フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪   フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪  台湾五都物語
― 2010年台湾五都市長選挙の考察 ―
台北市と新北市の終盤情勢
東京外国語大学
小笠原 欣幸


 台湾五都市長選挙の投票日まで残り10日となった。いよいよ終盤戦である。11月に入っていくつかの出来事が発生した。いずれも全国レベルの出来事であるが,五都のうち終盤の焦点となっている台北市と新北市の市長選挙への影響を検討してみたい。この北部の二都は,基本票の勝負になれば国民党の勝利が確実なので,民進党の蘇貞昌候補(台北市)と蔡英文候補(新北市)は藍緑の対決を避けて統治能力を強調し中間派選挙民にアピールする選挙戦を展開し,これまで一定の手ごたえをつかんでいるという状況にある。他方,国民党の郝龍斌候補(台北市)と朱立倫候補(新北市)は都市政策をアピールしつつも,当選できなければ馬英九政権への打撃になるとして国民党支持者の危機感を高める選挙戦を展開している。
 @の台北市の最大のイベントである国際花博覧会は,郝龍斌市長の再選を左右する要因の一つになると見られてきた。郝市長はこの国際イベントを自分の実績にしようと利用してきたし,民進党は花博覧会に関係する諸問題を取り上げ郝市長の統治能力批判を繰り広げてきた。台北市政府では,市内の新生高架道路改修工事の発注をめぐる疑惑が発覚した。高架道路を飾る花の調達価格が異常に高かったことが民進党の市議によって暴露されたのである。9月に検察が捜査を開始し疑惑は事件となり,工事発注の責任者であった市政府の秘書長が容疑者として捜査の対象になって郝市長の選挙情勢は大きな打撃を受けた。
 花博は本来この高架道路改修工事の事件とは無関係であるが,花博で出展される花の調達価格にも疑問が出され,この事件とつながりがあるような印象が広がった。花博については,予算の規模や使い方,会場の設営,開催の時期についてすら異論が出されてきたが,とにかく開幕したことで一段落ということになるであろう。郝陣営では支持率が下げ止まる要因となったと見ている。その一方,花博は半年間の長期のイベントなので目前の選挙にすぐにプラスの効果を及ぼすというものでもないのではないか。高架道路改修工事をめぐる捜査は進行中である。
 Aの台北地方法院の一審判決は,金融改革は総統の職務権限ではないので企業家から金を受け取っても収賄に当たらないとして陳水扁前総統に無罪判決を下した。これは,総統の職務権限を憲法の条文に依って限定的にとらえ,陳水扁は権限を超越した行為をしたが罪刑法定主義の原則に照らして収賄の犯罪要件を満たさないと解釈した結果である。しかし,公務員が(総統も公務員である)金銭を伴う請託を受けて関係者に働きかけをすれば汚職で有罪となるというのが台湾の社会通念になっているので(摘発が十分かつ公正になされているのかは疑問があるが),法律のプロではない一般人には理解しにくい判決であったのではないか。ここのところ台湾の裁判所で,性犯罪,児童虐待犯罪で一般人の感覚と離れた量刑の軽い判決が相次ぎ,国民の司法への不信感が高まっていた。
 この判決に不満を抱いた人の矛先が民進党に向かう可能性もあったが,実際には国民党が打撃を受けるところであった。深藍の年配の支持者の中には,裁判所の判決は総統の責任であると誤解している人が少なからず存在する。その人たちは,陳水扁無罪判決を聞いて,馬英九総統がだらしないからこういうことになると憤り,五都市長選挙,特に台北市で,馬英九に教訓を与えるため郝市長に投票しないという気運が高まる可能性があったのである。国民党はそれをなだめるため,投票1週間前の11月21日に予定している郝陣営の街頭パレードのテーマに「司法改革」を加えた。これは,国民党が行政と立法を掌握している「完全執政」であるのに自分で自分にデモをするというようなもので,極めて異例のイベントになる可能性があった。
 そのような中,Bの三立テレビの討論番組の司会者鄭弘儀が下品な言葉遣いで馬英九総統を批判する失言事件が起こった。これは「搶救台灣行動聯盟」が台中市長選挙に出馬している民進党の蘇嘉全候補を応援する集会での三文字発言である。鄭弘儀は深緑の立場であるが民進党員ではないし,その集会も民進党の主催ではないが,五都の選挙戦で劣勢であった国民党は早速攻勢に転じ,下品・粗野というイメージを民進党にかぶせ民進党批判を大々的に展開した。下品な言葉遣いは両陣営とも珍しくはないが,有名人物が放送禁止用語を使ったのは不適切であろう。深緑の支持者は喝采を叫ぶが,中間派の選挙民は反感を抱く人もいるので,民進党にとって迷惑な応援演説であった。
 実は9月26日にも同じ台中で民進党立法委員の余天が,国民党の胡志強市長の夫人の身体障害を指した失言をしてしまい謝罪会見をしている。遡れば,陳水扁政権の末期にやはり下品な言葉遣いで馬英九批判を繰り広げていた教育部主任秘書が,2008年総統選挙の1週間前に決定的な失言をし辞任に追い込まれたのも台中の選挙集会であった。民進党が台中で思うように票を伸ばせないため,応援に入る緑陣営の人物は気負いすぎて失敗するのかもしれない。台中は民進党の鬼門のようである。いずれにしても,都市部中間派にアピールする選挙戦略を展開してきた蘇貞昌・蔡英文にとっては足を引っ張られる形になった。当の蘇嘉全にとっては,胡志強との差がようやく縮まってきたところで余天の失言事件があり,その影響が薄れてきたらまた失言事件という展開になってしまった。
 この失言騒ぎの中,Cの最高法院判決により陳水扁が関与した汚職事件のうち2件について有罪が確定した。Aの一審無罪判決は民進党への追い風であったが,今度は逆風に変わった。これまでは陳水扁は起訴されたが推定無罪という立場が取れたが,有罪判決確定により陳水扁の負の遺産が改めて民進党にのしかかってきた形だ。民進党は陳水扁時代の総括がきちんとできていないので,この判決が負の記憶を広範に呼び起こし,蘇貞昌・蔡英文に向かいつつあった都市部中間派の支持が離れるかもしれない。しかし,陳水扁の汚職事件のインパクトは,発覚から2年が経ち薄れつつあるのも事実である。投票の2週間前というタイミングでの最高法院判決であるが,台湾社会の潮流は非常に速いので影響は一時的なものに止まり投票日には基本構図に戻るのかもしれない。国民党の金溥聰秘書長は台北市の21日の街頭活動はカーニバルのようなお祭りムードのイベントにすると発表し,軌道修正した。
 取り上げた事例はいずれも藍緑の対立軸に沿うもので,藍緑対決ムードはじりじり高まりつつあると言える。藍緑対決を回避して中間派にアピールする蘇貞昌・蔡英文には踏ん張りどころであろう。TVBSの最新の台北市・新北市の民意調査では,終盤にきて国民党がやや有利になっているように見える。新北市の調査時期は11月7日〜9日で,Bの失言事件の影響が入ったと考えられる。台北市の調査時期は11月9日〜11日で,Bの影響に加え,Cの判決の影響も多少入ったと考えられる。最高法院の判決は11日午後のニュースで広く報道された。TVBSの電話民意調査は11日の18:30〜22:00にも行なわれている。しかし,これらの出来事の影響は長くは続かないとも考えられる。
新北市長候補者のTVBS民意調査 台北市長候補者のTVBS民意調査
 グラフはこの半年間の「明日投票だとすると誰に投票するか?」という質問への回答の推移である。これまでTVBSの民意調査では,国民党候補の支持が強めに出て民進党候補の支持が低く出る傾向があった。これまでの経験からすると,民進党候補のグラフは数ポイント分上方移動させると実態に近いものと思われる。台北市のグラフで明らかなように,途中,@の新生高架道路改修工事事件の影響がはっきりと現れ,郝陣営は危機感が高まった。TVBSの台北市の民意調査で民進党候補の数字が国民党を上回ったのは極めて異例である。藍系だが郝市長に不満な評論家の周玉冠(くさかんむり)は「大勢已去!?」とブログに書いた。一方,新北市の情勢について,候補者の活動を直接観察している人たちは,概ね,蔡英文の選挙スタイルは必死さをあまり強調しない独特のスタイルであると指摘している。朱立倫の活動が非常に周到で密度が高いことも概ね一致する見解である。しかし,TVBSの民意調査からはかなりの接戦であることが伺われる。蔡英文のイメージ戦略がある程度効果を上げているのかもしれない。
 言うまでもないが,紹介したTVBSの民意調査はその時点での情勢を反映しているにすぎない。TVBSの調査では今回の投票率は前回の市長選挙より上がると予想されているが,選挙戦はそれほど盛り上がっていないという指摘もある。蘇貞昌・蔡英文の選挙戦略からすると投票率はあまり上がらない方が2人に有利であろう。明日17日以降は民意調査の公表が法律により禁止される。あと10日,選挙情勢がどう動くのか,あるいは動かないのか,そして投票率はどうなるのか,注視が必要である。(2010.11.16記)

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