総    論

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 朝鮮語の使用人口と使用地域 

朝鮮語は朝鮮民族の言語である。朝鮮民族は,その大部分が本来の居住地である朝鮮半島に住んでいるが,本国以外の土地に住む朝鮮民族も少なくない。朝鮮民族の主だった居住地を挙げると,以下のとおりである。

地域 人口
大韓民国 約4880万人
朝鮮民主主義人民共和国 約2250万人
中国(主に東北地方) 約240万人
米国(主に西海岸) 約200万人
日本 約90万人
旧ソ連(サハリン・沿海州・中央アジア) 約53万人
カナダ 約20万人

本国には約7100万人,本国以外の土地には約600万人の朝鮮民族がおり,合わせて約7700万人の人口を持つ。【注】

【注】南北朝鮮の人口は外務省ホームページの記述に依拠し,在外朝鮮民族の数については在外同胞財団ホームページ(朝鮮語)の2005年度の数値に依拠した。ただし,在外朝鮮民族の数には,一時滞在者数も含まれている。

在外朝鮮民族の一部は朝鮮語を母語としていないが,それらを差し引いても朝鮮語を話す人口(話者人口)は7000万人に達する。これは世界で何千とある言語から見るとかなり多くの話者人口を有しており,世界で15位前後に位置し,フランス語やイタリア語と肩を並べるほどの話者人口の多さである。

在外朝鮮民族はそれぞれの歴史的背景を持つ。

なお,朝鮮語を母語として話す人びととして,華僑など南北朝鮮国内に住む定住外国人もいることを付言しておく。

 方言・標準語 
【図1】朝鮮語の方言
朝鮮語の方言

朝鮮語には大きく分けて6つの方言がある(【図1】参照)。韓国の首都で話されているソウル方言は中部方言に属し,共和国の首都で話されているピョンヤン方言は西北方言に属する。方言のうち,東北(咸鏡道)方言と東南(慶尚道)方言はざまざまな面でよく似ている。これは,李氏朝鮮初期に咸鏡道が朝鮮の版図に組み入れられたときに,慶尚道の人が大量に咸鏡道に移住したためであると見られている。その1つとして,例えば東北方言と東南方言には日本語のような高低アクセントがあり,音の高低で単語の意味を区別する。プサン(釜山)・テグ(大邱)などがある東南方言は俗にアクが強いと言われ,ソウルに上京しても方言で貫き通す人が多く,日本の関西弁によくたとえられる。

本来,方言の差は時として相手方の話が聞き取りにくいこともありうるが,現在では南北ともに学校で標準語教育が行き届いているので,言葉が通じないということはまずない。

  標準語  

標準語は現在,国家が分断されているために,南北それぞれに標準語がある。南の標準語は中部方言であるソウル方言を土台とした言葉であり,北の標準語(文化語と呼ばれる)は西北方言であるピョンヤン方言を土台としているという。しかしながら,南北ともにその標準語の基礎となっているのは,1936年に朝鮮語学会という民間学術団体が定めた「査定した朝鮮語標準語集」に基づいているため,南北の標準語の違いさほどなく,南北の人がそれぞれの標準語を用いて話しても,お互いの言葉はほとんど違和感なく通じ合う。

 「朝鮮語」と「韓国語」 

「朝鮮語と韓国語は同じですか」という質問をよく耳にする。ここでいう「朝鮮語」とは北の朝鮮民主主義人民共和国の言語を指し,「韓国語」とは南の大韓民国の言語を指している。しかし,「朝鮮語=北の言語,韓国語=南の言語」という図式は,必ずしも正しくない。なぜならば,日本語で「朝鮮語」と言った場合,それは北の言語も南の言語も同時に指しうるからである。「韓国語」についても同様に,南の言語のみならず北の言語も同時に指しうる。朝鮮半島で使用されている言語は実は1種類であり,その言語を日本語では「朝鮮語」とも「韓国語」とも呼ぶのである。現在,朝鮮半島には1つの民族が別々の国を作り,一方が「朝鮮」の国号を名乗り他方が「韓」の国号を名乗っている。それに呼応する形で言語の名称も2種類が通用されているわけである。

当の朝鮮半島本国での呼称を見ると,南では「ハングゴ」・「ハングンマル」(ともに「韓国語」の意),北では「チョソノ」・「チョソンマル」(ともに「朝鮮語」の意)という呼称が用いられている。当然のことながら,韓国で「ハングゴ」と言ったら北の言語まで含めて指し示し,逆に共和国で「チョソノ」と言ったら南の言語まで含めて指し示す。

日本では長らく,朝鮮半島の言語を「朝鮮語」と称してきた。これは,この地域の総称を「朝鮮」としているからである(「朝鮮半島」,「朝鮮民族」などの単語を参照)。しかしながら,最近は韓国との交流の活発化や,「朝鮮語=北の言語」というイメージがあるなどの理由により,一般に「韓国語」という呼称を用いる場合が増えつつある。ただし,学界などではこの地域の総称である「朝鮮」の語を用いて「朝鮮語」と言うのが一般的である。

以上は朝鮮半島の言語を何と呼ぶかという問題であるが,そのような呼称の問題を別にしても,朝鮮半島は現実に国が分断しているため,南北の言語は細かく見ると異なる部分もなくはない。とりわけ政治体制や社会制度の相異から来る用語には,かなりの違いが見られる。このような南北の言語の違いは,分断が長引くにつれて,今後どんどん増えていくものと思われる。



  コラム    在日朝鮮人はバイリンガルか

一般に,在日朝鮮人の日常語は日本語であり,植民地時代に朝鮮半島から来たいわゆる在日1世を除けば,在日朝鮮人の母語は日本語である。従って,朝鮮学校や韓国学園などの民族学校に通う在日朝鮮人学生は,駐在員の子女など本国から来ている学生を除けば,ほぼ100%の学生が朝鮮語を第2言語として後から身につけた人びとである。だから,「バイリンガル」を「2つの言語を母語並みに駆使すること」と規定するのであれば,民族学校に通う学生は「バイリンガル」ではない。

近年では,民族学校で朝鮮語を教える教師が朝鮮語を母語としない場合が多い――殊に朝鮮総連系の学校ではほぼ全てがそうである――ため,本国の朝鮮語とは異なったいわゆる「在日朝鮮語」が拡大再生産される傾向が強まっている。在日朝鮮語は,在日朝鮮人の母語である日本語の影響を強く受けており,発音・文法・語彙などさまざまな面で本国の朝鮮語と違いが出てきており,すでに本国で通じにくくなりつつある。


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