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2013年6月 月次レポート(太田悠介 フランス)

ITP-EUROPA月次報告書(6月)

太田 悠介

 雑誌『現代思想』がアントニオ・ネグリ(1933‐)とマイケル・ハート(1960‐)の思想をテーマに7月号を組むということで、「大衆の情念のゆくえ――アントニオ・ネグリとエティエンヌ・バリバールのスピノザ論」と題する小論を執筆した。同号はネグリ/ハートが2000年代に入ってから共著というかたちで問うてきた『〈帝国〉』、『マルチチュード』、『コモンウェルス』の三部作が翻訳で手に入るようになったことをきっかけとして、企画されたものである。
 三部作のそれぞれが詳細な分析に値するだろうが、これら三部作をめぐって交わされてきた近年の英米圏の議論すべてを追ってはこなかったという経緯もあり、報告者の論文では三部作の理論的な骨組みにあたる1980年代にネグリが展開していた議論に絞って論じた。具体的に言うならば、ネグリのスピノザ論『野生のアノマリー』(1981)の射程を、バリバールのスピノザ論(『スピノザと政治』1985、『大衆の恐怖』1997、『世紀』2012)と照らし合わせながら検討した。ネグリ/ハートの「マルチチュード(multitude)」概念、そしてバリバールの「大衆(masses)」概念は、いずれもスピノザに由来する。本稿では、これら両者のスピノザ解釈の相違点を明らかにすることを試みた。詳細は完成稿に譲るが、スピノザ解釈という思想史上の争点を洗い出すことが、今日の社会状況を理解する際に有効な視座をもたらしうるのではないかという当初の見通しは、ある程度達成することができたと自負している。
 担当編集者の方から完成した7月号をいただき、実際に手にしてみて気づくのは、編集者の眼、ひいては読者の眼から自分の研究がどのように映るかという点である。ネグリ/ハートの議論に沿って「〈コモン〉」、「潜勢力」、「ポストメディア」、「ネットワーク/テクノロジー」、「労働/蜂起」といった各項目が設定され、これに応じて論考がまとめられている。報告者の小論は「情動」という枠組みのもとに置かれていた。執筆している最中は仕上げることに精一杯で、そもそも他にどのような執筆者の方々がいらっしゃるのかすらも存じ上げていなかったが、出来上がった同号には報告者の論考と論点を共有するものもいくつか見受けられる。どのような論者の方々と近い立場にあるのかがよく分かり、自らの研究が置かれている位置についてあらためて意識させられた。
 バリバールとネグリの関係に限らず戦後フランスにおけるスピノザ受容は、博士論文の骨子のひとつである。今回の小論の執筆を博士論文に生かしてゆきたいと思う。自身の研究を対象化する視点についても、今後はつねに念頭に置いておきたいと考えている。

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 『現代思想』7月号

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