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2013年9月 月次レポート(水沼修 ポルトガル)

月次レポート(9月)

水沼 修

 今月は,電子化コーパスからの用例抽出作業,及び,データ整理作業に多くの時間を割きました.修士論文をはじめ,これまでの調査では,公証人文書や私的書簡などの非文学作品や,聖人伝や年代記などの散文の文学作品を中心に扱ってきました.ただし,文学作品の中でも,韻文テキストに関しては, 韻律の影響により,形式を構成する各要素(haver/ter,過去分詞,直接目的語)が普段とは異なる語順で用いられている可能性を考慮し,これまでは調査の対象としてきませんでした.しかし,本研究では,形式的特徴に関する記述だけでなく,形式の意味に関する分析も併せて行うため,中世ポルトガル語文学の代表である叙情詩群 (http://cantigas.fcsh.unl.pt)も調査の対象とし,より網羅的な記述を行っていきたいと考えています.

 また,これまで,当該形式(haver/ter + p.p.) に関する諸研究の記述を再検討する作業を行ってきました.初期の研究においては,「所有」を表わす動詞であるhaver (<habere) が複合時制形式の助動詞に発展する過程について,当該形式における過去分詞の性数変化の有無や,構成要素の語順といった形式的観点に基づいた分析を通じ,発展を遂げた時期を推定する試みが行われていました.また,幾つかの研究においては,それぞれの用例が表していた意味についての言及も行われてきました.
 その中でも,ポルトガル語の「現在完了形(haver/terの現在形+過去分詞)」が,その歴史において,いわゆる「単純過去(pretérito perfeito simples)」と同じような機能を持っていた時期があったかどうかという点について,研究者の意見は分かれており,また,形式がこのような機能を持って使用されていると考えられる用例を指摘する研究者の中には,それが,作者の出身国の言語や,作品の翻訳元である言語の影響によるものと結論づける研究者もいるようです.

 報告者が過去に行ったポルトガル語版「聖杯の探索(A Demanda do Santo Graal)」における同形式の調査において,terに対するhaverの出現頻度や,過去分詞の性数変化の特徴などが,同時期(15世紀)に書かれた他の作品よりも,それより古くに書かれた作品(13〜14世紀)における特徴と類似していることが明らかになりました.これは,この作品がフランス語から翻訳された時代が,13世紀半ばであったことに起因すると考えられます.(ただし,翻訳元であるフランス語の影響の有無については,まだ調査を行えていません.)

 また,Mafalda Frade (2011)1のように,同一作品のポルトガル語版と翻訳元の言語であるラテン語版を比較対照し,同形式が現れる箇所に両版でどのような違いが見られるかを調査した研究もあります.

 本研究においては,意味論的観点に基づいた分析を通じ,特に「現在完了形」の意味機能が,現在に至るまでにどのような変遷を遂げたのかについて,できるだけ詳細な記述を行いたいと考えています.その際,調査対象となっている各作品の歴史,特に,オリジナルが書かれた言語,翻訳の過程,写字生に関する情報などにも留意し,その言語特徴が示す意味について,十分な配慮を行っていきたいと考えています.


1
Frade, Mafalda (2011) Teer/aver + particípio passado no 'Livro dos Ofícios' do Infante D. Pedro. In Diacrítica. No prelo.

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