フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪   フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪  馬英九 習近平 中台トップ会談
― コメント ―
東京外国語大学
小笠原 欣幸




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 中台トップ会談から日数が経ち,会談の経緯が明らかになってきた。台湾の国家安全会議が事前に作成した馬英九総統の演説原稿には,「92年コンセンサス」の部分で「一つの中国」の中身についてそれぞれが述べ合うという「各表」の文字が入っていた。しかし,会談で先に発言をした習近平国家主席が台湾を刺激する発言を避けたことから,馬英九はその場の判断で中国側が嫌う「各表」を言わず,中国側と同じ解釈だけを述べた。その結果,取材カメラが入った会談の冒頭での両者の発言を基に「中台は一つの中国を確認した」と世界で報じられた。
 国際的には「一つの中国」は北京の主張を意味し,台湾に中華民国が存在するという「各表」はないがしろにされやすい。馬はその後の非公開の会談の中で確かに「各表」を語ったが,後の祭りである。また,馬が習に対しミサイル問題を提起したのはよかったが,「それは台湾に向けたものではない」という習の返答にその場で反応しなかった。そのため,台湾があたかも中国の説明に納得したような印象ができた。
 トップ会談開催のニュースを聞いた日本の台湾専門家の多くが直感的に危惧の念を抱いたはずだ。それは,権力基盤が固まった習近平と,与党国民党が空前の危機に陥り間もなく任期を終える馬英九とでは駆け引きで台湾に不利になるという見方からである。結果は,自分の一存で馬に恩を売った習が上手で,両首脳がにこやかに会談して「成功」を演出する中国ペースとなった。習の破格の笑顔と引き換えに台湾は国際社会でアピールするチャンスを逸したのである。
 馬政権は,中国と連携し独立派を弱体化させようとする一方で,中国に対しては中華民国の存在を主張し統一を事実上否定するという二重性を内包している。しかし,中国との関係改善を急ぐあまり台湾の民意の受け止め方への配慮がおざなりとなり,当初は高かった馬への支持も,馬政権の対中政策への支持もじりじりと下がっていった。
 昨年,馬英九はAPEC首脳会議に出席し習近平とトップ会談を行なうことでこの状況を打開しようと考えた。馬はAPEC出席の願望を公然と語り中国側にも働きかけたが,習近平が応じずそれは実現しなかった。馬に助け舟を出すなら,昨年が会談のタイミングであった。馬の願望が拒否されるのを見て,台湾の選挙民は「馬政権の対中政策もこの程度か」と見切りをつけたのである。そして昨年11月の統一地方選挙で国民党は大敗し,馬は国民党主席の地位を辞任せざるを得なくなった。馬政権は民意の支持を失った状態にあり,馬はその軌道修正ができないままトップ会談を終えた。
 ただし,これは馬政権の問題であると同時に,中台の実力差の問題でもある。昨年中国の漁船100隻が金門島沖に3日間居座って漁をしても台湾の海岸巡防署(海上保安庁に相当)は手出しができなかった。台湾の空域をかすめていく中国軍機の動きにも神経をすりへらしている。少し前のことになるが,2004年9月,当時の陳水扁総統が大統領専用機で澎湖島に向け飛行した時に中国空軍の戦闘機が大挙して台湾海峡中間線に接近してきた事例もある。おそらくは公表されていない動きがいろいろあり,日常的に圧力を受ける台湾の総統が中国の指導者と渡りあうというのは並大抵のことではない。台湾の苦悩は大きい。

 中台関係は,国共内戦の延長戦の段階から,統一を迫る中国と価値観が多様化する台湾社会が向き合う段階へと移り変わり,中国共産党と中国国民党が「一つの中国」を確認したかどうかで中台関係が決まるという段階は過ぎようとしている。今回の会談は確かに「歴史的」ではあるが,過去のプロセスの集大成であり,「冷戦後の東アジアに新たな歴史が刻まれた」と評するのは過大評価である。
 ではどうすればよいのか。中国は,国民党だけを相手にしてきたが,それでは台湾の民意の半分は中国への不信感を高めるばかりだ。自分の言うことを聞かなければ「地面が動き山が揺れる」と脅しをかけるのではなく,台湾のもう一つの民意を代表する民進党の蔡英文主席と条件をつけずに会談すべきだ。中台の和解は,習近平が蔡英文と会談してこそ動き始める。
 会談の目的は台湾の選挙に影響を与えるためとの解釈が多かったが,影響は限定的である。筆者は会談前後の数日間,選挙情勢の調査のため台湾中部の与野党激戦の選挙区を回っていたが,人々はいたって冷静で,中台の対話自体は歓迎しているが,会談への関心は比較的薄かった。中国人観光客が多い選挙区でも,中国ビジネスにかかわる中小企業が多い選挙区でも,農村選挙区でも,最大の関心は生活関連イシューである。しかし,台湾のありかたを気にしないわけはない。
 国際メディアの注目とは対照的に台湾の人々が比較的冷静なのは,会談では何の協定も結ばないことが予めわかっていたことと,会談が「台湾にとってよかった/まずかった」と思えば投票で意思を示せばよいという民主主義の観念が定着していることによる。
 来年1月16日の選挙で台湾の民意がどのように示されるのか,その結果を待ちたい。 (2015.11.19記)

本コメントの短縮版が『産経新聞』に掲載されました。

   

 
                        
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