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2010年7月 月次レポート(太田悠介 フランス)

                  ITP-EUROPA月次報告書(7月)
                                              太田 悠介

 昨年の9月よりパリ第8大学への留学を開始していましたが、今月からITP-EUROPAプログラムのもとでの研究を開始しました。海外での研究という機会を支えてくださる様々な方の支えに感謝しつつ、研究を進めてゆきたいと思います。
 昨年度は初めての本格的な留学の機会を得たということもあり、それまで著作を通してしか知る機会のなかった思想家の生の声を講義やコロック等で直接聞くこと、あるいは研究分野に関連する新著を書店で出版直後に手にとって読むことができる喜びがあまりに新鮮で大きかったために、必然的に外出する機会も多くなり、その意味で自身の研究だけに専念していたとは言い切れませんでした。本年度は博士課程の2年目に当たるため、博士論文の具体的な執筆作業に取り組める態勢をできるだけ早く整えられるようにするつもりです。
 7月はこちらの大学の暦では年度の終わりの時期となりますが、大学の授業だけでなくそれ以外の場でのコロックやセミネールの機会もほぼ皆無と言ってもよいほどまでに減り、基本的にあらゆる教育・研究機関が9月末までの長いバカンス・シーズンに入ります。その結果自宅で研究を進める時間をこれまで以上に確保しやすくなります。しかし、太陽が夜10時頃まで沈まず気温も上がるこの時期は、夏らしい夏を満喫できる唯一の短い期間でもあり、書店に足を運び新刊をチェックするといったことを口実に何かと外出の機会を設けたいという誘惑に最も悩まされる時期でもあります。
 さて、今回は第一回目の月次報告ということなので、現在の研究の方向性について書きたいと思います。私が研究の対象として扱っているのは、1942年生まれで現在も健在のエティエンヌ・バリバールという思想家です。多くの哲学者の中から今もなお存命の哲学者をあえて取り上げるようになった理由のひとつとしては、グローバル化の進行のもとで訪れた国民国家の危機という事態に以前から関心を持っていたという点が挙げられます。そしてこのグローバリゼーションの特徴のひとつの側面として、それが国民国家の正統性の根拠であり続けてきた暴力の独占を根底から掘り崩すものであるという点にとりわけ関心を持つようになり、この問題を堅実な哲学的、歴史的なパースぺクティブのもとで論じてきたのがバリバールであることに気づいたのが、その思想に取り組むようになった端緒だったように思います。
 マルクスとスピノザが頻繁に参照されることから明らかなように、バリバールの思想的背景にはこの両者の思想があります。その成果が表れたのが主著La Crainte des masses(『大衆の恐怖』1997)でした。ところが、今年の春に第二の主著と呼んで過言ではないボリュームのViolence et civilité(『暴力と開明性』)がLa Proposition de l'égaliberté(『平(へい)由(ゆ)の定理』)とほぼ同時に出版されました(なおégalibertéとはフランス語には実在しない言葉で、égalitéとlibertéを組み合わせた語であり、したがってその訳語「平(へい)由(ゆ)」も平等と自由の両語を合わせて作られた造語です)。『暴力と開明性』は自分がバリバールの思想に着目するきっかけとなった彼の一側面がよりいっそう明確に打ち出された著作であり、その意味で自分の持っている読解の方向性を後押ししてくれているような気がしました。もちろん、私自身の思考の方向性それ自体がバリバールのテクストを読み進めてゆくうちにそこから無視できない影響を受けている以上、バリバールとのあいだに今回のような問題系のある程度の符合が見られるというのは当然かもしれません。が、とにかく今は「後押ししてくれている」と自己了解して作業を進めてゆきたいと思っています。
 次回の月次報告でも今回と同様に、日常の生活状況と並行して研究の内容もまた少しずつ紹介していきたいと思います。


 

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