2004年台湾立法委員選挙分析


概 況

 今回の立法委員選挙の焦点は,陳水扁陣営(=泛緑陣営)が過半数を獲得できるかどうかであった。民進党は3月の陳水扁再選の勢いを議席増に結びつけることができず,李登輝前総統の率いる台連も伸び悩み,陣営全体としては,前回の議席数を1つ上回っただけであった。民進党は,政権与党としての行政資源を使って各地で国民党系の地方政治家を篭絡し得票を増やそうとしたが成功しなかった。定数の多い地域(桃園県,台中県など)で候補者を増やし過半数獲得の勝負に出たが,支持基盤の拡大がうまくいかなかったため共倒れとなった。
 国民党は,地方派閥がしぶとく生き残り,巻き返しに成功した。親民党は支持者の先祖帰り(国民党支持への回帰)を食い止めることができなかった。議席を決めたのは個々の選挙区における候補者の力量であるが,陳水扁が選挙戦の終盤で台湾アイデンティティを強調する発言を繰り返していたことから考えて,台湾の選挙民は,台湾アイデンティティがこのまま勢いづくことを警戒したと言える。
 台湾ではすでに現行の中選挙区制を改め,日本と同じ小選挙区比例代表並立制の採用が決まっている。台湾の政党政治は3年後の2007年立法委員選挙に向けて民進党と国民党の2大政党体制へと移行するであろう。台湾の内政は過去4年間と同じく行政院(与党)と立法院(野党)とが対立し,行き詰まり状態が続くであろう。台湾政治の方向が定まるのは2007年12月の立法委員選挙および2008年3月の総統選挙へと持ち越された。与野党両陣営間および各陣営内での主導権争いが始まるであろう。
 中台関係は,依然として波乱含みだが,主導権は中国側に移ったと言える。陳水扁総統は引き続き国際社会における台湾の地位をアピールしようと試みるであろうが,国内の政治基盤が揺らぎインパクトが弱まることは否めない。中国は,当面陳水扁政権を相手にしないであろう。中国は,ASEAN諸国や日本に働きかけ台湾を孤立させる政策を強化するであろう。陳水扁総統は,国内政治の混乱で足を取られ,国際的にもアピールの手段を失うことで焦りの色を見せるのではないか。中国がこの状況をチャンスと見て対台湾攻勢を強めていけば,台湾アイデンティティを刺激し逆効果になる。双方にらみ合いの状態が続くであろう。

【個々の選挙区の当選者一覧】


2004年台湾立法委員選挙分析
― 方向の見えない選挙 ―

東京外国語大学
小笠原 欣幸

― 本稿は『問題と研究』第34巻5号(2005年2月)に掲載されたものです ―


表1 選挙結果
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議席数得票率
民進党8935.72%
台連12 7.79%
国民党* 80 32.95%
親民党 34 13.90%
その他 10 9.63%
*国民党は新党を含む

 2004年12月11日に投開票が行なわれた台湾の立法委員選挙は,国民党,新党,親民党の野党陣営(以下,泛藍陣営と記す)が過半数の113議席を1議席上回る114議席を獲得した。過半数獲得を目指していた民進党と台湾団結連盟(以下,台連と記す)の与党陣営(以下,泛緑陣営と記す)は,事前の予想を下回り101議席しか獲得できなかった(表1)。今回の立法委員選挙の意義については他の論文で論じられているので,本稿では,投票結果を整理し,前回の2001年立法委員選挙の投票結果との比較において見えてくる有権者の 投票行動を分析していく(注1)。結論を先取りすれば,今回の立法委員選挙は方向性の定まらない選挙であった。陳水扁再選という総統選挙の結果を受けて政党支持構造の変動が始まるかと思われたが,泛緑・泛藍の勢力図は2004年総統選挙前の局面に戻った。有権者が発したメッセージは,棄権票も含めて方向が定まらず,選挙民の迷いや躊躇を示したものと言える。台湾政治は混迷が続き,新しい選挙制度が導入される2007年の次回立法委員選挙も試行錯誤の場となるであろう。

1.泛緑の敗北,泛藍の勝利なのか?

 今回の立法委員選挙の焦点は,陳水扁総統を支持する民進党と台連の泛緑陣営が過半数を獲得できるかどうかであった。結果は,国民党の連戰主席が勝利宣言をし,民進党の陳水扁主席が敗北を認めた。図1は1995年以来の立法委員選挙における各党の得票率の推移を表すグラフである。国民党は前回2001年の立法委員選挙での得票率と比較して4.27ポイント上昇した。確かにこれは勝利宣言に値する数字であろう。しかし,今回新党は8人の候補者を擁立し,うち7名を国民党の名義で立候補登録している。これら7名の新党の候補者が獲得した248926票は国民党の得票に算入されている。これは得票率では2.56%で,これを除くと国民党の「純粋」得票率は30.27%であり,2001年との比較では1.71ポイントの上昇にすぎない。
 一方,民進党は2001年の33.38%から2.34ポイント増加し,35.72%の得票率となった。勝利宣言をした国民党より敗北を認めた民進党の方が,わずかではあるが実質的な得票率を伸ばしている。グラフの推移を追うと,今回の国民党の勝利は泛藍陣営内で新党と親民党の票を吸収したにすぎないことが見て取れる。数字から見える選挙結果は,親民党のみが敗北したのであり,民進党と国民党が微増,台連が現状維持であった。陳水扁の敗北宣言は,過半数獲得という目標を達成できなかったことに対する政治責任に起因する。
 次に,泛緑・泛藍両陣営の得票率を見ておきたい。2001年と比較した数字から読み取れる変化は,泛緑陣営が41.14%から43.51%へと2.37ポイント支持を拡大し,泛藍陣営は49.74%から46.85%へと2.89ポイント支持を減らしたことである。両者の差は,8.60ポイントから3.34ポイントに縮まった。図2は1995年以来の立法委員選挙における両陣営の得票率の推移を表すグラフである。泛藍陣営は,1995年時点で擁していた59.01%の支持率が選挙の度に減少し,今回は46.85%となった。この9年間で泛藍陣営は12.16ポイント減少したのに対し,泛緑陣営は10.34ポイント増加した。このグラフからは,今回も泛緑陣営が順調に支持を拡大したように見える。
 しかし,その他の無所属候補を色分けして両陣営の実勢を調べてみると,やや異なる評価が必要になる。図3は,無所属の候補および無党連盟から立候補した候補者のうち過去の経歴や新聞報道によって泛緑か泛藍陣営への帰属が確認でき,かつ法定得票数を超えた候補者の得票を算入し,泛緑陣営と泛藍陣営の得票率を補正したグラフである(注2)。これによると,泛緑陣営は,2001年と比較して1.27ポイント上昇,泛藍陣営は0.67ポイント減少した。実勢でみると両陣営の勢力変化はほとんどなかったと言ってよい。
 2001年と比べると今回の立法委員選挙は投票率が大きく異なるが,有効投票数に占める泛緑・泛藍の勢力比はほとんど変化がない。台湾の有権者は3年前とほとんど同じ選択をし,両陣営の勢力図は2004年総統選挙の前の局面に戻った。結果として,陳水扁総統は3月の総統選挙では信任されたが,9ヵ月後の立法委員選挙ではその信任が取り消された形となった。2004年の二つの選挙で,有権者は異なる選択をしてバランスを取ったと考えることはできるであろうか?総統選挙については,台湾全体で陳水扁の当選につながる明確な傾向を確認できたが(注3),立法委員選挙では,明確な傾向はつかめないので,有権者はバランスを取ったのではなく,ばらばらの判断が積算し,最終的に台湾政治の進路について方向を示すことはできなかったと考えるべきであろう。
 議席数の変化についても確認しておきたい(図4)。泛藍陣営は得票率では過半数を割り込んだにもかかわらず,議席数では前回並を維持し過半数を獲得した。逆に泛緑陣営の民進党は得票率の伸びを議席増につなげることができなかった。民進党が伸ばした得票率2.34ポイントは選挙区の4議席に相当する(注4)。この4議席を民進党が獲得していれば,泛緑陣営の議席数は105,泛藍陣営は110となっていたはずで,選挙後の政局の展開は異なるものになっていたであろう。このわずかの差が,泛緑陣営の選挙戦術の失敗と呼べる部分である。

2.地域別の投票行動

 次に,各地域での投票行動の傾向を確認するため,台湾本島を北部,中部,南部の3つの地域ブロックに分けて,2001年立法委員選挙と比較し主要政党および泛緑陣営と泛藍陣営の得票率の変動を見ていきたい(注5)。
 南部の7つの県市(嘉義県,嘉義市,台南県,台南市,高雄県,高雄市,屏東県)は,いずれも民進党が県長ポストを掌握しているが,このブロックでの民進党の得票率は2001年の38.39%から42.44%に上昇した。しかし台連は伸び悩み,9.96%から9.84%へと横這いであった。泛緑陣営の得票率は48.35%から52.29%へと増加した。議席数で見ると,民進党は2001年の26議席から1議席減らして25議席,台連は4議席から2議席減らして2議席へと半減した。泛緑陣営としては得票率を3.94ポイントも伸ばしながら議席数では30から27へと後退した(南部ブロックの定数は47議席から46議席への1減)。
 北部の7つの県市(基隆市,台北県,台北市,桃園県,新竹県,新竹市,苗栗県)は,台北県を除き泛藍系が県政を掌握している。このブロックでも民進党の得票率は2001年の30.84%から34.29%に上昇した。台連も7.20%から9.04%へとわずかであるが得票率を伸ばした。泛緑陣営の得票率は38.04%から41.79%へと増加した。議席数で見ると,民進党は2001年の28議席から1議席減らして27議席,台連は3議席のままで変わらなかった。泛緑陣営としては得票率を3.75ポイント伸ばしたものの議席数は31から30へと1つ減少した(北部ブロックの定数は73議席から74議席への1増)。
表2 地域ブロック別泛緑得票率の推移
-------- 2001年 2004年 増減
北部県市 38.04% 41.79% +3.75
中部県市 40.34% 38.28% -2.06
南部県市 48.35% 52.29% +3.94

 一方,中部の5県市(台中県,台中市,彰化県,雲林県,南投県)では民進党の得票率が2001年の33.19%から30.93%へと減少した。台連の得票率は7.14%から7.35%への横這いであった。両者を合わせた泛緑陣営の得票率は40.34%から38.28%へと反落した。議席数で見ると,民進党は2001年の14議席から変わらず,台連は1議席増えて2議席となった。泛緑陣営としては得票率を2.06ポイント減らしながらも議席数は15から16へと伸ばした(中部ブロックの定数は38議席から39議席へと1増)。この中部ブロックの中でも彰化県,雲林県,南投県の3県に限れば,泛緑陣営の得票率の落ち込みは非常に著しい。この3県での泛緑陣営の得票率は,2001年の40.15%から35.68%へと実に4.47ポイントも減少している。
 このように人口の多い北部,中部,南部の3つのブロックにおける民進党および泛緑陣営の得票率の変動は,南部と北部が増加,中部が減少というように傾向が入り混じり,一定の方向性は確認できない。得票率と獲得議席数との関係についても,得票率が上昇した南部で議席を減少(選挙戦術の失敗)させたものの,得票率の下がった中部では議席を維持(選挙戦術の成功)するなど,傾向はまちまちであり,ここでも1つの結論を導くことは難しい。
 国民党は,候補者を大幅に絞り込んだ効果が現れたこと,および,新党と親民党の支持者の一部が回帰したことで,各地で候補者が善戦し議席増につながった。特に,大票田で都市部に属する台北県,台北市,桃園県での得票率の回復が著しい。この北部3県市を合計した数字で2001年選挙と比較すると,国民党の得票率は24.31%から36.09%へと11.78ポイント上昇した。親民党は逆に22.97%から16.78%へと約6.19ポイント低下したが,泛藍陣営では47.28%から52.87%へと5.59ポイント上昇している。
表3 地域ブロック別泛藍得票率の推移
-------- 2001年 2004年 増減
北部県市 48.29% 53.90% +5.61
中部県市 51.30% 45.21% -6.09
南部県市 40.05% 37.78% -2.26

 先ほど検討した泛緑陣営と同じく各ブロックでの泛藍陣営の得票率を見てみたい。台北県,台北市,桃園県を含む北部7県市の国民党の得票率は2001年の25.29%から36.04%へと10.75ポイント上昇したが,親民党の得票率は2001年の23.00%から17.86%へと5.17ポイント低下した。北部ブロックでの泛藍陣営の得票率は48.29%から53.90%へと5.61ポイント上昇した。議席数では,国民党が2001年の20議席から29議席へと大幅に増やし,親民党はその逆に20議席から14議席へと減少した。泛藍陣営では40議席から43議席へと3議席増やした。北部県市では,国民党は実質的に復調したと言える。しかし他の地域ではそれほど顕著な特徴は見られない。
 中部の5県市(台中県,台中市,彰化県,雲林県,南投県)では泛藍陣営の得票率は2001年の51.30%から45.21%へと反落した。この原因は親民党の得票率が17.65%から11.74%へと5.91ポイント減少したためであり,国民党の得票率は2001年の33.65%とほとんど変わらない33.48%であった。議席数で見ると,国民党は2001年の14議席から変わらず,親民党は1議席減らして5議席となった。泛藍陣営としては得票率を6.09ポイント減らしながらも議席数は20から19へと1減らしただけであった。
 南部の7県市のブロックでも泛藍陣営の得票率は2001年の40.05%から37.78%へと2.26ポイント低下した。しかしここでも減少したのは親民党のみであり,国民党の得票率は2001年の28.16%からほとんど変化のない28.59%であった。親民党の得票率は2001年の11.88%から9.20%へと2.68ポイント低下した。議席数で見ると,国民党は2001年の13議席から1議席減らして12議席,親民党は得票率を減らしながらも4議席から5議席へと1議席増やした。泛藍陣営としては17議席のまま変わらずであった。
 このように国民党の回復は北部,特に台北県,台北市,桃園県に集中し,それ以外では国民党の得票率に大きな変化はなかった。親民党はほぼ全域で得票率を下げ,議席も減少した。しかし,支持基盤の弱い南部で議席を確保していることに注目しておく必要がある。親民党は,台南市,高雄県,高雄市で5名の当選者を出した。逆に南部で支持基盤があると見られていた台連は,高雄市で2議席獲得したにすぎない。ここでも傾向は混乱している。
 ここまで地域別に泛緑陣営と泛藍陣営の得票率の傾向を見てきたが,両陣営共に中部ブロックで得票率を下げている。中部ブロックでの異変はおもに雲林県と彰化県の投票行動に起因している。この原因についても触れておきたい。中部ブロックの彰化県,雲林県の2県では,民進党,国民党,親民党が軒並み得票率を減らし,無所属候補(無党連盟を含む)が得票率を増やした。台連の得票率は雲林県で上昇,彰化県で減少と一致していない。台湾全体で投票率が大幅に低下するなか,雲林県と彰化県の2県ではわずかではあるが投票率が上昇している(注6)。
 うち雲林県では,張榮味県長の妹で新人の張麗善,および,国民党の公認を得られなかった現職の曾蔡美佐が無所属で出馬し,この2人だけで20.51%の得票率を上げた。雲林県ではかつての地方派閥構造が崩れ県長ポストを握る張派の優位が続いていたが,総統選挙で陳水扁の得票が連戰の得票を大きく上回り張派の政治力に陰りが見え,さらに張榮味本人の過去の汚職に関する有罪判決および指名手配で打撃を受け,派閥の候補者を入れ替え背水の陣で臨んだ選挙戦であった。
 彰化県では,県政に影響力を持っていた紅派,白派の地方派閥体制が崩れ,郷鎮市レベルを基盤にする小規模政治家家族型の候補者が増えた。再選された無党連盟の陳進丁(鹿港出身),および,無所属の新人候補楊宗哲(溪湖鎮長,当選)と陳煥林(県水利会をバックに持つ政治家家族出身,落選)の3名の得票率を合計すると17.04%になる。両県とも従来型地方派閥の構造が崩壊し再編途上にあることが,地域的基盤を擁する無所属候補の参入を増加させ,政党の支持票に食い込んだものと考えられる。また,両県ともこうした有力無所属候補の参入が激烈な競争をもたらし投票率の維持につながったものと考えられる。
 県市別の投票行動を別の角度から分析するため,2001年立法委員選挙,2004年総統選挙,2004年立法委員選挙の3つの選挙について各県市ごとに泛緑陣営の得票率を整理した(図5)。このグラフからは,二つの立法委員選挙での泛緑陣営の得票率と比べて総統選挙での陳水扁の得票率の突出の度合いを見ることができる。平均的な棒の高さは,総統選挙の陳水扁の得票率を示す真ん中の棒が最も高く,ついで2004年立法委員選挙の泛緑の得票率を示す右の棒,そして2001年選挙の泛緑の得票率を示す左の棒の順になる。立法委員選挙では選挙区ごとの争点や選挙区ごとの組織力の優劣が反映される。総統選挙では国家アイデンティティやエスニシティの要素が入ってくる。真ん中の棒の突出の度合いは,台湾アイデンティティのような全国的選挙イシューがローカルな支持構造を突き動かした度合いを示唆している。グラフから分かるように,突出の度合いが最も大きいのは雲林県,次いで彰化県で,両県の突出が際立っている。このグラフは,また,総統選挙において雲林県の投票行動が陳水扁再選に決定的な役割を果したことを示している。

3.投票率の変動と県市別の投票行動

 今回の立法委員選挙の特徴の1つは,投票率の大幅な低下である。2001年の前回選挙での投票率は66.16%であったが,今回の選挙では59.16%へと7ポイントも低下した(図6)。3月に行われた総統選挙と比較するとその差は非常に大きい。この投票率の変動と各党・各陣営の得票率との間に相関関係があるかどうかを調べてみる(注7)。すなわち,投票率の低下の程度がより大きい県市では,ある党の得票率の上昇あるいは低下がより大きいという傾向があるかどうかを調べてみる。これにより,投票率の低下がどの陣営の支持者の間でより大きく発生したかを知ることが可能になる。
 最初に,2001年立法委員選挙と2004年立法委員選挙における各県市ごとの投票率の増減と民進党の得票率の増減から散布図を作成した(図7)。次に同じく各県市ごとの投票率の増減と国民党の得票率の増減から散布図を作成した(図8)。どちらも相関関係は認められなかった。親民党と台連についても同じ作業を行ったが,やはり相関関係は認められなかった。2001年選挙と比較して増加した棄権者のうち,いずれかの党の支持者がより多く含まれると考えることは難しいと言える。投票率が下がったからA党の得票率が伸びた,あるいは,伸び悩んだというように連関させて考えることはできないであろう。投票率が低下する中で民進党の得票率が伸びた県市もあれば,減少した県市もある。同じように,投票率が低下する中で国民党の得票率がプラスになった県市もあれば,マイナスになった県市もある。ここでも有権者の投票行動はまちまちで方向性が見られない。
 さらに,2004年総統選挙と今回の立法委員選挙とにおいて投票率と泛緑陣営の得票率との間に相関関係があるかどうか調べてみる。総統選挙での各県市における投票率と立法委員選挙における各県市の投票率との増減,および,総統選挙での各県市における陳水扁の得票率と立法委員選挙における各県市の泛緑陣営の得票率との増減を算出し,散布図を作成した(図9)。投票率が非常に高い総統選挙において泛緑陣営は過去最高の得票率を達成し(約50%),立法委員選挙では投票率が非常に低く泛緑陣営の得票率も後退した(43.51%)という状況から推測すると,正の相関が発生することが予想された。すなわち,投票率の落ち込みのより大きい県市で泛緑陣営の得票率の落ち込みもより大きいと予想された。
 しかし予想とは裏腹にここでの相関係数はマイナス0.604で,負の相関関係があることが確認された。これは,総統選挙と比較して投票率の低下のより大きい県市ほど泛緑陣営は陳水扁の達成した得票率により近い得票率を立法委員選挙で達成し,投票率の低下が少なかった県市では,泛緑陣営は陳水扁の達成した得票率を守ることができなかったということを示している。各地の投票行動は一貫せず,かなり混乱したメッセージを発している。

4.地方派閥型候補の明暗

 今回の立法委員選挙で見られた傾向は,国民党系の地方派閥型候補ないしは地方政治家家族型候補というべき地方で一定の組織力を持つ候補の善戦である。2001年選挙では地方派閥型候補が苦戦し,各地で落選者が相次ぎ,当選するにしても順位を下げての当選であったが,今回は候補者が絞られたこともあり,各地で高得票率を上げている。指標的人物として,苗栗県の何智輝(苗栗県山線,前県長,汚職で起訴,裁判中),台中県の劉銓忠(台中県紅派,劉松藩没落後の代表的な地方派閥型候補),雲林県の張麗善(雲林県張派,汚職容疑で逮捕された張榮味県長の妹),嘉義県の翁重鈞(かつて嘉義県県政を支配した黄派の継承者),屏東県の伍錦霖(国外逃亡した前立法委員伍澤元の弟)を挙げることができる。
 これらの指標的候補は,苗栗県の何智輝が2位当選した以外,みなトップ当選を果した。今回,汚職・選挙違反の取り締りは効果的に行われ,検察司法当局もこうした地方派閥型人物の黒い部分にメスを入れるようになり,張榮味の指名手配,劉松藩の実刑判決,何智輝の起訴などが選挙前に相次いだ。しかし,彼らおよび支持者は危機感から組織を結束させ,しぶとく選挙戦を戦った。これらの事例は,固定の組織票を持つ地方派閥型候補の強さを象徴するものと言える。
 だが,地方派閥型候補がどこでも健闘したというわけではない。雲林県の林明義,廖福本の事例は興味深い。林明義は林派を離れ一匹狼のようになっていたが,地元では台湾新幹線駅誘致などでその手腕を認められた地方派閥型政治家である。3期連続当選の後前回選挙で落選し,再起を期して立候補したが大きく票を減らした。5期連続当選の実績を持つ廖福本は雲林県福派の創始者である。前回はスキャンダルが発覚し立候補を見送ったが,今回再起を期して立候補した。結果はまったく振わなかった。このように雲林県では,従来の地方派閥型政治家がそのまま票を維持できる状況ではなくなっている。張派はその変化をよく見抜き,従来型で現職の曾蔡美佐を切り捨て,これまで地方政治にまったく関与していなかった張榮味の妹を立て,清新なイメージを出すことに成功した。今後,次節で触れる立法委員の定数半減に直面し,各地の地方派閥・地方政治家家族は熾烈な生き残りの競争を迫られるであろう。地方派閥は引き続き台湾政治のアクターであり続けるようである。

5.次回立法委員選挙の展望

表4 立法院のカテゴリー別定数
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現行制度新制度
選挙区168(74.7%)73(64.6%)
先住民区8(3.5%) 6(5.3%)
比例区49(21.8%) 34(30.1%)
総数225(100%) 113(100%)
( )内は全議席に占める割合。

 2004年8月,立法委員の定数半減,任期の延長(3年から4年へ),小選挙区比例代表並立制の導入を柱とする憲法修正案が発議された。この憲法修正案は臨時に召集される国民大会を通過する必要があるが,可決された場合, 2007年12月に行なわれる次回の立法委員選挙は大きく様変わりすることになる。立法院が発議した修正案による新しい定数を整理すると表4のようになる。議員定数の半減と小選挙区制という二つの異なる制度変更が同時に実施されるので,候補者,選挙民の双方で戸惑いが発生するであろう。
 議員定数の半減により,選挙区選出議員の定数は168から73へ,先住民選挙区選出議員の定数は8から6へ,比例区選出議員の定数は49から34へと削減される。比例区の比重が若干高まるので,選挙区の定数は半減以下となる。新人も参入してくるであろうから,今回選挙区で当選した現職議員168名のうち,再選される者は3分の1以下になるであろう。現職議員を多く抱える民進党および国民党の公認候補者を決める党内予備選挙は熾烈なものになるであろう。党の公認候補が決まれば,その先には陣営内の一本化という非常に難しい課題が待ち受けている。
表5 立法院の県市別新定数試算
選挙区現行定数 試算1 試算2
台北県 28 10 12
台北市 20 8 9
桃園県 13 5 5
高雄市 11 5 5
台中県 11 4 5
彰化県 10 4 4
高雄県 9 4 4
台南県 8 3 3
台中市 8 3 3
屏東県 6 3 3
雲林県 6 3 2
台南市 6 2 2
嘉義県 4 2 2
苗栗県 4 2 2
南投県 4 2 2
宜蘭県 3 2 1
新竹県 3 2 1
基隆市 3 2 1
新竹市 3 1 1
花蓮県 2 1 1
嘉義市 2 1 1
台東県 1 1 1
澎湖県 1 1 1
金門県 1 1 1
連江県 1 1 1
合計168 73 73
※試算1,2は筆者独自の計算である。

 選挙区の議席はどのように配分されるのであろうか。具体的なことはまだ何も決まっていないが,立法院が発議した修正案では,73議席を各県市の人口に応じて配分し,かつ,人口の少ない県市にも1議席配分するとしている。そこで今回の立法委員選挙での選挙人数に基づき,各県市に配分される議席数を2種類試算してみた(表5)。試算1の計算の方法は,まず全県市に1議席ずつ配分し,残る48議席をドント式で配分するものとした。この計算方法では,最も人口の多い台北県には10議席配分され,1議席のみの県市は7つ発生する。試算2の計算方法は,各県市の選挙人数を73で割り近似値の整数を取り出し,選挙人数の少ない県市にも1議席配分されるように調整しながら,全県市の議席数を確定するものとした。この計算方法では,台北県には12議席配分され,1議席のみの県市は10になる。
 この二つの試算からわかるように,計算方法によって,台北県,台北市,台中県,台南県,雲林県,宜蘭県などの配分議席数が異なってくる。どの県市に何議席を配分するかは,各党および個々の議員の利害に直結するので,政治的判断に影響される可能性も十分ある。さらにその先には,複数の議席を配分された県市内を配分数の小選挙区に区割りしなければならない。雲林県や苗栗県のように,もともと地方政治で山線(県東部),海線(県西部)という概念があるところを二つの小選挙区に区分けするのは比較的容易であるが,台北県の場合のように,県内を10または12の小選挙区に区分けするのは技術的にも難易度が高い。100名以上の議員が「失業」するという今期立法院の状況のもとで,各県市の議席数を定め,県市内の選挙区の区割りをする作業は難航が予想される。
 この定数配分がもたらす各陣営の獲得議席数の傾向について検討したい。試算の結果1県1選挙区となる花蓮県,台東県,澎湖県,金門県,連江県の5議席および先住民選挙区6議席のうち5議席の合わせて10議席は,これまでの選挙結果に照らし合わせると,泛藍系の候補が当選する可能性が高い。現行定数での10議席の比重は4.4%であるが,新定数での10議席の比重は8.8%に倍増する。この10議席は過半数獲得を目指す泛緑陣営に重くのしかかるであろう。泛緑陣営と泛藍陣営が全選挙区でそれぞれ候補を一本化するという前提で,今回の立法委員選挙の結果を新制度に当てはめて両陣営の獲得議席数を推測してみると,泛藍陣営が圧勝する。両陣営が五分五分の得票率を得た総統選挙の投票結果を当てはめても,泛緑陣営はこの10議席のハンディがあるために過半数に届かない。この点で,人口比を原則にしながらも全県市に1議席を保障する制度設計自体が泛緑陣営にとって不利だと言ってよい。
 しかしその一方で,台湾の選挙政治の実態から見ると,泛藍陣営に不利な要素もある。各党とも公認候補を決定する予備選挙のあり方,党中央への凝集力が問われることになるが,泛藍陣営内には地方で組織票を擁する地方派閥型議員が多いので,陣営内の一本化工作に従わず無所属で立候補する者が,泛緑陣営より多く出てくると考えられる。今回の立法委員選挙で,党の公認を得ることができず無所属でまたは無党連盟から立候補したのは圧倒的に泛藍陣営の関係者であった。両陣営の勢力が拮抗している選挙区では,こうした規律違反の立候補の有無が選挙の帰趨に影響を及ぼす可能性がある。実際,過去の地方自治体の首長選挙では,国民党系の候補が複数立候補したため民進党の候補者が漁夫の利を得て当選したことが何度もある。この点では,相対多数で当選が決まる小選挙区制は,泛緑陣営にとって有利になる可能性もある。
 小選挙区制の導入により,台湾の政党政治は当然のことながら2大政党制へと移行していくことになるが,それは,政党,候補者,選挙民それぞれが新制度のルールを体感するプロセスと並行的に進むことになるであろう。新制度導入後の第一回目の選挙においては,候補者の調整や各党各候補の選挙戦略が確立しないまま選挙戦に突入する可能性が高い。2007年12月に実施される次回の立法委員選挙は2008年3月の次期総統選挙の前哨戦であり,台湾政治の進路に影響を及ぼす重要な選挙であるが,いくつもの偶然に左右される見通しの立てにくい選挙となるであろう。


(1)選挙結果の数字はすべて中央選挙委員会ホームページ「選挙資料庫」に依拠した。本文中の図表はすべて筆者の作成による。
(2)2004年立法委員選挙において泛藍陣営に加えたのは,林正修(台北市第一),許信良(台北市第二),李敖(台北市第二),邱創良(桃園県),楊天生(台中県),顏清標(台中県),林佩樂(台中市),陳煥林(彰化県),陳進丁(彰化県),楊宗哲(彰化県),張麗善(雲林県),曾蔡美佐(雲林県),林明義(雲林県),李和順(台南県),施治明(台南市),蘇盈貴(高雄市第一),鄭麗文(高雄市第二),朱挺介(高雄市第二),蔡豪(屏東県),王廷升(花蓮県),鍾逸文(花蓮県),林炳坤(澎湖県),李成義(金門県),曹爾忠(連江県),高金素梅(山地原住民)の25名である。泛緑陣営に加えたのは,張温鷹(台中市),黄文玲(彰化県),何金松(嘉義県),郭秀珠(台南県),蘇南成(台南市)の5名である。2001年立法委員選挙に関しては,小笠原欣幸「二〇〇一年立法委員選挙における得票数変動の分析」『問題と研究』第31巻10号(2002年7月)を参照。
(3)小笠原欣幸「二〇〇四年総統選挙の分析」アジア経済研究所トピックレポートNo.51『陳水扁再選‐台湾総統選挙と第二期陳政権の課題』を参照。
(4)台連は7.79%の得票率を得ながら選挙区での獲得議席率はわずか3.98%にすぎない。この差は6議席に相当するが,これは必ずしも戦術的失敗とは言えない。というのは,現行選挙制度は得票率10%以下の小政党には不利に作用し,大政党に有利に作用するので,得票率と議席率との間のギャップは戦術的問題ではなく構造的問題としてとらえるべきである。
(5)東部の3県(宜蘭県,花蓮県,台東県)は支持構造が異なるのでここでは比較検討の対象としない。特殊要因のある金門県,連江県も除外した。なお,宜蘭県では定数が1つ減って4議席から3議席になっている。
(6)2004年立法委員選挙の投票率は,雲林県が0.66ポイント上昇し64.07%,彰化県は0.22ポイント上昇し68.39%であった。
(7)以下の相関関係の計算ではすべて特殊要因のある金門県,連江県を除外してある。

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