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2013年5月 月次レポート(太田悠介 フランス)

ITP-EUROPA月次報告書(5月)

太田 悠介

 今月も先月と同様に、自宅と国立図書館を往復しながら博士論文のための作業を続けている。今月の報告書では、研究の進捗状況の一環として、刊行間近の翻訳書について記したい。
 共訳書というかたちで翻訳を進めているのは、ジェラール・ノワリエル『フランスというるつぼ――移民の歴史、19世紀から20世紀』である。報告者が主題としているバリバールの「大衆」論は、マルクス主義の階級概念の全体性批判という側面を有する。マルクス主義によって社会事象の全面的な説明が可能であるかというこの論点に関して、移民あるいは移民労働者(移民は何よりもまず労働力として導入される)は試金石の役割を果たす。詳細な議論に立ち入ることはできないが、少なくとも戦後フランスに限れば、移民はマルクス主義の説明体系にはしばしば収まらず、むしろ大衆の実像とも言うべき位置にある。この共訳書はそれゆえ、報告者にとって自らの主題を歴史的にあらためてたどり直す機会となった。
 博士論文の主題との関連はこのように整理できるが、歴史学の文献の翻訳を手がけるのは初めてだったこともあり、実際の翻訳作業の過程においては固有名など手間取る点も少なくなかった。著者は同書で、歴史が基本的には語りという構造を持つことを重視し、この語りからこぼれ落ちる要素、あるいは語りの筋に対して異質である要素をできるかぎり復元することに努めている。具体的には、フランスの正史に対して、移民の記憶を小説の一部などを多数援用しながら意図的に断片的に描くという手法である。また、イタリア、スペイン、ポルトガル、ロシア、ポーランド、モロッコ、アルジェリアといった各地から押し寄せた移民に具体的な像を与えるために、現地の言葉や表現が頻繁に用いられていた。
 原著で言及されている文献にあたるなどしても調べきれなかった点に関しては、幸いにも今月の中旬にノワリエル氏本人に会って直接たずねる機会を得た。1988年の初版の刊行からすでに20年以上の時間が経過しているが、ノワリエル氏は当時の状況や執筆の背景を振り返りつつ、こちらの質問に丹念に答えてくれた。この著作には訳者のひとりとして関わったにすぎないが、著者と直接言葉を交わすことによって、あらためて一冊の著作を刊行するということの重みを実感する機会となった。

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(『フランスというるつぼ』表紙)

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