フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪    『アジ研 ワールド・トレンド』2016年12月号
特集 蔡英文政権の成立と台湾政治の今後


国民党の今後
東京外国語大学
小笠原 欣幸

                            





 2016年選挙での国民党の敗北は民進党の勢力拡大を背景とする「地殻変動」と言うべき大きな構造的変化の結果であり一時的な現象ではない(参考文献1)。議会の過半数を擁する民進党政権の登場が国民党をさらに追い込む政治プロセスがすでに発生している。
 国民党は戦後台湾を支配・統治してきた一強政党としての歴史的役割を終え、今後は中国共産党と連携しながら台湾の選挙を戦う政党となるであろう。政権復帰は極めて厳しいが消滅するわけではなく、三分の一程度の勢力を擁する政党として影響力を行使していくことになる。

● 混乱する国民党
 中国ナショナリズムを原点とする国民党は、近年台湾社会で高まる「台湾アイデンティティ」との相性が悪い。民主化後、国民党はゆるやかに弱体化し2000~08年の一時期は政権を失ったが、立法院や大半の地方議会で過半数を維持し実質的な支配権を確保してきた。何度か分裂の危機があったが巨大な党組織を保ち政権を奪還する底力も見せた。しかし、馬英九政権の八年は内政が停滞し、大きく進展した対中政策も選挙民の疑問・反対が高まり、馬総統の支持率は低迷した(参考文献2)。
 13年8月に馬が党主席再選(任期四年)を決めた時は、問題が蓄積していたとはいえ比較的安定していた。党内の混乱は、13年9月に馬が王金平立法院長の追い落とし政争を仕掛けた時から始まった。その後の14年統一地方選挙の大敗で馬が党主席を辞任し朱立倫が後を引き継いだ。
 馬政権の失政により16年選挙はもともと国民党にとって不利であったが、選挙戦のプロセスに洪秀柱(立法院副院長)が躍り出たことで選挙情勢は一層悪化した。洪は国民党の予備選規定に則り公認候補に選ばれたが、途中で降ろされるという珍事が発生した。朱立倫が新たな総統候補となったが蔡英文に大差で敗れ、立法委員選挙でも国民党は過半数を失った。
朱が敗北の責任をとり辞任し、残り任期を務める党主席を選ぶ補選で選ばれたのが洪である。任期は来年八月までなので党内の関心は来年の主席選挙に移っている。

● 構造的問題
 洪指導部が直面する問題は、①地盤、②資金、③路線、④人材の四点に整理することができる。
 ①国民党の支持基盤の柱は、北部の軍人・公務員・教員の組織、および中南部の地方派閥であるがどちらも揺らいでいる。蔡政権が年金・退職金制度改革を進めているので前者の支持者が既得権を失うことを恐れ国民党支持に回帰しているが、逆に国民党が既得権益擁護の党との印象を強め選挙民全体で支持を伸ばすのは難しくなる。後者については、地方の県市の多くはすでに民進党が執政しているので各地の地方派閥が国民党支持で再結集することは考えにくい。
 ②国民党は巨額の党資産を擁し党の運営資金に充ててきたが、この七月民進党と時代力量が国民党の反対を押し切り「不当党産処理条例」を立法院で可決させた。これは国民党が過去に不当な方法で取得した資産を調査し没収しようという法律である。国民党は党営事業の利益などの資金源を絶たれ財政的に窮地に陥ることが予想される。選挙区に使える資金も減り選挙への打撃は避けられない。
 ③馬は08年に国民党の「台湾化」を唱えて選挙に勝利したが、習近平との駆け引きの果てに「台湾化」も「中華民国擁護」も後退した。党内は、中国ナショナリズムへの回帰によって党勢の立て直しを主張する深藍勢力と、台湾色を強めることで党勢の立て直しを主張する本土派勢力とに割れている。党員構造により前者の主張の方が党内で支持が多いが、それは台湾アイデンティティが強まった台湾社会の潮流から外れる。
 ④国民党は中堅世代以下の人材の層が薄い。実力者は60歳以上に偏り、洪主席は68歳、来年主席選挙出馬の可能性がある呉敦義前副総統も68歳で、50代で全国的知名度と実力を備えた人材は総統選挙で敗れた朱立倫しかいない。馬は八年の間、立法委員や県市長をほとんど閣僚に登用しなかった。ベテラン政治家が居座り新陳代謝が進まなかった。それに対し民進党は蔡英文(60歳)後のリーダー候補として50代、40代の人材が多く控えている。

● 国民党に不利な制度
 来年の党主席選挙を経て洪が党内基盤を固めたとしても、あるいは呉が主席に当選し党指導部を刷新したとしても、これらの構造的問題の解決は困難である。
 加えて、選挙に関して国民党に不利な制度・慣行が二つできている。一つは、すべての地方自治体の首長・議員選挙が同時に行なわれる統一地方選挙方式が作られたことであり、もう一つは、総統選挙・立法委員選挙の同日投票方式(ダブル選挙方式)である。
 台湾の地方選挙は個別に行なわれていたが、14年から県市長・県市議員などすべての地方公職選挙の投票が同日に実施されるように制度が改正された。これは中央レベルのアピール力はあるが地方組織が弱かった民進党に有利で、個別候補が堅い後援会組織を有する国民党にとっては単独選挙の方がやりやすい。しかも民進党は地方で力をつけてきている。ここで示される民意の流れはその一年二か月後の総統選挙に直結する。
 二番目のダブル選挙方式は勢力の強い党が両方とる仕組みと言える。別々に選挙を行なえば与党を勝たせ過ぎない方がよいという批判票が野党に流れ、立法委員選挙では議席が接近する可能性がある。しかし、ダブル選挙となれば両方の選挙で同じ党の候補に票を入れる一致投票が増えるので、強い総統候補を擁する方が有利になる。
 また、立法委員選挙が単独であれば選挙区経営ができている国民党の地方派閥候補に有利だが、同日選挙となれば通常地元にいない選挙民が多く投票に出てきて、国民党候補には不利、民進党候補には有利になる。これら二つの制度・慣行はいずれも馬政権時代に導入されたので、国民党はいまさら反対とは言えない。

● 2020年選挙の展望
 五月にスタートした蔡政権の支持率は早くも低下しているが、国民党は不満・失望の受け皿になれていない。洪指導部は効果的な打開策を見いだせずにいる。北京と同じ立ち位置から「一つの中国」を受け入れない蔡政権を批判するのが手頃な方法となる。これだと過半数の票は得られないが三分の一の票を押さえることができる。
 政権の支持率の低下は台湾の政治経済状況からすると驚くことではない。むしろ、陳水扁も馬英九も高支持率があっという間に低下し四苦八苦しながらも再選にこぎつけた事例が参考になる。蔡英文も四年間の起伏を経ながら総統再選となる可能性が高い。
 一方、立法委員選挙はそれほど単純ではない。73の小選挙区での対決の構図が従来の二大陣営の一騎打ち型なのか、第三の勢力が登場して有力候補を立てるのかどうかなど、対決の構図がどうなるかが大きく影響する。現時点でそれは不明だが、一般論として、20年選挙では、国民党の復活を許さないという点で民進党、時代力量、および公民団体を母体とする勢力は団結する可能性が高い。
 国民党の再度の敗北を見届けてから緑陣営・中間派内で主導権争いが発生し台湾の政党政治の構造自体が変化する可能性があるが、それは後日の展開となるであろう。
 (おがさわら よしゆき/東京外国語大学大学院総合国際学研究院准教授)

 《参考文献》
1 小笠原欣幸「2016年台湾総統選挙・立法委員選挙の分析」小笠原HP
http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/ogasawara/analysis/election2016analysis.html
2 小笠原欣幸「馬英九政権の八年を回顧する―満意度の推移と中台関係の角度から」小笠原HP
http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/ogasawara/paper/look_back_on_ma's_eight_years.pdf

 アジア経済研究所の許可を得て小笠原ホームページに転載(2016年12月27日)

   









 

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