今回の立法委員選挙の焦点は,陳水扁陣営(=泛緑陣営)が過半数を獲得できるかどうかであった。民進党は3月の陳水扁再選の勢いを議席増に結びつけることができず,李登輝前総統の率いる台連も伸び悩み,陣営全体としては,前回の議席数を1つ上回っただけであった。民進党は,政権与党としての行政資源を使って各地で国民党系の地方政治家を篭絡し得票を増やそうとしたが成功しなかった。定数の多い地域(桃園県,台中県など)で候補者を増やし過半数獲得の勝負に出たが,支持基盤の拡大がうまくいかなかったため共倒れとなった。
― 方向の見えない選挙 ―
東京外国語大学 ― 本稿は『問題と研究』第34巻5号(2005年2月)に掲載されたものです ―
2004年12月11日に投開票が行なわれた台湾の立法委員選挙は,国民党,新党,親民党の野党陣営(以下,泛藍陣営と記す)が過半数の113議席を1議席上回る114議席を獲得した。過半数獲得を目指していた民進党と台湾団結連盟(以下,台連と記す)の与党陣営(以下,泛緑陣営と記す)は,事前の予想を下回り101議席しか獲得できなかった(表1)。今回の立法委員選挙の意義については他の論文で論じられているので,本稿では,投票結果を整理し,前回の2001年立法委員選挙の投票結果との比較において見えてくる有権者の 投票行動を分析していく(注1)。結論を先取りすれば,今回の立法委員選挙は方向性の定まらない選挙であった。陳水扁再選という総統選挙の結果を受けて政党支持構造の変動が始まるかと思われたが,泛緑・泛藍の勢力図は2004年総統選挙前の局面に戻った。有権者が発したメッセージは,棄権票も含めて方向が定まらず,選挙民の迷いや躊躇を示したものと言える。台湾政治は混迷が続き,新しい選挙制度が導入される2007年の次回立法委員選挙も試行錯誤の場となるであろう。 1.泛緑の敗北,泛藍の勝利なのか?
今回の立法委員選挙の焦点は,陳水扁総統を支持する民進党と台連の泛緑陣営が過半数を獲得できるかどうかであった。結果は,国民党の連戰主席が勝利宣言をし,民進党の陳水扁主席が敗北を認めた。図1は1995年以来の立法委員選挙における各党の得票率の推移を表すグラフである。国民党は前回2001年の立法委員選挙での得票率と比較して4.27ポイント上昇した。確かにこれは勝利宣言に値する数字であろう。しかし,今回新党は8人の候補者を擁立し,うち7名を国民党の名義で立候補登録している。これら7名の新党の候補者が獲得した248926票は国民党の得票に算入されている。これは得票率では2.56%で,これを除くと国民党の「純粋」得票率は30.27%であり,2001年との比較では1.71ポイントの上昇にすぎない。 2.地域別の投票行動
次に,各地域での投票行動の傾向を確認するため,台湾本島を北部,中部,南部の3つの地域ブロックに分けて,2001年立法委員選挙と比較し主要政党および泛緑陣営と泛藍陣営の得票率の変動を見ていきたい(注5)。
一方,中部の5県市(台中県,台中市,彰化県,雲林県,南投県)では民進党の得票率が2001年の33.19%から30.93%へと減少した。台連の得票率は7.14%から7.35%への横這いであった。両者を合わせた泛緑陣営の得票率は40.34%から38.28%へと反落した。議席数で見ると,民進党は2001年の14議席から変わらず,台連は1議席増えて2議席となった。泛緑陣営としては得票率を2.06ポイント減らしながらも議席数は15から16へと伸ばした(中部ブロックの定数は38議席から39議席へと1増)。この中部ブロックの中でも彰化県,雲林県,南投県の3県に限れば,泛緑陣営の得票率の落ち込みは非常に著しい。この3県での泛緑陣営の得票率は,2001年の40.15%から35.68%へと実に4.47ポイントも減少している。 このように人口の多い北部,中部,南部の3つのブロックにおける民進党および泛緑陣営の得票率の変動は,南部と北部が増加,中部が減少というように傾向が入り混じり,一定の方向性は確認できない。得票率と獲得議席数との関係についても,得票率が上昇した南部で議席を減少(選挙戦術の失敗)させたものの,得票率の下がった中部では議席を維持(選挙戦術の成功)するなど,傾向はまちまちであり,ここでも1つの結論を導くことは難しい。 国民党は,候補者を大幅に絞り込んだ効果が現れたこと,および,新党と親民党の支持者の一部が回帰したことで,各地で候補者が善戦し議席増につながった。特に,大票田で都市部に属する台北県,台北市,桃園県での得票率の回復が著しい。この北部3県市を合計した数字で2001年選挙と比較すると,国民党の得票率は24.31%から36.09%へと11.78ポイント上昇した。親民党は逆に22.97%から16.78%へと約6.19ポイント低下したが,泛藍陣営では47.28%から52.87%へと5.59ポイント上昇している。
先ほど検討した泛緑陣営と同じく各ブロックでの泛藍陣営の得票率を見てみたい。台北県,台北市,桃園県を含む北部7県市の国民党の得票率は2001年の25.29%から36.04%へと10.75ポイント上昇したが,親民党の得票率は2001年の23.00%から17.86%へと5.17ポイント低下した。北部ブロックでの泛藍陣営の得票率は48.29%から53.90%へと5.61ポイント上昇した。議席数では,国民党が2001年の20議席から29議席へと大幅に増やし,親民党はその逆に20議席から14議席へと減少した。泛藍陣営では40議席から43議席へと3議席増やした。北部県市では,国民党は実質的に復調したと言える。しかし他の地域ではそれほど顕著な特徴は見られない。 中部の5県市(台中県,台中市,彰化県,雲林県,南投県)では泛藍陣営の得票率は2001年の51.30%から45.21%へと反落した。この原因は親民党の得票率が17.65%から11.74%へと5.91ポイント減少したためであり,国民党の得票率は2001年の33.65%とほとんど変わらない33.48%であった。議席数で見ると,国民党は2001年の14議席から変わらず,親民党は1議席減らして5議席となった。泛藍陣営としては得票率を6.09ポイント減らしながらも議席数は20から19へと1減らしただけであった。 南部の7県市のブロックでも泛藍陣営の得票率は2001年の40.05%から37.78%へと2.26ポイント低下した。しかしここでも減少したのは親民党のみであり,国民党の得票率は2001年の28.16%からほとんど変化のない28.59%であった。親民党の得票率は2001年の11.88%から9.20%へと2.68ポイント低下した。議席数で見ると,国民党は2001年の13議席から1議席減らして12議席,親民党は得票率を減らしながらも4議席から5議席へと1議席増やした。泛藍陣営としては17議席のまま変わらずであった。 このように国民党の回復は北部,特に台北県,台北市,桃園県に集中し,それ以外では国民党の得票率に大きな変化はなかった。親民党はほぼ全域で得票率を下げ,議席も減少した。しかし,支持基盤の弱い南部で議席を確保していることに注目しておく必要がある。親民党は,台南市,高雄県,高雄市で5名の当選者を出した。逆に南部で支持基盤があると見られていた台連は,高雄市で2議席獲得したにすぎない。ここでも傾向は混乱している。 ここまで地域別に泛緑陣営と泛藍陣営の得票率の傾向を見てきたが,両陣営共に中部ブロックで得票率を下げている。中部ブロックでの異変はおもに雲林県と彰化県の投票行動に起因している。この原因についても触れておきたい。中部ブロックの彰化県,雲林県の2県では,民進党,国民党,親民党が軒並み得票率を減らし,無所属候補(無党連盟を含む)が得票率を増やした。台連の得票率は雲林県で上昇,彰化県で減少と一致していない。台湾全体で投票率が大幅に低下するなか,雲林県と彰化県の2県ではわずかではあるが投票率が上昇している(注6)。 うち雲林県では,張榮味県長の妹で新人の張麗善,および,国民党の公認を得られなかった現職の曾蔡美佐が無所属で出馬し,この2人だけで20.51%の得票率を上げた。雲林県ではかつての地方派閥構造が崩れ県長ポストを握る張派の優位が続いていたが,総統選挙で陳水扁の得票が連戰の得票を大きく上回り張派の政治力に陰りが見え,さらに張榮味本人の過去の汚職に関する有罪判決および指名手配で打撃を受け,派閥の候補者を入れ替え背水の陣で臨んだ選挙戦であった。 彰化県では,県政に影響力を持っていた紅派,白派の地方派閥体制が崩れ,郷鎮市レベルを基盤にする小規模政治家家族型の候補者が増えた。再選された無党連盟の陳進丁(鹿港出身),および,無所属の新人候補楊宗哲(溪湖鎮長,当選)と陳煥林(県水利会をバックに持つ政治家家族出身,落選)の3名の得票率を合計すると17.04%になる。両県とも従来型地方派閥の構造が崩壊し再編途上にあることが,地域的基盤を擁する無所属候補の参入を増加させ,政党の支持票に食い込んだものと考えられる。また,両県ともこうした有力無所属候補の参入が激烈な競争をもたらし投票率の維持につながったものと考えられる。 県市別の投票行動を別の角度から分析するため,2001年立法委員選挙,2004年総統選挙,2004年立法委員選挙の3つの選挙について各県市ごとに泛緑陣営の得票率を整理した(図5)。このグラフからは,二つの立法委員選挙での泛緑陣営の得票率と比べて総統選挙での陳水扁の得票率の突出の度合いを見ることができる。平均的な棒の高さは,総統選挙の陳水扁の得票率を示す真ん中の棒が最も高く,ついで2004年立法委員選挙の泛緑の得票率を示す右の棒,そして2001年選挙の泛緑の得票率を示す左の棒の順になる。立法委員選挙では選挙区ごとの争点や選挙区ごとの組織力の優劣が反映される。総統選挙では国家アイデンティティやエスニシティの要素が入ってくる。真ん中の棒の突出の度合いは,台湾アイデンティティのような全国的選挙イシューがローカルな支持構造を突き動かした度合いを示唆している。グラフから分かるように,突出の度合いが最も大きいのは雲林県,次いで彰化県で,両県の突出が際立っている。このグラフは,また,総統選挙において雲林県の投票行動が陳水扁再選に決定的な役割を果したことを示している。 3.投票率の変動と県市別の投票行動
今回の立法委員選挙の特徴の1つは,投票率の大幅な低下である。2001年の前回選挙での投票率は66.16%であったが,今回の選挙では59.16%へと7ポイントも低下した(図6)。3月に行われた総統選挙と比較するとその差は非常に大きい。この投票率の変動と各党・各陣営の得票率との間に相関関係があるかどうかを調べてみる(注7)。すなわち,投票率の低下の程度がより大きい県市では,ある党の得票率の上昇あるいは低下がより大きいという傾向があるかどうかを調べてみる。これにより,投票率の低下がどの陣営の支持者の間でより大きく発生したかを知ることが可能になる。
今回の立法委員選挙で見られた傾向は,国民党系の地方派閥型候補ないしは地方政治家家族型候補というべき地方で一定の組織力を持つ候補の善戦である。2001年選挙では地方派閥型候補が苦戦し,各地で落選者が相次ぎ,当選するにしても順位を下げての当選であったが,今回は候補者が絞られたこともあり,各地で高得票率を上げている。指標的人物として,苗栗県の何智輝(苗栗県山線,前県長,汚職で起訴,裁判中),台中県の劉銓忠(台中県紅派,劉松藩没落後の代表的な地方派閥型候補),雲林県の張麗善(雲林県張派,汚職容疑で逮捕された張榮味県長の妹),嘉義県の翁重鈞(かつて嘉義県県政を支配した黄派の継承者),屏東県の伍錦霖(国外逃亡した前立法委員伍澤元の弟)を挙げることができる。
2004年8月,立法委員の定数半減,任期の延長(3年から4年へ),小選挙区比例代表並立制の導入を柱とする憲法修正案が発議された。この憲法修正案は臨時に召集される国民大会を通過する必要があるが,可決された場合, 2007年12月に行なわれる次回の立法委員選挙は大きく様変わりすることになる。立法院が発議した修正案による新しい定数を整理すると表4のようになる。議員定数の半減と小選挙区制という二つの異なる制度変更が同時に実施されるので,候補者,選挙民の双方で戸惑いが発生するであろう。
選挙区の議席はどのように配分されるのであろうか。具体的なことはまだ何も決まっていないが,立法院が発議した修正案では,73議席を各県市の人口に応じて配分し,かつ,人口の少ない県市にも1議席配分するとしている。そこで今回の立法委員選挙での選挙人数に基づき,各県市に配分される議席数を2種類試算してみた(表5)。試算1の計算の方法は,まず全県市に1議席ずつ配分し,残る48議席をドント式で配分するものとした。この計算方法では,最も人口の多い台北県には10議席配分され,1議席のみの県市は7つ発生する。試算2の計算方法は,各県市の選挙人数を73で割り近似値の整数を取り出し,選挙人数の少ない県市にも1議席配分されるように調整しながら,全県市の議席数を確定するものとした。この計算方法では,台北県には12議席配分され,1議席のみの県市は10になる。 この二つの試算からわかるように,計算方法によって,台北県,台北市,台中県,台南県,雲林県,宜蘭県などの配分議席数が異なってくる。どの県市に何議席を配分するかは,各党および個々の議員の利害に直結するので,政治的判断に影響される可能性も十分ある。さらにその先には,複数の議席を配分された県市内を配分数の小選挙区に区割りしなければならない。雲林県や苗栗県のように,もともと地方政治で山線(県東部),海線(県西部)という概念があるところを二つの小選挙区に区分けするのは比較的容易であるが,台北県の場合のように,県内を10または12の小選挙区に区分けするのは技術的にも難易度が高い。100名以上の議員が「失業」するという今期立法院の状況のもとで,各県市の議席数を定め,県市内の選挙区の区割りをする作業は難航が予想される。 この定数配分がもたらす各陣営の獲得議席数の傾向について検討したい。試算の結果1県1選挙区となる花蓮県,台東県,澎湖県,金門県,連江県の5議席および先住民選挙区6議席のうち5議席の合わせて10議席は,これまでの選挙結果に照らし合わせると,泛藍系の候補が当選する可能性が高い。現行定数での10議席の比重は4.4%であるが,新定数での10議席の比重は8.8%に倍増する。この10議席は過半数獲得を目指す泛緑陣営に重くのしかかるであろう。泛緑陣営と泛藍陣営が全選挙区でそれぞれ候補を一本化するという前提で,今回の立法委員選挙の結果を新制度に当てはめて両陣営の獲得議席数を推測してみると,泛藍陣営が圧勝する。両陣営が五分五分の得票率を得た総統選挙の投票結果を当てはめても,泛緑陣営はこの10議席のハンディがあるために過半数に届かない。この点で,人口比を原則にしながらも全県市に1議席を保障する制度設計自体が泛緑陣営にとって不利だと言ってよい。 しかしその一方で,台湾の選挙政治の実態から見ると,泛藍陣営に不利な要素もある。各党とも公認候補を決定する予備選挙のあり方,党中央への凝集力が問われることになるが,泛藍陣営内には地方で組織票を擁する地方派閥型議員が多いので,陣営内の一本化工作に従わず無所属で立候補する者が,泛緑陣営より多く出てくると考えられる。今回の立法委員選挙で,党の公認を得ることができず無所属でまたは無党連盟から立候補したのは圧倒的に泛藍陣営の関係者であった。両陣営の勢力が拮抗している選挙区では,こうした規律違反の立候補の有無が選挙の帰趨に影響を及ぼす可能性がある。実際,過去の地方自治体の首長選挙では,国民党系の候補が複数立候補したため民進党の候補者が漁夫の利を得て当選したことが何度もある。この点では,相対多数で当選が決まる小選挙区制は,泛緑陣営にとって有利になる可能性もある。 小選挙区制の導入により,台湾の政党政治は当然のことながら2大政党制へと移行していくことになるが,それは,政党,候補者,選挙民それぞれが新制度のルールを体感するプロセスと並行的に進むことになるであろう。新制度導入後の第一回目の選挙においては,候補者の調整や各党各候補の選挙戦略が確立しないまま選挙戦に突入する可能性が高い。2007年12月に実施される次回の立法委員選挙は2008年3月の次期総統選挙の前哨戦であり,台湾政治の進路に影響を及ぼす重要な選挙であるが,いくつもの偶然に左右される見通しの立てにくい選挙となるであろう。
注
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