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2013年2月 月次レポート(太田悠介 フランス)

ITP-EUROPA月次報告書(2月)

太田 悠介

 現在居住しているアパートの契約が3月末に切れ、更新ができないとのことで、今月は引っ越し先のアパートを探しながら研究を進めることになった。住宅不足のパリ周辺部では貸し手が完全に有利というのが現状である。そのため、不動産屋の連絡を受けて駆けつけてみると、めまいを起こすのではないかというほど床が完全に傾いた物件に二度も出会うなど、紆余曲折もあった。しかし最終的には、様々な幸運も重なって、新しいアパートをパリ市内の13区にみつけることができた。
 住居探しにさらに日本からの来客などもあって慌ただしい一月のなかにあっても、昨年投稿していた2本の査読論文〔『クアドランテ』(東京外国語大学海外事情研究所)および『社会思想史研究』(社会思想史学会)〕の最終的な掲載の連絡をいただいたことは、研究を進めるにあたってひとつの励みとなった。「階級から大衆へ――エティエンヌ・バリバールのイデオロギー論をめぐって」および「矛盾と暴力――エティエンヌ・バリバールの政治哲学序説」と題するこれら2本の論文いずれも、現在博士論文で取り組んでいるバリバールの思想史研究の一部を、「イデオロギー」、「矛盾」、「暴力」といったバリバールの鍵となる概念に着目してまとめ直したものである。いまだ課題の少なくない拙稿に丁寧にコメントをくださり、修正の指針を与えてくださった査読者の方にあらためて感謝申し上げたい。今後はそれぞれの論文に手を加えて完成度を高めるとともに、最終的にはそこで展開した論点を博士論文に埋め戻すことを意識しながら、修正を心がけるつもりである。
 今月はもうひとつ印象に残る出来事があった。それは学部生時代からお世話になっている中山智香子先生から送っていただいたご高著『経済ジェノサイド――フリードマンと世界経済の半世紀』(平凡社新書、2013年)を拝読したことである。自由主義対共産主義(全体主義)という冷戦の対立構図の背後で、それをなし崩しにするかたちで共通の構造(市場の「外部」としての企業と貨幣の前景化)が立ち現れる様を、ミルトン・フリードマン(1912-2006)という特異な経済学者の個人史と重ね合わせながら描き出した良質の思想史研究という感想を持った。そして、同著はその内容においてのみならず研究手法に関しても、報告者にとっては示唆に富むものであった。すなわち、先に述べたような個々の論点を展開しながら博士論文にそれらをまとめ上げようとする段階にある報告者にとって、新書というかたちでご自身の研究を一般に分かりやすく提示するその手さばきからは、学ぶところが大いにあった。
 冒頭でも申し上げたように、一昨年から8か月間住んで慣れ親しんだクリシー市を離れ、来月末からふたたびパリ市内に戻ることになった。クリシー市はパリ郊外にありながら、町の風景においても隣人との付き合いにおいてもどこか田舎町の風情が残っており、印象に残る滞在となった。郊外型の高層の共同住宅にいまだ完全には占拠されておらず、市場に赴けばパリ近郊の新鮮な食品が手に入るクリシー市は、都市と田舎のあいだ、さらには郊外と田舎のあいだの緩衝地帯であったように思う。ここで暮らした日々を今後どのように言語化できるのかは現段階では見当もつかないが、いずれ自分の研究のなかで位置づけてみたいと考えている。

Ota2013.2-1.JPG (クリシー市の市庁舎)

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