2008年台湾立法委員選挙情勢  (その1)

東京外国語大学
小笠原 欣幸

                 

      各選挙区の候補者一覧    





はじめに

《表1》過去3回の立法委員選挙結果
-1998年2001年2004年
泛緑陣営70100 101
泛藍陣営134115 114
その他2110 10
合 計225225 225
 台湾政治を左右する二つの選挙が近づいてきた。来年2008年1月12日(土)に立法委員選挙が,ついで,3月22日(土)に総統選挙が行なわれる。半大統領制を採用している台湾は,議会の過半数を握らないと大統領の政権運営が行き詰まる。陳水扁政権は立法院で過半数を取れず《表1》,台湾政治は機能不全の状態が続いてきた。
 立法委員選挙まであと5ヶ月となり,民進党と国民党は,公認候補を大方決定した。今回の立法委員選挙は,2005年の憲法改正で,@立法委員の定数半減,A任期の延長(3年から4年へ),B小選挙区比例代表並立制の導入,が決まってから初めての選挙である。与野党の勝敗もさることながら,中選挙区制から小選挙区制へという選挙制度の改正がどのような影響をもたらすのか,政治学の観点から非常に興味深い選挙である。台湾の議会は,自らの定数を半減するという驚くべき「行革」をやってのけたのだが,この改革が議員の質の向上をもたらし台湾政治の発展につながるのか,大いに注目したい。

新制度の特徴

《表2》立法院のカテゴリー別定数
-旧制度新制度
選挙区168(74.7%) 73(64.6%)
原住民区8(3.5%)6(5.3%)
比例区49(21.8%)34(30.1%)
議席総数225(100%)113(100%)
( )内は議席総数に占める割合。
 新制度では,有権者は,自分の選挙区の候補に一票,比例区の政党に一票を投じる。比例区はブロック別ではないので,日本の参議院議員選挙と同じ仕組みである。旧制度では,有権者は選挙区の候補に一票を投じ,その候補の所属する政党の得票を合計して比例区の議席に反映させていた。選挙区数73という数字は,奇しくも日本の参議院の選挙区の改選議席数と同じである。
 新しい選挙区割りは中央選挙委員会が慎重な作業を行なった結果,大きな波乱もなく区割りが確定した。区割りの詳細は, 中央選挙委員会ホームページ を参照していただきたい。各県市への選挙区の割り振りは,全県に最低一議席配分という原則が採用されたため,人口の少ない離島の県でも議員を一人選出するので,一票の重みには大きな較差が生じた。原住民選挙区は,平地と高地の二つの大選挙区制が維持され,定数のみが8から6に変更された。比例区は,得票率が5%を超えた政党に議席が配分される原則は変わらない。比例区の比重は若干高まった《表2》。
 なお,立法委員選挙はこれまで12月に実施されてきた。今回は陳総統周辺が,立法委員と総統の選挙が12年に一度接近する(立法委員の任期が3年,総統の任期が4年のため)のを利用してダブル選挙を狙ったが,民進党の総統候補になった謝長廷がダブル選挙に消極的であったため,結局,立法委員選挙は1月に単独で実施されることになった。

新選挙区の得票率試算

 それでは,制度の変更が議席数にどのように反映されるのかを検証したい。《表3》は2004年立法委員選挙の各候補の得票を新しい選挙区に割り振り,緑と藍の両陣営を一本化して集計したものである。台北市の士林区,台北県の板橋市,三重市など選挙区が分割された地区は里のレベルまで計算してある。集計にあたり,国民党が現時点で無党籍候補の支援を決めている選挙区では,その候補の票は泛藍に算入した。《表3》は,おおむね,北部,中部,南部,東部,離島の順で並べてある。

《表3》 各選挙区の陣営別得票率試算
県 市選挙區泛 緑泛 藍無党籍備 考
台北市第01選區 44.3846.72 08.90北投區,士林區
第02選區 53.2539.0907.66大同區,士林區
第03選區 41.6948.0410.27 中山區,松山區
第04選區 38.3552.6009.05 内湖區,南港區
第05選區 42.0550.0707.88 萬華區,中正區
第06選區 34.7654.5710.67 大安區
第07選區 36.9754.4308.60 信義區,松山區
第08選區 31.8257.8010.38 文山區,中正區
台北縣 第01選區 44.11 55.3400.56 石門郷,三芝郷,淡水鎮,八里郷,林口郷,泰山郷
第02選區 54.6344.9700.39 五股郷,蘆洲市,三重市
第03選區 53.3646.1300.51 三重市
第04選區 49.8649.3900.75 新莊市
第05選區 52.9846.6200.39 樹林市,鶯歌鎮,新莊市
第06選區 49.21 50.4600.33 板橋市
第07選區 46.5553.1400.31 板橋市
第08選區 38.0761.1500.78 中和市
第09選區 30.9468.4700.59 永和市,中和市
第10選區 47.8251.8500.33 土城市,三峽鎮
第11選區 32.9766.3900.64 新店市,深坑郷,石碇郷,坪林郷,烏來郷
第12選區 43.6555.5200.83 金山郷,萬里郷,汐止市,平溪郷,瑞芳鎮,雙溪郷,貢寮郷
基隆市單一選區 36.8359.0104.15-
桃園縣第01選區   41.7555.8802.38蘆竹郷,龜山郷,桃園市
第02選區 47.78 40.6611.57大園郷,觀音郷,新屋郷,楊梅鎮
第03選區   38.0558.2403.71中歴市
第04選區   43.6953.1303.18桃園市
第05選區   39.0356.9004.08平鎮市,龍潭郷
第06選區 34.40 57.5608.04八徳市,大渓鎮,復興郷,中歴市
新竹縣 單一選區   36.9063.1000.00-
新竹市 單一選區   44.4948.7506.77-
苗栗縣 第01選區   45.4653.2701.27 竹南鎮,造橋郷,後龍鎮,西湖郷,通霄鎮,銅鑼郷,苑裡鎮,三義郷
第02選區28.70 69.1502.15頭份鎮,三灣郷,南庄郷,苗栗市,頭屋郷,獅潭郷,公館郷,大湖郷,泰安郷,卓蘭鎮
台中縣 第01選區   38.7656.2604.98 大甲鎮,大安郷,外埔郷,清水鎮,梧棲鎮
第02選區   38.1756.5205.32 沙鹿鎮,龍井郷,大肚郷,烏日郷,霧峰郷,大里市
第03選區   42.0752.3705.56 太平市,大里市
第04選區   46.5849.4303.99 豊原市,石岡郷,新社郷,東勢鎮,和平郷
第05選區   44.1448.5807.28 后里郷,神岡郷,大雅郷,潭子郷
台中市第01選區   40.7752.9406.29 西屯區,南屯區
第02選區   45.0452.4602.50 北屯區,北區
第03選區 49.3246.4404.24 西區,中區,東區,南區
南投縣第01選區   42.6553.2704.08草屯鎮,國姓郷,埔里鎮,仁愛郷,中寮郷,魚池郷
第02選區   44.1346.2609.61南投市,名間郷,集集鎮,竹山鎮,鹿谷郷,水里郷,信義郷
彰化縣第01選區   30.7644.6624.58伸港郷,線西郷,和美鎮,鹿港鎮,福興郷,秀水郷
第02選區   32.6254.1313.24彰化市,花壇郷,芬園郷
第03選區   28.4443.4428.12芳苑郷,二林鎮,埔鹽郷,溪湖鎮,埔心郷,大城郷,竹塘郷,埤頭郷,北斗鎮,溪州郷
第04選區   34.7347.9617.31大村郷,員林鎮,永靖郷,社頭郷,田尾郷,田中鎮,二水郷
雲林縣第01選區   34.5259.4406.04麥寮郷,臺西郷,東勢郷,褒忠郷,土庫鎮,虎尾鎮,四湖郷,元長郷,口湖郷,水林郷,北港鎮
第02選區   42.2855.0002.72崙背郷,二崙郷,西螺鎮,莿桐郷,林內郷,斗六市,大埤郷,斗南鎮,古坑郷
嘉義縣第01選區 50.6544.0305.32六腳郷,東石郷,朴子市,太保市,布袋鎮,義竹郷,鹿草郷,水上郷
第02選區 52.3137.8809.81溪口郷,大林鎮,梅山郷,新港郷,民雄郷,竹崎郷,中埔郷,番路郷,大埔郷,阿里山郷
嘉義市 單一選區 53.6845.8400.48-
台南縣第01選區 49.4945.7904.71後壁郷,白河鎮,北門郷,學甲鎮,鹽水鎮,新營市,柳營郷,東山郷,將軍郷,下營郷,六甲郷,官田郷
第02選區 49.5644.1906.26七股郷,佳里鎮,麻豆鎮,善化鎮,大內郷,玉井郷,楠西郷,西港郷,安定郷,新市郷,山上郷,新化鎮,左鎮郷,南化郷
第03選區 50.1145.6904.19永康市,仁コ郷,歸仁郷,關廟郷,龍崎郷
台南市第01選區 52.8638.2208.92安南區,北區,中西區
第02選區 50.7344.1005.17安平區,南區,東區
高雄縣第01選區 53.7140.8505.44三民郷,桃源郷,甲仙郷,内門郷,杉林郷,六龜郷,阿蓮郷,田寮郷,旗山鎮,美濃鎮,茂林郷,燕巢郷,大社郷,大樹郷
第02選區 50.6143.6705.73茄萣郷,湖內郷,路竹郷,永安郷,岡山鎮,彌陀郷,梓官郷,橋頭郷
第03選區 58.2838.6203.10仁武郷,鳥松郷,大寮郷,林園郷
第04選區 52.5043.9503.56鳳山市
高雄市第01選區 46.7545.4807.77楠梓區,左營區
第02選區 53.9637.2708.76鼓山區,鹽埕區,旗津區,三民區
第03選區 54.6034.3611.04三民區
第04選區 53.6432.0214.33前金區,新興區,苓雅區,前鎮區
第05選區 56.2128.9114.88小港區,前鎮區
屏東縣第01選區 55.0442.6702.29里港郷,高樹郷,三地門郷,霧臺郷,九如郷,鹽埔郷,長治郷,内埔郷,瑪家郷,泰武郷,竹田郷,萬巒郷,潮州鎮
第02選區 46.2450.2403.52屏東市,麟洛郷,萬丹郷
第03選區 56.8641.6601.48新園郷,崁頂郷,南州郷,新埤郷,來義郷,東港鎮,林邊郷,佳冬郷,枋寮郷,春日郷,枋山郷,獅子郷,牡丹郷,車城郷,滿州郷,恆春鎮,琉球郷
宜蘭縣單一選區 53.5746.4300.00-
花蓮縣單一選區   31.0066.4502.54 -
台東縣單一選區   37.9961.5900.42 -
澎湖縣單一選區   39.4759.8700.66 -
金門縣單一選區   05.9254.0740.01 -
連江縣單一選區   04.4095.6000.00-
中央選挙委員会資料を参照し筆者独自に算出。


《表4》比例区の各党獲得議席数試算
-民進党台 連国民党無党籍
補正後得票率 36.4% 7.8%53.1% 2.7%
議席配分率37.5% 8.0%54.5%0.0%
比例区議席数13 3180
中央選挙委員会資料を参照し筆者独自に算出。
 選挙区の試算の結果,2004年の各党の得票率パタンが再現された場合,泛緑陣営は73の選挙区のうち27議席しか取れないことがわかった。原住民選挙区では,民進党が平地で1議席維持できる。次に,比例区の議席を試算してみる。親民党は国民党との共同会派として比例区に出る見込みなので,親民党の得票は国民党に算入した。台連は,民進党との共同会派を否定しているので前回の数字をそのまま使用する。2004年の無党籍候補のうち,緑藍の属性がある程度明らかな候補の得票数を泛緑と泛藍に分類し,民進党と国民党の得票率に加えた。この補正後の得票率は,筆者独自の試算用の数字なのでご注意いただきたい(詳細は,拙稿 2004年台湾立法委員選挙分析を参照)
 なお,第三社会党,農民党などの新政党が候補を擁立する準備をしている。これらの新政党は比例区での議席を狙うと報じられている。民進党と国民党に影響が及ぶであろうが,現時点では5%の壁を超えることは難しいと思われるので,両党の議席配分率にはあまり大きな影響は与えないであろう。むしろ,台連が5%の壁を超えられるのかが焦点になってくるかもしれない。
 比例区の試算の結果,獲得議席数は,民進党13,台連3,国民党18となる《表4》。これらを合計すると,泛緑陣営は44議席,泛藍陣営は69議席となる。このように,2004年の各党の得票率パタンが再現された場合,国民党の圧勝となる。これを[Simulation 1]とする《表5》。この数字をベースにして,民進党が得票率を2ポイント増やし,国民党が得票率を2ポイント減らすという条件で[Simulation 2]を,逆に,民進党が得票率を2ポイント減らし,国民党が得票率を2ポイント増やすという条件で[Simulation 3]を計算してみた。民進党が2ポイント増やし,国民党が2ポイント減らすという[Simulation 2]程度のスイングでは,泛緑陣営は過半数に及ばない。逆に,民進党が得票を減らす[Simulation 3]では,泛藍が議席総数の3分の2に迫り,総統罷免投票の発動も視野に入れることができる。 最後に,泛緑陣営が過半数を獲得するためにはどれほどのスイングが必要かを[Simulation 4]で試算した。その結果,2004年選挙と比べて,民進党が4ポイント増やし,国民党が4ポイント減らすという状況でようやく過半数が実現することがわかった。4つのシミュレーションは,得票率はわずか2ポイント刻みであるが議席数は大きく異なり,小選挙区制のすさまじい衝撃を感じさせる。中選挙区時代の感覚はまったく通用しない。台湾の選挙民は,開票後の議席数を見て驚くことになるであろう。

《表5》 新選挙制度での各党獲得議席数試算
過半数は57 Simulation 1
2004年と同じ得票率の場合
Simulation 2
民進党+2 国民党-2の場合
Simulation 3
民進党-2 国民党+2の場合
Simulation 4
民進党+4 国民党-4の場合
( )内は定数泛緑 泛藍 泛緑 泛藍 泛緑 泛藍 泛緑 泛藍
選挙区(73)2746314223503934
原住民区(6)15150615
比例区(34)1618171715191816
総数(113) 4469 4964 3875 5855
中央選挙委員会資料を参照し筆者独自に算出。

7月末時点でのまとめ

 現時点での候補の一覧は,別ページに整理した。→  こちら
候補者の顔ぶれからみて,わかることを触れておきたい。国民党と親民党の候補調整は,国民党が6選挙区(台北県2,台北県4,台北県7,台中市3,高雄県1,花蓮県)で譲歩し親民党の候補を共同推挙することになった。調整ができていないのは4選挙区(桃園県3,台中県3,台中市2,高雄市1)のみである。この4選挙区で国親両候補がそのまま立候補した場合,泛緑が漁夫の利を得て議席を獲得しそうなのは台中県3と台中市2の2選挙区である。馬英九の党首辞任,党首補欠選挙,王金平と馬英九の対立などで国民党は司令塔不在と言われたが,その中にあっては,国民党と親民党の調整は予想以上に進んだと言える。国民党はさらに,無党籍の有力現職が立候補を表明した5選挙区(苗栗県2,台中県2,台南県2,屏東県1,澎湖県)で公認候補擁立を見送りこれら無党籍候補の支援を決めた。立法委員選挙に関しては,国民党が民進党に対し先手を取ったと見てよいであろう。国民党にとっての不安材料は,予備選挙での敗退を納得していない候補が無所属で出馬する可能性があることである。彰化県では情勢が一変する可能性もある。
 一方,台連が現時点で公認している17人の選挙区を見ると,民進党が台連の支援なしでも当選できそうな選挙区が4つ(高雄市3,高雄市4,台北県2,屏東3),もともと泛緑の当選が難しいのが9選挙区(台北市5,台北市6,台北県1,台北県6,台北県9,桃園県4,台中県4,彰化県4,雲林県2),泛緑が議席を失うのが4選挙区(台北県5,台中市3,嘉義市,台南市2)である。選挙協力が不調に終わり民進党と台連が競合することになれば,上記の[シミュレーション1]で泛緑は4議席マイナスとなり,民進党にとって大打撃となるし,台連は一人も当選できない。選挙協力は不可欠であるが,民進党はこれらの選挙区の多くで激しい予備選挙を経て候補が決まった経緯があり,簡単に台連に議席を譲ることもできない。選挙協定が成立するまで曲折が予想される。
 試算通りになりそうにない選挙区もすでにいくつかある。大きな枠組は緑藍両陣営の対決だが,個々の候補者の資質,強弱も当然影響してくる。地方では小選挙区制による政党対決と従来型の派閥対決が入り混じるであろう。雲林県2は,張派と許派の対立が激しく,国民党中央は調停をあきらめ両派の出馬を認めた。一般的に言って,国民党の得票率は地方派閥候補がそれぞれ競い合いながら票を掘り起こした集合体であるため,小選挙区制で候補を一人に絞って,本当に票を維持できるのか不確定な要素がある。その点,民進党は県市長選挙や総統選挙のように1対1の対決に比較的強いという実績がある。その選挙の巧さが小選挙区制でも発揮されれば民進党のプラス要素になる。また,台北市2のように過激なパフォーマンスで知られている現職が何人か民進党公認候補に決まった。緑優勢地区とはいえ,こうした候補が深緑から浅緑までの幅広い支持票を確実に固めることができるのか,これも不確定な要素である。そして,台湾の選挙民が陳水扁政権の8年間をどう評価するのか,与党の民進党にとってそれが最大の不確定要因である。

※各選挙区のデータ処理でバテましたので,中途ですが現時点での試算をアップします。立候補者が確定する11月に,各選挙区の情勢分析を行ないたいと思います。(2007.8.2記)


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