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2013年1月 月次レポート(太田悠介 フランス)

ITP-EUROPA月次報告書(1月)

太田 悠介

 今月は日本語での作業に多くの時間を割くことになった。商業誌の記事(『現代思想』2月号)の執筆、2本の投稿論文の修正稿の提出が求められていたからである。フランス語の博士論文との兼ね合いが難しかったが、いずれも何とか終えることができた。2本の投稿論文に関しては、現在、掲載可否の最終的な決定を待っている段階であるため、本報告書では具体的なことを申し上げることはできない。ここでは、すでに脱稿した『現代思想』の「研究手帖」について簡単にご報告申し上げたい。
 「研究手帖」は800字程度の小記事で、主として若手の研究者に執筆の機会が与えられているようである。多くの人の目に触れる商業誌という性格を踏まえたうえで、限られた字数のなかで研究の一般的な射程を提示することが求められる。報告者は現在取り組んでいるバリバールの思想史研究の宛て先のひとつとして、「ポピュリズム」の問題を取り上げた。
 一般に「ポピュリズム」とは、争点を単純化して提示することで、民衆層の既存の社会に対する不満の受け皿となる運動のことを指すとされる。ポピュリズムの概説としては吉田徹『ポピュリズムを考える――民主主義への再入門 』(NHKブックス、2011年)、エルネスト・ラクラウ『ポピュリストの理性』(未邦訳)などが詳しいが、近年のフランスの例に限るならば、反欧州連合、移民排斥を掲げる極右政党「国民戦線(Front national)」、さらにはフランス共産党などの左派諸政党や組合が連携する「左派戦線(Front de gauche)」、そして反資本主義を標榜する極左政党「反資本主義新党(Nouveau Parti anticapitaliste)」といったいわゆる左右の両極がこれに該当するとされる(注1)。しばしば批判されるのは、ポピュリズムが「実現不可能」な方針でもって民衆の感情に訴えるという点で、そのとき「ポピュリズム」、「ポピュリスト」の語は罵倒として用いられる。
 しかし、ポピュリズムの批判が見逃しがちなのは、既存の政治の枠組みそのものに対してポピュリズムが突きつける「ノン」の力である。社会から「離床」した市場がすべての決定権を持ち、政治はこれに従うとされる今日においては、しばしば素朴な仕方ではあれポピュリズムが敵対性を作り出し、政治に自律性を取り戻させようとする傾向を持っているという点を無視するべきではない。今回の拙稿ではこうした主旨の内容を書かせていただいた。
 今回の原稿で示したこうしたポピュリズムをめぐる一般的な見取り図を、バリバールの思想へとふたたび差し戻してみるならば、次のようなことが確認できる。バリバールが1981年まで所属していたフランス共産党の影響力が低下してゆき、これと入れ替わるかたちで国民戦線が台頭してくること、既存の政治の枠組みの「外部」に立って敵対性を作り出す力が共産党から国民戦線へ、さらには階級闘争が人種闘争にとって代わられつつあることである。1998年の著作『市民権の哲学』のなかで「反抗を国民戦線に独占させるな」と記していたように、バリバールには、ポピュリズムの提起する「否」の意義を認めつつも、同時にこれとは別の仕方でいかに抵抗の力線を引くのかという問題関心がつねにあった。つまり、1980年代以降の仕事の一部が、ポピュリズムの問題と直接結びついているのである。
 今回の記事の執筆は、ポピュリズムの問題という観点からバリバールの思想を捉え直す機会となった。ポピュリズムの問いを辿ってゆくならば、やはり戦間期のファシズムの問いを避けることはできない。これは現在の研究の枠に収まらない射程を持った大きな思想史的課題であるが、これもまた今後視野に入れながら考察を進めてゆきたいと思う。

 

(注1)歴史家ミシェル・ヴィノックにならって、フランスのポピュリズムの歴史を紐解くならば、三つの主要なポピュリズムを指摘することが可能である(Michel Winock, « Les populismes français », dans Jean-Pierre Rioux, Les populismes, Presses de la Fondation nationale des sciences politiques et Perrin, 2007, pp. 131-154)。フランス第三共和制の不安定な議会政治に対する不満を集めて台頭した軍人ジョルジュ・ブーランジェ(1837-1891)、第二次大戦後の近代化・都市化の陰で次第に消えていった「古き良きフランス」としての農村社会に対するノスタルジーを背景に、こうした近代化・都市化の恩恵に授かる企業勤めの給与生活者に対する小商業者の不遇(特に税負担の不公平)を訴えて支持を集めた文具書籍商ピエール・プジャード(1920-2003)、そしてこのプジャード運動においてかつて議員を務め、1972年に「国民戦線」を創設したジャン=マリー・ル・ペン(1928-)である。

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