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2011年11月 アーカイブ

2011年11月 2日

立ち上がり、そして座りこむ

読むと笑ってしまうような見出しだが、実は大真面目である。福島の女たちが2011年10月27日から29日まで経産省前に「座り込」んだのに続いて、10月30日から11月5日まで全国の女たちが同場所に「座り込んで」いる。実はわが同僚のFさんが呼びかけ人の一人になっており、今日は彼女の担当日ということで、当方も応援に行ってみた。「座り込み」というのだから、冷えるといけないから読み終わったA新聞などを敷物用に携えて(あら、失礼)-。

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行ってみるとちゃんと椅子が用意してあり、いろいろな人が座っておしゃべりしたり、通りがかりの人と声をかけあったり、署名活動も行われているが、なんとも和やかな雰囲気である。ブースもあってろいろな物資も蓄えてあり、ときどきお菓子も回ってくる。なあんだ、座り込みって「ゆんたく」っていうか集いの場所だったのねー。ひさしぶりにデモ友Tさんに会ったり初対面の人とおしゃべりしたりしていると、なつかしい知り合いのOさんが声をかけてくれた。彼女によれば、ニューヨークの「ウォール街を占拠せよ!」(つい先週、行ってきたそうだ)も、こんな雰囲気らしい。そちらはキッチンやライブラリーも整備されていて、まことにそこに居続けることが心地よいとのこと。そこに「座りこんで」いることが意味をもつゆえ、日ごろの忙しさからふっと抜けて、ゆっくりと話ができる。なんだか不思議な空間だ。そして、明らかにデモとは違ったあり方である。

とはいえ、昨晩から今朝にかけての玄海原発4号炉再稼働というトンデモ事件のため、16時過ぎに座り込み隊はデモ隊に変身し九電(漢字変換したら宮殿と出た。ぷぷ)前まで行進!である。現地に到着すると突然ものものしい警備の人々が待ち構えている。ああ、ここはいつもの感じかー。しかし抗議する女たちのスピーチのなかで、アイリーン・スミスさんの言葉が心に残る。「経産省という権力の目の前に、福島の女たちが座り込み、賛同する女たちが全国から駆け付けて座り込んでいます。これはひょっとすると、日本の歴史の中でも初めてで、とても画期的なことではないでしょうか」。たしかにそうかもしれない。近くにいた参加者がつぶやいていたとおり、「事態はほんの少しづつしか変わらない」けれど、少しづつは変わっている。ムリな事柄を暴力的に進めようとする権力側とは対照的なささやかさ、地道さが、かえって暴力的なあり方の根拠の薄弱さを照らし出すようだ。

思いのほか長居をしてしまい、急ぎの仕事が間に合わない。きいー。明日を挟んで4日は京都で学会の幹事会だが、これがまたきわめて波乱含みである。また後日!

2011年11月 3日

追記:実は男たちも

先日書いた「女たちの座り込み」であるが、実は男性もちらほらと来ていた。とはいえ九電前に立つときなどは、「女の人たち、前へ」みたいな雰囲気ではあったのだが。そんなわけで、やはりFさん応援で来ていたNボスから写真をいただいたので、アップしてみますー。真ん中が「暴れん坊教員」(笑)のFさんです!

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ね、和やかでしょう?(経産省のボードがアクセントです)。ちなみに当方のお隣にいるのはFAZ(フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング、ドイツの保守系新聞で、まードイツのN経新聞ってとこか)の記者さんですねー。ぜひともいっぱい記事にしてくださいませ!!

2011年11月 4日

ニコ生情報(11月8日)

先ごろ拙ブログでちょろっと紹介した「ニコ生」=ニコニコ生放送、でしたっけ?の情報、ご依頼いただいたNさんから詳細いただきましたので、お知らせさせていただきます。11月8日の19時からですー。

■番組タイトル
『デモクラシー・ナウ!』ナオ?ミ・クラインの「ショックドク?トリン」
■番組URL
http://live.nicovideo.jp/watch/lv68771811

そのときに見られなくても、しばらくは後でも見られるみたいです。ひえー(まだ言ってる)。 では今日はこれから京都に行ってきまーす!

2011年11月 9日

ニコナマ発言ひとつ訂正

えー、昨晩いちおう無事に(?)ニコナマ出演おわりました; 見てくださったみなさま、ありがとうございましたー。コメントやツイッターの文字は全然みる余裕がなかった、というか目の前のモニター画面でちらっとわが身をみたとき、こりゃ見るのをやめておこうと思ったわけです。見たらアガルわ、と; ところでNさんから依頼を受けたとき、「いやーその日は授業もあって、しかも誕生日なんですよねー」と言ったために番組の最後にNさんがまさかの誕生日暴露発言!いや、隠しておきたいようなモノでもないですが、「お誕生日おめでとうございます」のテロップが流れたときにはさすがに気恥ずかしい感じでー 録画見るのが怖いっす。見ないでおこうかな(事態の改善にはならない)

ま、それはいいとして、番組の中でイギリスのフォークランド紛争にふれたとき、「二人の禿男がカツラをめぐって争う」と言った人がいると紹介したのですが、それは「櫛をめぐって争う」の間違いでした。要らないモノをめぐって争うというハナシなので、カツラだったら要るやん!(そんなツッコミ、あったのかな…) 謹んで訂正させていただきますー。ちなみにこれを言ったのは、ボルヘスですねー。さすが冴えたこと言いますよねー。

しかしゼミなどではなぜか誕生日が知られており(;)、ゼミ時に3年ゼミ幹くんがお菓子をもって登場。気を使わせちゃってごめんよー。ありがとうー。でもすごく立派なアップルパイ!!ゼミ終了後にみんなで食べました!包装もかわいい、大学付近の某Jasmin菓子店の傑作です。(隣の一品はまだ食べてない。今日みんなで食べようかしらん)

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Mちゃんがもってきた中国土産の落花生飴もあったので(アップルパイの右肩付近に写ってるモノ)、お菓子祭りのようであった。こちらもとてもおいしかったが、この箱のデザイン、たまらんっす。

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2011年11月12日

とても「頭にきた」こと(やや長いです)

故・竹内敏晴さんが身体について考察した書物の中で、かつては「腹が立つ」と言っていたものを「頭に」来ると言うようになり、最近では「ムカツク」(つまり胸か胃だ)と言うことに、身体感覚の変化を指摘していた。昨今、その全部が身体を襲うような出来事があって、今日は朝から怒りのブログである。すみません。(元気ない人は別の機会に読んでね。)先週、京都への日帰り出張をした件である。

下記は、某所に出すつもりで準備したがオクラ入りした文章である。1400字近くもあって恐縮だが、経緯を書く手間が省けるので、ここに載せておきたい。なお、この件は河北新報という新聞が10/27、11/6に取り上げ、それなりに社会的関心を集めた。学会とはまったく関係ない友人からも、「これってどうなの?」というメールをもらったりもした;しかし新聞に出ようが出まいが、「学会」という公的組織の決定は、社会的意味をともなうものである。

***
経済学史学会は二〇一二年度の全国大会開催地を福島大学から小樽商科大学に変更した。もともとは今年度五月に福島大学で全国大会を行うはずだった予定を、東日本大震災の影響を考慮して十一月に延期、場所も京都大学に変更し、福島大学での開催は来年度とした決定からの変更である。学会員の一人として、また幹事の一人として、大学の業務のため総会に出席できなかったことも無念だが、異義を唱えたにもかかわらず変更の差し戻しを実現できなかったことが残念だ。幹事会での議論と聞き知った総会での議論の概要から、決定や変更の手続きの問題は措くとして、何としても福島開催に戻したかった論拠を書き留めておきたい。
 問題は「会員が安心して出席できるように」変更したという言い方に潜むものである。もちろんそこには、多くの会員が福島開催に不安をもつだろうという想定がある。これに対して福島大学の低線量が変更への異義の論拠として提示されたが、なぜか十分な説得力をもたなかった。放射能のことは結局、素人には判断できないという態度は、これまでも長い間「専門家」の密室的決定や隠蔽を許してきたものである。また「会員が安心して」という根拠の薄弱さを示すのに、J. M. ケインズの美人投票のようだという人もあった。それは「投票者が百枚の写真の中から最も容貌の美しい六人を選び、その選択が投票者全体の平均的な好みに最も近かった者に賞が与えられる」という新聞投票と投資家の意思決定の類似を示したものである。ケインズは、自分の判断で選ぶのではなく「平均的な意見は何が平均的な意見になると期待しているかを予測することに知恵を絞る」というありかたが、バブルやパニックを起こす危険性を指摘した。ひるがえって今回の変更における「みなさんが不安だろうから」という想定にも、同じく実質を欠いた危うさがある。のみならず、会員への配慮にみせた裏側にみずからの不安を滑り込ませて隠し、正当化するエゴイズムが感じられる。
ところで、その危うさを指摘し福島開催を求めることは、政府筋のさまざまな安全宣言を信じることとは無縁である。事故から今日に至るまで、情報開示の程度はチェルノブイリ事故時のソ連かそれ以下であり、必要な情報の隠匿は救える人々をも危険に晒した犯罪行為でさえある。色もにおいもない放射能に生物としての人間が対処するのはきわめて困難であり、被ばくは誰にとっても恐ろしい。しかし福島開催に反対した人々は、福島に行くことだけが危険だと考えているのだろうか。いまだ収束できない大事故の後で、それがなかったかのように日常を取り戻したいという気持ちはわかるが、福島に行きさえしなければ無関係でいられるというのは錯覚にすぎない。日々、風が吹き海は日本を囲んで世界へ流れ込む。次々に露呈するホットスポット、食物や瓦礫の中の放射性物質の問題は、今後長きにわたって各地で出現するだろう。わたしたちは、もはや放射能とともにしかありえない未来を、どう生きるか考えなければならない。そのことに日々向き合っている福島を踏みにじる言葉や行為は許し難いものだ。
原子力発電所の建設には、常に成長や開発の経済的利益が絡んでいた。それを理論的に支持してきた経済学を問うのが経済学史の仕事であろう。ぶざまな混乱で福島の人々を失望させ悲しませたことを、両手をついてお詫びしたい。

***
当方はこの学会の幹事として反対意見を伝えたものの、もう段取りが済んでいるのだからという遠慮と、異義への賛意はほとんどないだろうという考えのため、変更を了承してしまった。その責任を感じ、またこのような決定をする学会の一員であることが耐え難いという理由もあって、先週から進退を考えていた。で、一週間考えた末、昨日メーリスで年内中の退会を表明させてもらった。すぐにやめないのは、この問題の行方だけは確認しておきたいからである。もちろん退会しても、この問題について「終わり」とするわけではない。

2011年11月21日

びよーんと広がる日常

大学は18日から目下外語祭期間で事務方の動きはよくわからないが、なぜか拙ブログのフォーマットが昨今突然に変わっており、いささか戸惑って数日書くことができなかった。が、そうも言っていられないので、新フォーマットに挑戦だっ

先週は研究会に二つ出席した。一つは神戸大のT先生の科研の研究会で「地中海」をめぐるジオポリティクスに関する報告(L. Bialasiewicz)、もう一つはほぼ一カ月に一回の早稲田若手の研究会「現社研」で課題本はマッキノン『女の生・男の法上・下』から数章であった。いずれもなかなか興味深い議論ができ、とてもリフレッシュした。何しろ常に頭中の大きな部分を核・原発問題が占めており、ひとときでも離れるきっかけがあるのは、なんというかありがたいことである。

ところで一つ目の研究会は大阪の某貸しビルでの開催であった。聞けば結構なお値段ではあるが、東京から日帰りする者にとってはありがたい。もちろん、昨年ちょうど同じ秋冬に3回関西方面に出張し年末にぶっ倒れた情けなきわが体力を考えると、なぜか今年もまたこれから数回ある関西出張に要警戒だったりもする;しかし朝ゆっくりでかけて晩には戻る「出張」には、普段の出勤と同じ鞄をもって、普段と同じようにお弁当を詰めて出かけることになる。なんだか日常がびよーんと広がった感じである。

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ゼミ生諸氏や506関係者にはおなじみのマイ弁当箱ー。写真がないからってそれかよ!と言わないで~。いや、出張の際の駅弁というのも一つの楽しみなのだが、少し前の日帰り出張において「昼も夜も弁当」という事態に直面し、これはさすがに寂しい、いや身体にとってどうよ?と思ったのであった。まー手作り弁当がそんなに立派なモノというわけではないんですが...

2011年11月30日

ヤングパイン?

先週末は、金曜日に若手の学会仲間が数名はるばる外大府中キャンパスまで訪ねてきた。拙ブログでも少し書いた、所属学会の混乱について話をするためである。数時間じっくり話すうちに、どうも会員に十分に情報がわたっていないことが相当に問題であるとわかった。しかし当方の「退会します」を心配し、ひきとめてくれもした。ありがたく涙が出そうであった。じーん... 一緒に本を書いたりインカレを開催したりしてきた仲間たちなので、当方も自称「姐ご」の役割を通り越して母親のような気持ちになる。ええ、お母さんがんばりますわ(ってアホか;)、みたいな。

そして土曜は所用で福島へ。その日は福島に泊まるので翌日は一人で被災地を訪ねてみようかなどと思っていたが、K先生のご厚意で一緒に訪れたM先生とともにドライブに連れて行っていただくことになった。福島が浜通り、中通り、会津で気候も歴史も文化も異なるという話は有名だが、これを体感するドライブであった。

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猪苗代湖からのぞむ磐梯山とその隣、雪を頂く飯豊山、はあーん美しーい。しかし猪苗代湖は巨大であった。K先生が「猪苗代湖の遠足ではガイドさんが必ず同じお話しをする。福島出身で海を初めて見てきた息子が「ばあさんや、海ってのはでかいもんだぞ」というと、ばあさんは「いやーそれでも猪苗代湖にはかなうまい」と。」と教えてくださった。その後なぜか湖の水嵩が変わったらしい場所を見たときに当方「満潮のときにはこの辺まで来るんでしょうか?」K先生「中山さん、湖に潮の満ち引きはないよ」。ぎゃははは「ばあさん」と同じ罠にはまってしまった;
引き続きドライブを続けているときに「ヤングパイン」という店の看板をみたK先生が「福島はこのセンスがなあ...」とポツリ。えっ? あっ、若松?!同乗のM先生が「一つの名前なのに分けちゃだめだよね」。ていうか、ヤングパインってのが魅力的な名前だと思うセンスの問題だな。昨日506付近でその話をすると、「ハッピーアイランド」ってのもあると院生某氏。あっ 福島?!

2011年11月13日

メタボ…リズム?

久しぶりのオフ!だったので複数のゼミ生諸氏から勧められていた「メタボリズムの未来都市」展を見てきた。実は10月末の社会思想史学会のシンポジウムのゲスト、建築・美術家のO崎さんもこの展覧会の話をしており、必見だとは思っていたのだが、いままで暇なかったーん。で、日頃行かない六本木ヒルズに行くと、いわゆる準六本人というのだろうか(GSの授業でそんな話しをしたっけな)、若い人々などがすごい勢いでチケット売場に集っている。うお!みんなメタボリズムとか現代建築とか興味あるんだー、すごいなー!と驚愕しつつ、長ーい行列を作って53階の会場に至ると、あらっ!およそ9割がたは隣の「ドラゴンクエスト展」に吸い込まれていって、「メタボリズム展」への道は突然さーっと開けたのであった。はははは; 

さて、「メタボ」というタームが最近メジャーになったため変な感じがするが、メタボリズムは「新陳代謝を意味する生物学用語で、1960年に東京で開催された「世界デザイン会議1960」に際して提唱された日本の建築運動」である。展覧会は、結成期の1960年代、1970年の万博、その後の「環境」や「グローバル」への展開と、なかなか丁寧に歴史を整理しており、学ぶところも多かったが、根本的には「惨事便乗型資本主義」をあられもなく肯定する内容で、相当に問題アリである。(上記のOさんがかなり批判的に見ていたのもよくわかる。)カタログ冒頭にある八束はじめ論考「『メタボリズム連鎖』という『近代の超克』」は、たとえば1970年の万博を「近代の超克」の最終的な姿と位置づけ、「warfareはwelfareと地続きなのだ」(語呂合わせのノリなのだろうが、「戦争は福祉と地続きなのだ」と訳せば、その異様さがよくわかる)と言い切るなど、思想史的にツッコミどころ満載だし 後ろの方にある今村創平論考「菊竹清訓『海の上の都市』」の、「(菊竹は郷里の洪水や東京の空襲に関して)日常がリセットされた白紙の状態から再出発するという構えを持ち、また自然および人工的災害を単に否定的なものと捉えず、新たな誕生、創作の糧と前向きにとらえている」という一文に至っては、あまりにショック・ドクトリンそのまんまなので、まさか!と思わず我が目を疑って読み直してしまった。展覧会ではこうした言説を直接に目にしたわけではないが、圧倒的な違和感があって、気を取り直そうと隣の展望台へ足を運んだ。

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はー;上から見てもオーマイガッ なぐらいに醜ーい!わが町トーキョー。その後、上記展覧会のカタログとともに森ビル社長さんの『ヒルズ 挑戦する都市』(朝日新書、2009)も手に入れたが、この醜さを生んだ仕掛け人さまの考え方が、たいへんよくわかる一冊ですねー。六本木ヒルズに行ってくると、なぜこんなに疲れるのかも、よくわかりますー。

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