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2011年2月 月次レポート(太田悠介 フランス)

ITP-EUROPA月次報告書(2月)
                                                                                         太田 悠介

  雪の日が多く冷え込んだ昨年の12月とはうって変わり、1月以降は比較的温かい日が続いています。しかし、気温が上昇して過ごしやすい反面、例年なら4月頃に始まるはずの花粉症の症状がすでに2月の現時点で出始めています。体調管理にも気を配りながら研究を進めなければなりません。
  今月の報告書では、17日に参加させていただいた社会科学高等研究院のある授業について記したいと思います。授業を担当したのは日ごろからお世話になっている友人で、授業の題目は「日本におけるアンティーユ文学の受容(1990年代~)」というものでした。友人はマルチニックの作家エドワール・グリッサンに関する博士論文を日本で提出したのち、現在は社会科学高等研究院に研究員として籍を置いており、そうした経緯から今回フランス語での授業を一度受け持つことを依頼されたとのことでした。当日は友人が所属している日本研究所の教授陣や学生のみならず、私を含めたパリに滞在している日本人の学生や研究者も数多く詰めかけました。
  1990年代に日本の知識人たちのあいだで、エドワール・グリッサン、パトリック・シャモワゾー、ラファエル・コンフィアンといったクレオールの作家たちの思想に対する関心がなぜ高まったのかという問題提起から出発したこの発表は、クレオール概念の説明とこの概念を翻訳することに伴う問題点、沖縄を含む日本の周縁地域とクレオールとのつながり、クレオール概念に影響を受けた日本の知識人たちの仕事の紹介など、多岐にわたるテーマを丁寧に説明した発表という印象を受けました。また、日本にいた時に慣れ親しんでいた多くの論者の名前が挙がり、クレオールの思想的な動きと交錯する国民国家批判、ポストコロニアル研究、カルチュラル・スタディーズなどの分野の研究の蓄積にも随時言及がなされたために、私のような日本から来た学生や研究者にとっては、自分たちの研究のある一部のバックグランドをいわば総復習する機会となり、その点でも興味深い発表でした。
  そうした具体的な内容以上に私の関心を引いたのは、研究の内容を分かりやすく伝えるためにそれをいかに簡明な言葉で表現するかという点に友人が心を砕いていたことでした。グリッサンをはじめとする作家たちのビジョンのうちにあるクレオール概念をひとつの完結した概念として説明することだけに満足せず、その概念をより具体的な事柄と接続することで、その射程を探るという点に多くの努力を払っているように見えました。そうした努力のかいもあってか、日本人の学生や研究者からだけにとどまらず、とりわけ日本の地域研究や日本史を専門とするフランスの教授陣から多くの質問が提出され、発表者とのやりとりを関心を持って聞きました。
  所与の現実とされているものへの単純な迎合には陥らずに、それでいながら研究の核心を誰にでも分かる平易な言葉に咀嚼して提示すること。こうした一見矛盾するように見える二重の要求に応えるという研究を進めるにあたってのおそらく最も基本的な前提が、フランスに来て以降、絶えず要求されているように思われます。今回の社会科学高等学院での授業を聴講することを通じて、自分の研究をこうしたより一般的な観点から見つめ直してゆくことの重要性を再確認しました。現在準備をしている投稿論文を執筆する際にも、こうした観点をよりいっそう意識したいと考えています。
  この授業以外にも、パリ第8大学の指導教授であるアラン・ブロッサ教授の1週間にわたる集中講義、イタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベンが招聘教授としてパリ第8大学で行っている講義などに参加しました。その際には、現在ロンドン大学で法理論を教えているアントン・シュッツ氏とお会いしました。以前東京外国語大学に招聘されて授業を担当していたので、数年ぶりの再会となりました。また先月のレポートで報告しました訳書『民主主義は、いま?』を以文社の担当編集者の方から送っていただき、初めて実際に手に取ってみることができたことも今月の印象に残る出来事でした。


 

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