2021年度 第3回FINDAS研究会「インド文学と情動―音韻と歴史小説」
2021年度 第3回FINDAS研究会
(共同利用・共同研究課題「南アジアの社会変動・運動における情動的契機」2021年度第2回研究会と共催)
「インド文学と情動―音韻と歴史小説」
【日時】 2021年7月10日(土)13:00-16:30
【場所】 ZOOM会議
【報告】
◇丹羽 京子(東京外国語大学)
「押韻が喚起するもの」
本報告は、これまでのベンガル詩と押韻の関係を踏まえ、実際にベンガル詩を押韻の観点から分析し、押韻の効果について考察した。もとよりベンガル詩では押韻が絶対的な規則であった。一方、19世紀に入ると、英国文化の影響を受け、モドゥシュドン・ドットがベンガル文学史上初めて無韻詩で詩作を行う。それまで単なる規則として受け入れられてきた押韻が詩作上の束縛であると捉えられるような風潮も生まれた。しかし、無韻詩という選択肢の浮上で、押韻、無韻の選択が行えるようになり、同時に押韻に関するさまざまな考察がなされるようになる。モドゥシュドンの後、タゴールの時代からまた押韻への回帰が起こり、現在に至るまで様々な詩人により押韻詩は制作され続けており、韻を踏むだけでなく押韻により生み出される詩的効果が様々な工夫のもとに追求されている。
◇萩田 博(元東京外国語大学)
「動乱文学とウルドゥー歴史小説家 ―情動という観点からの考察―」
本報告では、カイスィー・ラームプリーの『血』、ライース・アフマド・ジャアフリーの『聖戦士』、ラシード・アフタル・ナドヴィーの『8月15日』、M.アスラムの『イブリースの踊り』といったウルドゥー歴史小説のあらすじを紹介し、各々が描いたインド・パキスタンの分離独立を読み解く試みがなされた。これらの歴史小説ではしばしば序文に作家の執筆の動機が綿密に記述されるという特徴があり、作家の信念が色濃く反映されている傾向にある。
インド・パキスタンの分離独立を背景に書かれた文学作品(動乱文学)の代表的作家であるクリシャン・チャンダルやマントーの作品と比較すると、これらの歴史小説は、現実とされるものを疑念もなく受け入れ、政治や宗教といった問題に対する自己の信念を作中人物に語らせる傾向があるために、「分離独立の本質とは何か」といった方向に読者の思考を向かわせることがないという考察がなされた。また、ある意味でステレオタイプ化されたイメージがリフレインのようにして繰り返されることによって、ムスリムとして想定する空間が拡張され、新たな共同体の記憶として定着していく可能性を孕んでいることが指摘された。