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2009年10月 月次レポート(秋野有紀 ドイツ)

                                                        ITP月次報告(10月)
                                                                                                秋野 有紀

 今月は非常に慌しく過ぎました。まず、8日に「新連立政権は、文化と言語に関する基本法の改正を前向きに検討することで一致した」という報道がありました。指導教員のシュナイダー教授は今学期は研究従事学期を採られており、大学にはあまりいらっしゃらないので、電話でこの件と博士論文の内容について相談・議論しました。論文は残り2章をあと2ヶ月で調整していく事になっています。連立交渉はしかし、まだはっきりとした結論を出してはいません。
Akino10-1.JPG   私が通っている州立図書館の長期利用者ロッカーの鍵は、3ヶ月に一回更新が必要です。今回は更新の1週間前にすでにウェイティング・リストに3人も待っていて、延長できそうにはありませんでし     た。州立図書館までは、行き帰りで徒歩合計1時間と電車で30分かかります。私の家の近所には、隣に世界遺産の大聖堂の図書館、徒歩10分圏内に市立図書館、自転車で15分圏内に大学図書館があります。しかし州立図書館は、非常に早く貸し出しが出来、天井も高く、ずっと通っていて職員さんもよく知っている場所なので、重い荷物を持たずに毎日通う為にもこのロッカーの鍵は非常に重要なのです。ヨーロッパの学者は、とりわけ散歩好きだと思うのですが、カントのようには毎日規則正しく散歩をしようという勤勉な意欲のわかない私にとっては、この往復時間を「1日のスポーツの時間」として確保したいという、怠け者なりの切実な思いもあり、とにかく鍵問題は今月の大きな心配の種でした。しかし辛くも期限切れ1日前に無事もう一度延長することができ、一安心いたしました。この図書館の歴史は、ライプニッツが館長をつとめていた時代にまでさかのぼります。現在はモダンな建物なのですが、展示や講演会や映画会なども毎月催され、ドイツの文化について、学べる機会も多いです。
 月末にはフランクフルトの文化局で、1年前にはアポの取れなかった担当者の方にようやく会うことが出来、現在の政策・財政状況について2時間ほど確認のインタビューを行いました。せっかくフランクフルトまで行ったので、3日間滞在し、市立資料館でも市議会の議事録を確認してきました。前に訪れたのは1年半も前だったのですが、資料館の職員さんたちも覚えていてくれて、関係のありそうな資料をいろいろ教えてくださいました。博士論文に使う分の議会の議事録と地元新聞社の資料館の資料は2年前に20年分すべて複写し、すでに目を通してあるのですが、今回は文化政策とは直接関係のない、会計と人事のファイルで抜けていた情報がないかを確認をしてきました。新聞と書籍と議事録を確認し、関係者にもインタビューをすると、殆ど内容は重複してはいるのですが、やはりその頃を知らない外国人研究者なので当時の状況をなるべく具体的につかみ、事実に間違いのない論文を書くためにも、漏れなく確認しておかないと不安だという気持ちがあります。いずれにせよ、大きな事件の際の議会での議論の経過を議事録で読んでいると、その時の状況がありありと浮かんできて楽しいのも事実です。
 滞在最終日の朝、ホテルにあったフランクフルター・アルゲマイネ新聞を読んでいたら、フランクフルトにおける19世紀の市民文化の開花に欠かせない貢献をした「歴史に忘れ去られたユダヤ人」レオポルト・ゾンネマンの展覧会が翌日から歴史博物館で始まる、という記事を見つけました。フランクフルター・アルゲマイネ新聞の前身を作り、旧オペラ座や植物園なども遺したゾンネマンについては、私も以前からとても関心を持っていたので、滞在予定日の計画を失敗した! と後悔しながらも、図録だけでも買えないかと思い、資料館での作業も早めに14時に終わらせることができたので、歴史博物館に行ってみました。カタログはしっかりと入口に並んでいたので、迷わず購入し、展示が明日からで残念だというおしゃべりをしていたら、職員さんが、「今夜もう一度18時に来たら見られますよ、招待してあげます」と言ってくださいました。帰りの電車は19時半だったので、18時にもう一度歴史博物館に戻る事にし、それまでユダヤ博物館でフランクフルト学派の展覧会を見ることにしました。マイン河沿いには13館のミュージアムが並んでおり、ここが私の研究場所なのですが、すべて徒歩圏内なので非常に便利です。今期は市としては、「フランクフルトの民主化と近代」という重点テーマを持っているので、例えばユダヤ博物館と歴史博物館のそれぞれの展示も、なだらかに関連性を持っています。最初はユダヤ博物館での18時から1時間のガイドを聞こうと考えていたのですが、18時からは歴史博物館に予定変更です。ユダヤ博物館の展示には、アドルノのIDカードやホルクハイマーのアドレス帳―筆跡はその思想とは比例することなく、達筆とはいえませんでした―、講演の録画やラジオの音源、手紙、研究の統計につかった当時の最新のマシーンがおいてあり、また彼らのアメリカでの生活の模様やこれまで余り焦点の当てられてこなかった女性たちにも光が当てられていて極めて興味深いものでした。フランクフルトのすべてのミュージアムでは、80年代の市の芸術・歴史教育の普及政策に基づき、展示案内はすべて、基幹学校卒業者のレベルで必ず内容が分かるように書かれています。そのため、外国人の私でも辞書は必要ありません。展示を見終え、歴史博物館に戻ってみると、午後にお会いした職員さんが中に入れてくださいました。しかし通されたのは想像していた展示会場ではなく、講演会場でした。100人ほどの参加者の中には、アメリカからわざわざやってきたゾンネマンのひ孫の他、市の文化政策担当官、文化政策の学者やフランクフルトの他のミュージアムのディレクター、キュレーター、出版者、企業家など、普段私が新聞や書籍でその名を見ていた人々がいらっしゃり、複数の新聞社のカメラマンが写真をとっていました。想像とは違う状況だったので本当に入っていいのかと驚きましたが、スポンサーや友の会会員向けの前夜祭だったようで、ディレクターや文化政策担当官の講演を聞き、市民の反応を見ることが出来、非常に面白い体験となりました。通常の専門家へのインタビューなどでは垣間見られない、芸術文化でまちを盛り立てていこうという市民の強い意欲や、他のまち―特にベルリン―には絶対に負けたくないのだ! という政治家の野心を目にして、フランクフルトの文化シーンを支えている社会的な背景をまたひとつ垣間見られたような気がしました。今後も文化政策という領域を研究して行く上で、非常に有意義な体験となりました。

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             市立資料館(フランクフルト)             欧州中央銀行のあるユーロタワー (フランクフルト)

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