもつゆえ、日ごろの忙しさからふっと抜けて、ゆっくりと話ができる。なんだか不思議な空間だ。そして、明らかにデモとは違ったあり方である。
とはいえ、昨晩から今朝にかけての玄海原発4号炉再稼働というトンデモ事件のため、16時過ぎに座り込み隊はデモ隊に変身し九電(漢字変換したら宮殿と出た。ぷぷ)前まで行進!である。現地に到着すると突然ものものしい警備の人々が待ち構えている。ああ、ここはいつもの感じかー。しかし抗議する女たちのスピーチのなかで、アイリーン・スミスさんの言葉が心に残る。「経産省という権力の目の前に、福島の女たちが座り込み、賛同する女たちが全国から駆け付けて座り込んでいます。これはひょっとすると、日本の歴史の中でも初めてで、とても画期的なことではないでしょうか」。たしかにそうかもしれない。近くにいた参加者がつぶやいていたとおり、「事態はほんの少しづつしか変わらない」けれど、少しづつは変わっている。ムリな事柄を暴力的に進めようとする権力側とは対照的なささやかさ、地道さが、かえって暴力的なあり方の根拠の薄弱さを照らし出すようだ。
思いのほか長居をしてしまい、急ぎの仕事が間に合わない。きいー。明日を挟んで4日は京都で学会の幹事会だが、これがまたきわめて波乱含みである。また後日!