2008年総統選挙の見通し (U)
― 陳水扁と民進党四天王の動向 ―
  • 復権した陳水扁(2007.3.25記)
  • 四天王の争い(2007.3.25記)
東京外国語大学
小笠原 欣幸

 民進党の予備選挙には4名の有力者が立候補した。党公認候補は5月30日に決まる。民進党の政権維持戦略を,予備選挙のプロセス,陳水扁総統の動向と合わせて分析する。

復権した陳水扁

 陳水扁総統は,2005年12月の県市長選挙での敗北,2006年5月の娘婿の逮捕,夫人の国務機要費疑惑で,野党陣営のみならず与党内からも強烈な批判にさらされていた。逆風を意識した陳水扁は,2006月5月31日謝罪会見を行ない,今後家族をいかなる公的活動にも関与させないと約束し,加えて,憲法が総統に付与している職権以外の権力を政府と党の幹部(事実上,行政院長の蘇と民進党主席の游)に「下放」すると発表した。だが,その後も野党からの罷免発動案提出の動きは止まず,市民運動型の倒扁運動まで発生した。
 この「下放」のアナウンスは党内の批判をかわすための煙幕のようなものであったが,求心力の低下ははっきりと現れていた。陳水扁の側近グループからも,批判を受けて辞任したり反旗を翻したりして離脱する者が出てきた。特に,陳総統の右腕のような存在であった総統府スタッフの馬永成、林錦昌の辞任は非常に痛かったはずである。この2人は,陳水扁が台北市長に当選する前から付き従ってきた側近中の側近である。同じ頃からの側近であった羅文嘉は,陳水扁を批判する側に回った。2006年11月3日には夫人が起訴され,陳水扁は政権について以来最大の危機を迎えた。李登輝はすでに陳水扁批判を始めていたので,台連が罷免手続きの発動に賛成する可能性があった。民進党の立法委員の中から10数名が造反すれば総統罷免のプロセスが動き出すという状況となり,いよいよ崖っぷちへと追い込まれた。
 陳水扁は,夫人が一審有罪になれば辞任すると宣言することで一定の譲歩を示し,その一方で,李登輝の頭越しに台連の支持を取り付け罷免の可能性を封じ,党内の反対派を押さえ込んだ。党内の陳おろしは不発に終わり,辞任を迫った新潮流派の林濁水と李文忠は立法委員を辞職した。陳水扁は粘り腰で危機を脱した。陳おろしに加わった人々は,逆に党内の「保皇派」(何があっても陳水扁を守ろうとする人々を指して台湾のメディアが使用している用語)から袋叩きにあった。しかも,馬英九にもスキャンダルが発覚したことで,台湾政治の風向きが変わった。2006年12月の台北高雄の両市長選挙では,民進党が2敗すると見られていたが,高雄市を確保し台北市でも善戦したことで,陳水扁は主導権を回復する。
 行政院が提出する重要法案は立法院でブロックされたままであるが,総統または行政院の権限で遂行できる施策が矢継ぎ早に打ち出されるようになった。中でも台湾アイデンティティに絡む名称変更が目立つ。台湾最大の国際空港は「中正国際空港」から「台湾桃園国際空港」へ,台湾の郵便局は「中華郵政」から「台湾郵政」へ,蒋介石を記念する「中正紀念堂」は「台湾民主紀念堂」へと変更されることが発表された。これらは当然,2008年に向けて台湾アイデンティティを盛り上げ選挙を有利に運ぼうという計算に基づいている。筆者は,任期切れが近づくにつれ陳水扁は必然的にレームダック化すると見ていたが,どうもそれは誤りであった。陳政権は一時期の停滞から脱したようである。(2007.3.25記)

四天王の争い

 民進党にとって最大の関心事は,2008年選挙で勝利して政権を維持することである。この点では,陳水扁と民進党はまったく一致している。しかし,陳には総統として自身のレームダック化を回避し主導権を維持するという目標がある。この点では,民進党の利益とは必ずしも一致しない。党の観点からは,後継者を早く擁立し,その人物が党運営,政権運営を掌握し,選挙戦を主導することが望ましい。だが,それは陳を脇に追いやることでもある。陳は退任後も影響力を維持するために自分に有利な形で公認候補決定にもっていきたい。かといって,総統選挙本番で負けたのでは元も子もない。陳は,支持率は低迷しているが党内最大の実力者である。後継候補にとって,陳水扁とどのような距離を取るかは深い計算を要する難しい問題である。2006年は,陳水扁とポスト陳水扁の担い手たちの間で激しい駆け引きが展開された年であった。その駆け引きは2007年に入り一層激しくなっている。
 民進党内では,後継候補は早い段階から,@蘇貞昌,A謝長廷,B游錫堃,C呂秀蓮の4名に絞られていた。台湾のメディアは,この4名の有力者を指して「四天王」と呼んでいる。4名はほぼ同じ年齢で,日本で言う団塊の世代に属している。いずれも閩南系本省人で,弾圧を覚悟して国民党の権威主義体制と闘い,民主化運動を担ってきた。呂は,1979年の美麗島事件で逮捕され懲役12年の判決を受けた(5年の服役後保釈)。蘇と謝は,陳水扁と同じく弁護士として美麗島事件に関与した。游は,美麗島事件で逮捕投獄され家族が惨劇に遭う林義雄台湾省議員の支援をしていた。このような背景を共有することから,4名は台湾アイデンティティについてほぼ共通の認識を持っている。いずれも政治家として20年以上の経験を積み,厳しい条件下で選挙を闘い,政治的判断力を試される多くの試練を経てきた。呂は副総統,游,謝,蘇は行政院長を歴任し,総統を狙う十分な政治経歴を有している。

民進党の予備選挙立候補者
蘇貞昌
行政院ホームページ画像
1947年7月生まれ
屏東県出身
59歳
台湾大学法律学科卒 屏東県長,立法委員,
台北県長,党主席を歴任,
現行政院長(2006年1月〜 )
謝長廷
謝長廷ホームページ画像
1946年5月生まれ
台北市出身
60歳
台湾大学法律学科卒
京都大学大学院博士課程修了
立法委員,高雄市長,党主席,行政院長(2005年2月〜06年1月)を歴任。
游錫堃
民進党ホームページ画像
1948年4月生まれ
宜蘭県出身
58歳
東海大学政治学科卒 台湾省議員,宜蘭県長,党秘書長,行政院長(2002年2月〜05年2月)を歴任,現党主席。
呂秀蓮
総統府ホームページ画像
1944年6月生まれ
桃園県出身
62歳
台湾大学法律学科卒
ハーバード大学大学院修士課程修了
立法委員,桃園県長を歴任,現副総統(2000年5月〜 )
 画像は行政院ホームページ 謝長廷ホームページ 民進党ホームページ 総統府ホームページ
 蘇貞昌は,謝長廷の福利国連線派に属していたが,しだいに新潮流派との連携を深めるようになった。蘇と陳水扁との関係はもともと良好であったが,蘇が後継候補として浮上してくるにつれて,陳との緊張関係も目立つようになった。蘇は親しみやすくエネルギッシュな政治家として知られ,突進を意味する「衝衝衝」と言えば蘇のことを指すとほとんどの台湾人が知っている。現職の行政院長として,活動を広くアピールできる利点がある。謝長廷は,陳水扁と同じような経歴を歩み,陳と長年のライバルの関係にある。1994年の台北市長選挙で謝は陳と党の公認を争ったが,最後は謝が陳に譲った。謝は非常にしぶとい政治家として知られ,政治的敗北をしても政治生命を失わないことから「九命怪猫」と形容されている。謝は,彭明敏と組んで出馬した1996年の総統選挙で惨敗したが,1998年の高雄市長当選で復活した。2006年1月には陳水扁によって行政院長を事実上更迭されたが,2006年12月の台北市長選挙に活路を求め,敗北が決まっているこの選挙で善戦し復活を果した。
 游は陳水扁を忠実に支えてきた人物として知られている。陳政権発足後,游は行政院副院長に就任したが,直後に発生した水害事故の責任を取って辞任し陳水扁を守った。その後も行政院長,総統府秘書長,党主席として一貫して陳を支えてきた。台湾の政治家の中にあっては,非常に穏健で目立たない性格の人物である。しかし,予備選挙に向けてかつて見られなかった闘争心を見せ,独立派寄りの発言を繰り返している。呂秀蓮は陳水扁の正義連線派に属していたが,派内でも党内でも独立独歩の人物となった。呂は,長年にわたり女性,少数者の人権擁護活動を展開し,女性として最高位の公職にある。呂は,台湾の国連加盟運動の推進者としても知られ,独立派の支持を集めている。こうした行動が尊敬を集める一方,呂の強気の性格を不安視する人もいる。2000年総統選挙で陳水扁は呂を副総統候補に指名したが,それは選挙の考慮によるもので,陳と呂の関係はよいわけではない。
 この4名の中で有力視されているのは蘇と謝である。『中国時報』の民意調査(調査時期2007年2月27日〜3月2日,有効回答数1266)では,「支持誰代表民進党参選総統」という質問に,蘇という回答が27.3%,謝21.6%,呂11.5%,游5.1%,「沒意見」34.4%であった。TVBSテレビ局の民意調査(調査時期2007年3月21日,有効回答数1121)では,蘇24%,謝20%,呂10%,游4%,誰も支持しない/未決定が42%であった。 蘇の強みは台湾南端の屏東県と北部の台北県の県長を歴任していることである。この間に人脈を広げ,自分の支持グループを作り上げた。一方の謝も,台北の出身で台北市議,立法委員(台北市選出)を経て,南部の高雄に拠点を移し,高雄市長に当選し,新たに支持を開拓した実績を有している。予備選挙でこの2人が対決することになれば,党内最大派閥の新潮流派が蘇を支援し,反新潮流派は謝を支援するという構図になるであろう。両氏の党内の支持勢力は拮抗している。
 民進党は2006年7月に党内派閥の解散を決議している。もともと党内派閥で結集力を持っていたのは新潮流派のみで,他派はゆるやかなグループにすぎなかった。そのため新潮流派に対する他派の反発は強い。その新潮流派も結集力が弱まり,党内は全体的にポスト陳水扁に向けて再編成の過程にある。謝,呂は以前から反新潮流派である。游は反新潮流派と連携し蘇への攻撃を強めている。民進党内の新たな権力構造は,予備選挙そして総統選挙本番を通じてこれから形成されていくことになる。(2007.3.25記)
【続く】

2008年総統選挙の見通し(T)は こちら

           
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