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ハングル

朝鮮語を表す文字はハングルと呼ばれる。「ハン」は「大きな」という意,「グル」は「文(ふみ)」という意で,合わせて「大いなる文字」という意味だとされている。これには異論もあるが,現在では定説とされている。

このことから分かるとおり,「ハングル」というのは文字の名称であって,決して言語の名称ではない。だから,「ハングル語」などというのは日本語を「カナ語」と言っているようなもので,実に滑稽千万な呼び方なのである。「私はハングルが話せます」というのも「私はカナが話せます」と言っているのと同じで,かなりの芸達者な人といえよう。誰が言い出したのか知らないが,このような変な言い方が広まっていることは誠に悲しむべきことである。

【図1】ハングルの構成
 

ハングルは,丸や四角が入り混じり,何やら変な記号のようで一見難しそうに見えるが,この文字を読むこと自体はさほど難しくない。例えば【図1】のハングルは,カタカナの「レ」のような形の部分が子音「n」,カタカナの「ト」のような形の部分が母音「a」を表し,漢字の「口」のような形の部分が子音「m」,「〒」の下半分のような形の部分が母音「u」を表す。従って,これは全体で「namu(ナム)」と読む。実に簡単明快である。早い話が,西欧のラテン文字やギリシャ文字などと同じく,それぞれの部分(これを「字母」と呼ぶ)1つの音を表すアルファベット型の文字なのである。だから,これらの字母を覚えてしまえば,ハングルは基本的に読むことができてしまうのである。ハングルがアルファベットと異なる点は,「na」や「mu」のように一息で発音される音の単位(音節)ごとに字母を集めて書き,1つの文字にする点である。つまり,ハングルはアルファベット型の文字であると同時に,日本のカナのような音節文字でもあるわけだ。

ハングルの字母は子音字母が19個,母音字母が21個,合計40個ある(右の表を参照)。ローマ字の26個に比べるとずいぶん多く見えるが,子音字母のうちの5個と母音字母のうちの11個は既存の字母を合成したもの(合成字母)なので,本来の字母(基本字母)の数は子音が14個,母音が10個の合計24個である。こうすればローマ字より2文字少ないわけで,決して覚えるのがたいへんな数ではなかろう。

【表1】朝鮮語の字母一覧表
子    音    字    母   母    音    字    母
基本字母   合成字母   基本字母   合成字母
字母   字母   字母   字母













[k/ɡ]
[n]
[t/d]
[r/l]
[m]
[p/b]
[s/ɕ]
[ŋ]
[tɕ/dʑ]
[tɕʰ]
[kʰ]
[tʰ]
[pʰ]
[hʰ]
 



[ʔk]
[ʔt]
[ʔp]
[ʔs/ʔɕ]
[ʔtɕ]
 








[a]
[ja]
[ɔ]
 [jɔ]
[o]
[jo]
[u]
[ju]
[ɯ]
[i]
 









[ɛ]
[jɛ]
[e]
[je]
[wa]
[wɛ]
[we]
[wɔ]
[we]
[wi]
[ɯi]

なお,「ハングル」という名称は南ではふつうに用いられるが,北では「ウリグル(我々の文字)」とか「チョソングルチャ(朝鮮文字)」などと言う。余談であるが,NHKは朝鮮語の講座を「韓国語講座」とも「朝鮮語講座」ともすることができず,苦肉の策として「韓国」の語も「朝鮮」の語も入らない中立的な言い回しとして「ハングル講座」と名づけたが,ふたを開けてみれば実はこれとて中立的な命名とは言えなかったのである。

訓民正音

ハングルは1446年に李氏朝鮮の第4代国王である世宗(セジョン)によって公布された。世宗は,今で言えばアカデミーに当たる集賢殿という官庁に有能な臣下を集めて民族文字を作るように命を下した。民族文字は1443年に完成し,試用期間を置いた後に1446年に書物『訓民正音』の形で公布した。法律のように「公布」したというその来歴もさることながら,作った人の名と年代,作られた原理がはっきりしている文字は世界でも極めてまれな存在である。ハングルは公布当時「訓民正音」と呼ばれていた。これは「民を訓(おし)える正しい音」という意味である。しかし,朝鮮では漢字が正統な文字であるという意識が強かったため,訓民正音は公布の当初から「諺文(オンモン;「卑俗の文字」の意)」と呼ばれた。このことは,日本で日本の文字を「かな(仮名)」といい,漢字を「まな(真名)」と呼んだこととよく似ている。従って,上層階級はハングルが作られた後も,書き言葉として引き続き漢字漢文を用い,ハングルは長い間,下層民衆や婦女子の文字とされてきた。それが近代に入って,民族主義の高まりとともに「大いなる文字」として確固たる地位を得るに至ったのである。

朝鮮語のローマ字表記

日本に訓令式・ヘボン式といったローマ字表記法があるのと同じように,南北朝鮮にもそれぞれの政府で定めた朝鮮語のローマ字表記法があり,街路表示や駅名表示などにそれが使われている。これは,原則としてハングル字母1つに対してローマ字が1対1で対応する表記法である。しかしながら,韓国において,個々人のパスポートに記載されている人名のローマ字表記や会社名のローマ字表記などは各自ばらばらで,全く原則がない。だから,ある人の名前,ある会社の名前のローマ字表記を知りたければ,その人に直接たずねるしか方法がないのである。例えば,李(イ)ならば「Lee」・「Yi」・「Rhee」,鄭(チョン)ならば「Chung」・「Jung」・「Jeong」,趙(チョ)ならば「Cho」・「Jo」などといった具合である。

ただし,よくよく観察してみると,金(キム)は「Kim」が圧倒的に多かったり,李(イ)は「Lee」が多かったりと,比較的広く用いられる綴りがないわけではない。口の広い「オ」を「u」で表したり,口を丸める「ウ」を「oo」で表したりするものも多く見られる。子音の場合,平音を「b」・「d」などの濁音で,激音を「p」・「t」などの清音で表すものも多くある。たいていの場合,そのローマ字を英語式に読んで,それらしく聞こえるように綴ることが多いようだが,それでも私の名前の中にあるように「eui」を「ウイ」と読ませるなど,英語式に読んでも「それらしく」聞こえない場合もある。



  コラム    ハングルの由来
訓民正音解例・終声解

『訓民正音』という書物が発見されるまで,ハングルがどのようにして作られたのかということに関して,実にさまざまな仮説が立てられた。

ある学者は漢字を基にして作ったのではないかと主張した。例えば,「ㄹ」(r/l)は漢字の「乙」から作り,「ㅁ」(m)は漢字の「口」から作ったのではないか,という仮説である。「乙」は朝鮮語で「을」 [ɯl] と発音する。ここから「r/l」を表す字母を作り出したというのである。またある学者は,元の時代にモンゴル語を表記するのに作られたパスパ文字を基にしたのではないかと言った。パスパ文字の字母の一部が,ハングルと形が似ているからである。さらには,世宗が部屋にいてあれこれ思索を巡らしているときに,ふと見た障子の「さん」からパッとひらめいてハングルを作った,などという冗談まで飛び出すほどで,実に諸説紛々としていた。

これらの仮説は,1940年に慶尚北道のある民家で『訓民正音』の原本が発見されたことで,一挙に解決を見た。この原本は『訓民正音』本体に,その解説である『訓民正音解例』が附属した「解例本」と呼ばれているが,ここには製字原理から作った学者の名前まで,漢文でこと細かに解説されていたのである。

この本は経年劣化のために袋とじの折り目の部分が破けており,裏面があらわになっていた。その裏面に,他の本から写したテクストが筆写されている。当時,朝鮮では紙が貴重品だったらしく,紙の節約のためにこのように裏面も大切に利用した。(注記:以前の稿では訓民正音は一度本をばらして裏面を利用したリサイクル本であると書いた。昔そのように聞いた記憶があってそのように記したのだが,これは私の勘違いだったようである。


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