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2011年12月 月次レポート(太田悠介 フランス)

ITP-EUROPA月次報告書(12月)

太田 悠介

 今月は日本語での投稿論文の執筆と、昨年度から博士論文と並行して進めてきた翻訳作業という、主として二つの作業に取り組みました。
 18日にパリ国際学生都市の日本館で開催されたフランス思想研究会で発表の機会を設けていただいたので、これに向けて投稿論文の執筆を行いました。当日の会では論文の核となる論点に関して多くの指摘を受けました。今後はそれをできる限り論文に反映したうえで、修正稿の完成を急ぎたいと思います。
 昨年から取り組んでいる翻訳のテクストは、ジェラール・ノワリエル『フランスというるつぼ――19世紀と20世紀の移民史』(Gérard Noiriel, Le Creuset français. Histoire de l'immigration XIXe-XXe siècle, Seuil, 1988[2e édition augmentée, Seuil, 2006])です。本書は共訳での出版が予定されており、全6章からなる本書の3章と4章を担当しています。一昨年から昨年にかけて3章の下訳を済ませており、今月は残りの4章の下訳を終えました。
 1950年生まれで現在は社会科学高等研究院(EHESS)で教鞭を執るノワリエルは、現在ではフランスにおける移民史研究の草分けとして知られています。ノワリエルはベルギーやルクセンブルグとの国境線にほど近いフランス北東部のロンウィー(ムルト=エ=モゼル県)の製鉄業の労働者・鉱夫を論じた博士論文で1982年に博士号を取得します。この時点では移民の問題は必ずしも関心の中心にはなかったようです。しかし、国境線に接する北東部は鉱夫としてベルギーなどから大量に出稼ぎ労働者が流入していたため、この地方はほぼ一世紀の間、フランスの中でも特に外国人人口の割合の高い地域でした。このような背景がノワリエルに移民(とりわけ移民労働者)のフランスにおける位置の歴史的な考察へと向かわせます(« Itinéraire d'un engagement dans l'histoire », entretien avec Gérard Noiriel, dans Pensées critiques : dix itinéraires de la revue Mouvements 1998-2008, La Découverte, 2008, pp. 153-170)。
 『フランスというるつぼ』はその後のノワリエルが移民の問題へと次第に焦点を合わせてゆく出発点となった著作です。第三共和政以来の国民形成の歴史的な過程における移民の導入の様子を描写しつつ、移民史という新たな歴史枠組みの方法論的な構築を目指すこの著作からは、新しい問題系を具体化しつつあった当時の著者の緊張感が感じられます。そうした著者の筆致までも復元するような翻訳に仕上げたいと考えています。
 
 それから今月は「反復帰論と国家の外の思考――沖縄訪問によせて」と題する短い文章を執筆しました。これは昨年の6月に同行させていただいた本学の中山智香子先生のゼミ合宿の成果をまとめたゼミ論文集に寄稿するための小文です。「反復帰」論とは、1972年のアメリカから日本への施政権返還を機に60年代後半から70年代にかけて特に高まりをみせた、沖縄の独立を掲げる一連の思想運動を指します。琉球処分、沖縄戦、沖縄返還という現在の沖縄を形づくる三つの重要な経験をもとに「反復帰・独立」という立場を打ち出したこの思想運動の本質が、「国家の外」をはっきりと志向する点にあるという仮説を立て、その射程をはかることを試みました。沖縄の問題には門外漢であるためあくまでエッセイの域を出ない文章ではありますが、沖縄というこれまで視野の外にあった場から問いを立ててみることで、現在の自分の研究の方向性がかえって明瞭になる感覚を覚えました。この感覚を大切にしながらまた自分の研究に戻りたいと思います。

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