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2019年11月 アーカイブ

2019年11月 2日

Men's Idol考

青土社から

『ユリイカ 2019年11月臨時増刊号 総特集 日本の男性アイドル』
http://www.seidosha.co.jp/topics/index.php?id=356&year=2019

が出版された。

表紙に「Men's Idol」の文字が踊っていて、
「あっちゃー」って思いました。

英語として正しくないのである。

実物を手に入れる前には、
これは、「装丁屋」さんが大して考えずに
書いてしまったのであろうと考えた。

しかし、実物を手に入れたら、
中の諸論文のタイトルにも
「メンズアイドル」というカタカナが踊っているし、
おそらくは本文中でも使われているのであろう。

社会学なのか、カルチュラル・スタディーズなのか、
その界隈では、もう「通っている」用語なのかも知れない。

--

もとい。英語としては、これはまずい。

men's idolというのは、men(複数の男)'s(属格)idol(単数のアイドル)である。

「複数の男」というものを、多様性よりは、多数性を捉えて
「シスジェンダー異性愛者の男性」と想定すると、その男性らに
とっての「単数のアイドル」は女性であろう。

あれれ?表紙には、日本語でも「日本の男性アイドル」と書いてある。

そして、それが、この特集の主題であろう。

なぜそんなズレが生じたのであろうか。

--

「仮説1」

まずは、英語の「's」という属格と、日本語の「の」の
守備範囲が違うということである。

日本語の「の」には、所有者を表現する用法の他に、
同格(apposition)を表現する用法がある。

(1) 看護師の女性

この同格の「の」は、ちょっと文体的に変わるが「である」で
置き換えることができる。

(2) 看護師である女性

この同格の用法は、英語の「's」には無い。

(3) *nurse's woman

は、詩的な何かを表わすことを指摘できる可能性を
完全に排除することはできないが、
少なくとも、(1, 2)と同じ意味にはならない。

(2)は直訳すれば、

(4) a woman who is a nurse

となるであろうし、ほぼ同等の意味を表わすのであれば自然な英語では、

(5) a female nurse

と言うであろう。

ちょっとニュアンスは変わるかも知れないが英語の同格の
表現方法を使って、

(6) a woman nurse / a man nurse

という言い方も、(5)程無色ではないが、言えないわけではない。

いずれにせよ、英語の同格の表現には、 「's」は出てこない。

最初に戻って、

(7) men's idol

は、日本語の同格の「の」を、誤って「's」で直訳してしまった
ようにも見えるというのが私の仮説1である。でもその場合でも、
idolが単数なのはなお痛々しい。

「日本の男性アイドル」を英訳するのであれば、正しくは、(5)に倣って、

(8) (Japan's) male idols

あるいは

(9) the male idols (in Japan)

ぐらいが落ち着きが良かろう。

--

「仮説2」

日本には、シンガポールにおけるシンガポール英語のように、
自律して1つの言語体系となっている「日本英語」は無い。

他方、応用言語学で用いられる、「中間言語」という概念が
援用できるかも知れない。

ある言語Aの話者が、言語を母語として獲得できる年齢を
過ぎて言語Bを習得した際に、誤用を含むターゲット言語Bを
「中間言語」と呼ぶことがある。

これとて、同様のパターンが繰り返されることはあるかも
知れないが、全体として1つのシステムをなしているという
ことではないであろう。

ともあれ、日本語を言語Aとし、英語を言語Bとしたときに、
英語を学習中の日本人が、日本語の特徴を英語に反映させた
「中間言語」を用いることがある。

その「中間言語」で、日本語の「の」の同格の用法を
英語の「's」に影響させて使ってしまったというのが
仮説1の説明ともなり得る。

他方、最近の日本の「中間言語」英語では、

(10) メンズ

を「複数の男」の意味で使うことがあることが
指摘できる。そこには、属格的な意味は(必ずしも)
絡んでこない。

日本語と英語のバイリンガルであるハリー杉山氏は、
英語ではもちろん使うことはあるまいが、
日本語の中では、「複数の男」の意味で、
(10)を使うことができるほどにナチュラルな
(若年層の)日本語の使い手である。

この(10)からすると、

(11) メンズアイドル

とは、「中間言語」で、(10)を含み、しかし
「ズ」は同格を表わしているのではなくあくまでも
「中間言語」で複数を表わす「ズ」なのかも知れず、しかし

(12)メンズアイドルズ

は冗長に思えて、(11)に落ち着けたのかも知れない。

もう1つのオルターナティブな説明は、(11)は、2つの名詞を並べた
同格表現であるが、その前項「メンズ」は、複数形として
定着している一方、後項「アイドル」には数の標識は付かず、
単数でも、複数でも「アイドル」としかならず、
「アイドルズ」は、件の「中間言語」では使わない
ので、(11)に落ち着いているというものである。

--

ともあれ、(11)は、意図している「男性アイドル」の意味に
使おうというのは、「中間言語」の地位を高めようじゃないか!
とでも言うムーブメントの一環か、さもなければ
シンガポール英語のような「日本英語」を創設し定着させよう
というのでもなければ、やっぱり恥ずかしい。

2019年11月 4日

Men's Idol再考

先日は青土社だけを責めてしまった
「Men's Idol考」でしたが、
http://vakxsergiev.blog68.fc2.com/blog-entry-5395.html

カタカナの「メンズアイドル」で検索したら、
ゴマンと出てきますね。

と言うことは、これは、社会学、カルチュラル・スタディーズ界隈とか、
青土社が編み出したものではなく、日本では、既に定着しているんですね。

これは、従来からの用語で言えば和製英語だし、
最近の応用言語学の用語で言えば「中間言語」でしょう。

ただ、和製英語というのは、完全に日本語という
システムの中の一部分であるのに対し、

「中間言語」と言うのは、外国人(ここでは日本語人)が
英語(などの外国語)を学ぶ際に、正しい形を
学び損ねて産出する誤用の束のことですので、
厳密には違う物です。

先日のブログでは、Men's Idolという表現が生まれた
幾つかのプロセスを推定しました。

再度、それを整理し直してみます。

どれも、英語を学ぶ日本人が産出したものであれば
「中間言語」でしょうし、

単に、日本語のシステムの中にある、外来語のそのまた
一部だとすれば、外来語(但しローカライズされたもの)
ということでしょう。

「仮説1」
日本語話者が、英語を学ぶ際に、「の」と「's」の違いに
気がつかないで誤用をしてしまったという説です。

前のブログのように、日本語の「の」には、同格(apposition)
用法というのがありますが、英語では、同様の同格を表わすのに
「's」は使わないということです。

(1) 看護師の女性

(2) *nurse's woman

というのは誤訳であるということです。

より自然な翻訳の1つは、

(3) a female nurse

でしょう。

Men's Idolに戻ると、「MenであるところのIdol」という
お積もりだったのかな?というのが「仮説1」の推測です。

それでも、複数形のidolsになっていないのは、
もし、これが本チャンの英語として使っているつもりの場合は、
尚、痛々しいです。

「仮説2」

メンズはもはや和製英語であって、「複数の男性」を
意味する言葉として定着しています。

もはや、ほとんどの用例では、「's」の属格的な意味は
出てこないです。

英語にはない、「ボリューミーな」とか、「エンカウント」なんかと
同じ類の物です。

となると、「's」を使わない、英語の同格表現っぽく
和製英語を繋げて、

(4) メンズ(であるところの)アイドル

ということなのではないかと。

どうしても英語に近づけたい私は、

(5) *メンズ・アイドルズ

じゃないか?とも思うのですが、どうやら、
メンズは、メンズとしてしか使われず、
複合語の一部をなす場合を除いては、「メン」すら
自立した名詞としては、和製英語では
使わない感があります。

他方、アイドルの方は、複数のマーカーを付けた
「アイドルズ」の方が使われていなくて、
アイドルが、単数・複数のどちらともとれる文脈でも
使われるのでしょう。

和製英語では、単複両方が揃っていることの方が
おそらくは少数派で、

子供は、キッズですね。キッドは稀です。

女性は、ウーマンと、ウイメンが揃っている例外です。
更には、ウイメンズまであります。

レディーと、レディース(レディーズではない)
は意味が分化しているかも。

レディーは、淑女の意味で、

レディースは、女性ものの衣服か、(過去の)女性の珍走団の
ことでしょう。

ということで、メンズアイドルとは、和製英語で、
メンズとアイドルを同格で繋いだものなのでしょう。

その際に、「ズ」は、日本語の「の」っぽいものかな?
と意識する人もいるだろうし、そうではなくて、
メンズ(複数の男)の一部だと考える人もいるでしょう。

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