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2011年11月 月次レポート(太田悠介 フランス)

ITP-EUROPA月次報告書(11月)

太田 悠介

 今月も先月と同様にパリ14区の国立図書館に足を運びながら研究を進めました。館内は静謐な空間で作業に集中することができています。11月は大学の新年度の日程が本格化し始める時期でもあるため、研究に関連するいくつかの催しに参加しました。
 10日はフランクフルト学派の哲学者ユルゲン・ハーバーマスがパリ第5大学の招聘に応じて講演を行うということで、これに参加しました。講演は最近のヨーロッパの経済危機を念頭に置きながら、ハーバーマスにとってのヨーロッパの構想をいま一度明らかにするという主旨のものでした。事前に新聞の紙面(10月26日付『ル・モンド』)で読むことができた発表原稿の一部にあらかじめ目を通し、手元にあったハーバーマスの小著『近代――未完のプロジェクト』(三島憲一編訳、岩波書店、2000年)などもこの機会にあらためて読み直しました。
 今回の講演に限らず近年のハーバーマスの発言を通じて明らかになるのは、戦後ドイツと戦後フランスで共通した問題群が浮上してきていることです。ヨーロッパ統合以外にも、第二次大戦期を中心とする過去の歴史の再審、移民労働者の排斥運動など、それぞれの固有の時代背景はありながらもいくつもの類似したモチーフが存在しており、そのことが戦後ドイツと戦後フランスの相同性に気づかせてくれます。私が研究の中心に置いているバリバールもまたハーバーマスと同様にフランスにおけるこれらの問題群に深く関与しているだけに、こうした問題群の認識の大枠として両者の類似性を念頭に置いておきたいと考えています。
 28日はエッフェル塔のすぐ脇に立つシャイヨー宮の劇場で開催された、フランツ・ファノンの死後50周年の記念集会「現代のフランツ・ファノン」に参加しました。登壇者の中で特に印象に残ったのは、2008年に『黒人の条件――フランスのマイノリティについての試論』(Pap Ndiaye, La Condition noir. Essai sur une minorité française, Calmann-Lévy, 2008)を上梓したパップ・ンディアイと、サルトル研究者であると同時にフランス語圏文学の造詣も深いフランソワ・ヌーデルマンの両氏でした。両氏の報告の内容は細部では相違があるものの、いずれの報告もコロックの主題である現代という時代状況においてファノンを読みなおすという問題意識を強く打ち出した発表でした。
 その際に「現代」という言葉で両者が意図していたのは、明らかに「ポストコロニアル」という時代状況であったと思われます。すなわち、フランスがかつてのように直接統治する海外領土をもはや保有していないという意味でのポストコロニアル状況を踏まえながら、いかにしてファノンを読み替えることが可能なのかという問いを両者が共有していたということです。ファノンのテクストにはポストコロニアリズム状況を先取りしたような叙述が見出せるのは事実ですが、彼のプライオリティは何よりもまずコロニアリズムに向けられていたことは確かです。したがってンディアイとヌーデルマン両氏のテクストの読解は、それが著者の主張の核心から距離をとる限りで、厳密に言うならば著者の意向に逆らう読解方法であるのかもしれません。しかし、いずれの発表からもそうしたテクストの読解の恣意性が感じられることはなく、むしろファノンのテクストをあらたな視座のもとに置き直し、そのさらなる可能性を引き出す発表という感想を持ちました。
 著者の意図によって規定されるテクスト解釈の幅の限界を踏まえたうえで、同時にそこに自分の問題関心と呼応する論点を見つけ、それをその同じテクストにそっていかに説得的に読み込んでいくのか。両氏の報告のいずれもがこの点ではきわめて示唆に富むように思われます。現在執筆している投稿論文ではテクストの細部の解釈に入り込み過ぎている箇所が散見されていただけに、今回のコロックは読解の主軸となる全体的な方向性をより明確に打ち出すことの重要性を再認識する機会となりました。

 

 


 

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