TUFSグローバル・スタディーズ学会 2020年度(第一回)大会

開催日時

2021年3月14日(日)13:00~17:30

場所

Zoomミーテングでのオンライン開催

プログラム

3月14日(日)午後13:00~17:00 

分科会1 言語学 司会:萬宮健策(総合国際学研究院)

  • 報告1:袁姝(博士後期課程)(13:00~13:40) 使用言語:日本語
    「日本語の「不同意」に関わる談話研究の動向と課題」 要旨
    討論:伊集院郁子(国際日本学研究院) 
  • 報告2:高甜(博士後期課程)(13:50~14:30) 使用言語:日本語
    「「ノダ」文の文法的特徴と意味機能」 要旨
    討論:川村大(国際日本学研究院)
  • 報告3:大河原香穂(博士後期課程)(14:40~15:20) 使用言語:日本語
    「フランコプロヴァンス語地域における名詞の数の体系―Atlas linguistique de la France『フランス言語地図』を用いた分析―」 要旨
    討論:秋廣尚恵(総合国際学研究院)
  • 報告4:川本夢子(博士後期課程)(15:30~16:10) 使用言語:日本語
    「謝罪表現と言語的「礼儀」:ポーランド語のケース・スタディ」 要旨
    討論:匹田剛(総合国際学研究院)
  • 報告5 山本真司(総合国際学研究院)(16:20~17:00) 使用言語:日本語
    「イタリア語における分格代名詞と非対格仮説:研究の歴史を振り返って」 要旨
    討論:川上茂信(総合国際学研究院)

分科会2 言語教育 司会:青山亨(総合国際学研究院)

  • 報告1:守屋久美子(博士後期課程)(13:00~13:40) 使用言語:日本語
    「日本語教育非専攻の学部生を対象にした遠隔日本語教育実習における活動の学習環境デザイン」 要旨
    討論:林俊成(国際日本学研究院)
  • 報告2:Onchoysakul Srikanlaya(博士後期課程)(13:50~14:30) 使用言語:英語
    “Toward Syntactic and Lexical Features for Automated Scoring of Non-constructed Spoken Production by Thai (KKU) Learners of English” 要旨
    討論:吉冨朝子(総合国際学研究院)
  • 報告3:Wiastiningsih (博士後期課程)(14:40~15:20) 使用言語:英語
    “Translation Methods related to Japanese culture into Indonesian in Kawabata Yasunari's Yukiguni” 要旨
    討論:アリアン・マカリンガ・ボルロンガン(世界言語社会許育センター)
  • 報告4:モハンマド・ファトヒー(特別研究員)(15:30~16:10)使用言語:日本語
    「アラビア語と外国語教育」 要旨
    討論:長渡陽一(特別研究員)
  • 報告5:西畑香里(世界言語社会教育センター)(16:20~17:00) 使用言語:日本語
    「大学院における通訳実習のあり方に関する研究 ―学内リソースを活用したコラボレーション授業の事例から―」 要旨
    討論:内藤稔(総合国際学研究院)

分科会3 文学・文化 司会:水野善文(総合国際学研究院)

  • 報告1:田中あき(博士後期課程)(13:00~13:40) 使用言語:日本語
    「カイ・フン著『道士』(1944)日本軍進駐期の仏領インドシナで書かれた個人崇拝を戒める寓話」 要旨
    討論: コースィット・ティップティエンポン(総合国際学研究院)
  • 報告2:二階健次(博士後期課程)(13:50~14:30) 使用言語:日本語
    「東国の内海に潜む竜:『雲玉和歌抄』の蒙求題「漢祖竜顔」を手掛かりに」 要旨
    討論:村尾誠一(国際日本学研究院)
  • 報告3:井伊裕子(博士後期課程)(14:40~15:20)使用言語:日本語
    「19世紀ロシア写実主義グループ・移動展覧会における風景画の位置づけ スターソフの展覧会評を中心に」 要旨
    討論:前田和泉(総合国際学研究院)
  • 報告4:楊柳岸(博士後期課程)(15:30~16:10) 使用言語:日本語
    「水上勉『瀋陽の月』における「満洲娼婦」を語る意味」 要旨
    討論:柴田勝二(国際日本学研究院)
  • 報告5:石﨑貴比古(特別研究員)(16:20~17:00) 使用言語:日本語
    「天(てん)竹(じく)神社と崑崙人に関する一考察」 要旨
    討論:吉田ゆり子(総合国際学研究院)

分科会4 歴史学・社会科学 司会:武内進一(総合国際学研究院)

  • 報告1:塚田浩幸(博士後期課程)(13:00~13:40) 使用言語:日本語
    「アメリカの百年戦争(18世紀半ばから19世紀半ばまで)―近世から近代への移行期における帝国間と帝国内の対立―」 要旨
    討論:大鳥由香子(世界言語社会教育センター)
  • 報告2:Teeba M. Abdulati(博士後期課程)(13:50~14:30) 使用言語:英語
    “Food insecurities: The impact of UN sanctions on Iraq’s food system” 要旨
    討論:松隈潤(総合国際学研究院)
  • 報告3:エンフバヤル・ソロンゴ(博士後期課程)(14:40~15:20) 使用言語:日本語
    「コロナ禍でのモンゴルの教育機会均等について」 要旨
    討論:加藤美帆(総合国際学研究院)
  • 報告4:加藤慧(博士後期課程)(15:30~16:10) 使用言語:日本語
    「勇気尺度作成の試みーアドラーの勇気概念に着目してー」 要旨
    討論:佐野洋(総合国際学研究院)
  • 報告5:大槻忠史(特別研究員)(16:20~17:00) 使用言語:日本語
    「お雇い外国人のみた戦前日本の食糧事情:E.F. ペンローズの統計調査とその意味」 要旨
    討論:佐藤正広(国際日本学研究院)

3月14日(日)午後17:00~17:30 

  • 総会  
    1:会則の採択 2:学会執行部の選出 3:2021年度事業計画 4:その他

備考

参加費無料

使用言語:日本語・英語

事前申込制
参加希望者は、以下のグーグル・フォームより3月7日(日)までにお申し込みください。
申込期限を3月12日(金)まで延長いたしました。
申込リンク: https://forms.gle/MxT8Mkvzzzfz5eAx6

お問合わせ先

学会事務局
ags.tufs[at]gmail.com ([at]を@にかえて送信してください)

報告要旨

分科会1 言語学  

袁姝(博士後期課程)「日本語の「不同意」に関わる談話研究の動向と課題」 

本研究では日本語の「不同意」に関わる談話研究(主に話し言葉)を概観した。母語話者の研究から接触場面研究に「不同意」の研究領域が広がりを見せる中で、本研究では、まず、研究対象について、従来使われている「対立」「不一致」といった、「不同意」に類似する様々な用語の定義と範囲をまとめた。そして、研究の動向について、「分析の注目点」「データの種類」「分析の手法」という側面から整理し、得られた知見と残された課題を示した。最後に、今後の方向性と必要性について、① 「不同意」のプラス効果への注目 ② 「不同意」を含む談話展開のあり方 ③ 母語話者と非母語話者という区別ではない共同構築の分析 という3点を提案する。

高甜(博士後期課程)「「ノダ」文の文法的特徴と意味機能」 

「ノダ」文について幾つかの説で「説明説」が主流となっているようである。日本語文法学会編(2014)によると、「ノダ」文は「〜は〜だ」という形をした主題−解説型の構文の一種で、その中核的な機能はある事柄の「背後の事情」を表すことにあるとされる。「ノダ」文の意味機能はかなりの程度明らかにされたとは言えるが、各用法に現れる文法的特徴やその文法的特徴と意味との繋がりはまだ検討の余地がある。 
本稿はコーパスによる実例調査を行い、「ノダ」文に現れる主題、文タイプ、接続語、他の叙法形式との組み合わせという四つの文法項目を立て、「ノダ」文の文法的特徴を考察する。従来の「説明説」がどこまで言えるかを見直し、「ノダ」文の意味機能を再検討する。

大河原香穂(博士後期課程)「フランコプロヴァンス語地域における名詞の数の体系―Atlas linguistique de la France『フランス言語地図』を用いた分析―」 

本研究ではAtlas linguistique de la France『フランス言語地図』を用いてフランス東部を中心とするフランコプロヴァンス語地域における19世紀末から20世紀初頭にかけての方言の名詞の数の体系を分析する。今日規範とされる標準フランス語では、大多数の名詞の単数形と複数形は音声的に同形である。しかしBouvier (2003)によれば、方言では標準フランス語と異なる名詞の数の体系が見られた可能性が考えられる。なお、フランコプロヴァンス語地域全体に着目し、さまざまな名詞の数を分析した研究は過去に殆ど存在しない。本研究の分析から、同地域の多くの地点で標準フランス語とは異なる数の体系が見られたことがわかった。

川本夢子(博士後期課程)「謝罪表現と言語的「礼儀」:ポーランド語のケース・スタディ」 

「謝る」ことは異なる言語社会の特徴が映し出される言語行動で、日本語と他言語との対照研究で取り上げられることも多い。本研究ではポーランド語の謝罪表現を例として取り上げ、罪の意識や謝罪の種類、また言語的「礼儀」の表出といった観点から社会言語学的考察を行う。ポーランドのテレビドラマ3作から報告者自ら収集したセリフデータを分析し、その結果をもとに、特に敬称と親称の選択により定まる人間関係に焦点を当て、この人間関係が謝罪の言語形式、謝罪の種類、また場面の公私とそれぞれどのような相関関係にあるのかを明らかにしていく。

山本真司(総合国際学研究院)「イタリア語における分格代名詞と非対格仮説:研究の歴史を振り返って」 

非対格性に関する理論は、関係文法の文脈でのPerlmutter(1978)の研究にまでさかのぼるが、生成文法の文脈一般でも、例えば重要なものを2つだけ上げるとすれば、Burzio(1986)やRizzi(1982)の著作のおかげで、広く知られるようになった。興味深いことに、この2つの著作は、タイトルが示すようにイタリア語に焦点を当てているのだが、日本でそれらを引用した多くの人が、主に英語の事例について議論することに集中していたようである。いうまでもなく、イタリア語はいくつかの点で英語とは異なる。そのため、英語でも透けて見える使役動詞 verbi causativiとの交替などの現象は、非対格性の理論の標準的な旗印になったかのように頻繁に引用されたようだが、英語では欠けている他のいくつかの現象は、ここで説明する意味での文法の研究者の間では、無視されたとは言えないとしても、あまり注目されなかったように見える。しかし、例えば、イタリア語学の分野における非対格性の理論に関する説明と情報の代表的な情報源である「イタリア語参照広文典」(L. Renziその他編集・著)およびその他のこれと姉妹関係にある文法のページを少し見ただけでも、非対格性が受動態、代名詞動詞、再帰動詞など、イタリア語の文法のさまざまな現象にわたる広がりを持っていることがうかがえる。今回は、部分格の接語 ne のある側面を簡単ながら取り上げたい。この問題は、主にパドヴァ学派の研究者 - 本稿で意図するような意味での文法研究の歴史においても積極的な主役であった - に負うている、イタリア語と局地的言語の人称代名詞の組織に関する研究に照らして考察すると、よりよく理解されるであろう。

分科会2 言語教育  

守屋久美子(博士後期課程)「日本語教育非専攻の学部生を対象にした遠隔日本語教育実習における活動の学習環境デザイン」 

本研究では遠隔日本語教育実習で日本語教育非専攻の学部生Aが何を学び、どのように学習環境を利用したかという分析を通して、学習環境デザインの観点からよりよい活動の内容について考察する。本実践は1学期にわたり台湾の学習者との間で遠隔日本語教育実習を5回実施した。参加者Aへの事後インタビューをSCATで分析し理論記述を行った結果、遠隔日本語教育実習という活動それ自体を通して自身の経験や興味を背景にしてリマインドの重要性や前提の共有程度を考慮したコミュニケーションなどの学びの実現可能性が示された。実習生によって異なる経験を活性化するため、実習経験を内省し他の参加者と共有できる場の構築の重要性が示唆された。

Onchoysakul Srikanlaya(博士後期課程)“Toward Syntactic and Lexical Features for Automated Scoring of Non-constructed Spoken Production by Thai (KKU) Learners of English” 

Assessing speaking has been a challenging task, for it requires great resources. Various researchers have attempted to automate the scoring of speaking performance, to evade the issue of resources such as raters, time, and financial requirements. The automated scoring of constructed speech has been remarkably successful, but not that of non-constructed speech. This research aims at investigating the syntactic and lexical features for automatic scoring of non-constructed spoken production based on transcripts generated from ASR. The participants are Thai learners of English at Khon Kaen University. With the limited accuracy of the transcripts, syntactic and lexical features have been examined. The result shows that, only AS-unit could differentiate levels A1 to B2. Some features such as number of clauses and lexical density can do A2 to B2 due to the required speech length, and others such as prepositional phrase can only distinguish level A from B, while the majority of these are not reliable indicators.

Wiastiningsih (博士後期課程) “Translation Methods related to Japanese culture into Indonesian in Kawabata Yasunari's Yukiguni”

This paper is part of my dissertation and still ongoing writing progress and will be compiled with another chapter as a whole dissertation. Translation of literary work is one of means to transfer values from a society to another society since logically, literary work and the society from which it was born is inseparable. Consequently, literary work cannot be separated from the culture of the society. Translating a literary work is transferring a new culture from the source language into the target language with its different culture. Translations of Japanese cultures analyzed in this paper are divided into two kinds of cultures, i.e. abstract cultures and concrete cultures. Analysis of abstract cultures focuses on the effect of different cultures in mentioning numbers in Japanese into Indonesian and translation related to cultural concepts that only exist in Japanese society in Kawabata Yasunari’s Yukiguni. Meanwhile, analysis of concrete cultures focuses on the translation of material things that only exist in Japanese society.

モハンマド・ファトヒー(特別研究員)「アラビア語と外国語教育」 

アラビア語圏は、Classic Arabic古典アラビア語を基としているStandard Arabic標準アラビア語と、7世紀以降のイスラムの出現と拡大に伴い古典アラビア語のヴァリエーションとして生まれてきたと考えられるSpoken Arabic口語アラビア語を併用する二言語併用社会(ダイグロシア)である。口語アラビア語は、日常生活のあらゆる場面において話し言葉だけでなく、現在では書き言葉として使われるL変種とされるのに対して、標準アラビア語は、主に公的機関などで書き言葉として使われるH変種とされている。第2言語として教えられるアラビア語は、基本的に標準アラビア語である。しかし、この標準アラビア語の言語能力の基準となる典型的なネイティブスピーカーがいないと言っても過言ではない。アラビア語のネイティブスピーカーは、学校教育を通じて標準アラビア語、例えば単語の正しい発音及び意味や文法などを第2言語と同様に学習する。産出する際も第2言語と同様に文法などを考える必要がある。ネイティブスピーカーもノンネイティブスピーカーも理想とされる言語を学習するが、その言語を実際に使用する際に社会で描かれるこの理想の姿で使用せず、より簡略化した形で使っているのが現状である。本研究では、この簡略したアラビア語に焦点を当て、その特性を研究する。更に、第2言語としてのアラビア語の教材などに使うことに向けてその体系的な記述を目指す。  
本発表では、アラビア語のダイグロシアを取り上げ、二つの変種の使用状況を概観する。そして、標準アラビア語の学習過程及び産出のメカニズムに触れ、アラビア語のネイティブスピーカーの定義を再考する。最後に、実際に使われている簡略した形のアラビア語に触れ、その研究課題や教材に使用する可能性について考察する。

西畑香里(世界言語社会教育センター)「大学院における通訳実習のあり方に関する研究 ―学内リソースを活用したコラボレーション授業の事例から―」 

本発表は、本学大学院の日英通訳・翻訳実践プログラムにおける通訳実習の新たな取り組み事例から、大学院における通訳実習のあり方の考察を行うものである。本プログラムにおいては研究と並行して実践も重視しているが、実践的な実習の実現には、通訳技術の指導だけではなくいかに実習機会創出のための企画・運営を行うかも大きな課題となっている。従来は、外部からスピーカーを招いての講演会を開催し、その通訳を行う形態をとってきた。筆者が通訳実習の指導・企画・運営を担当することとなった2019年度からは新たな取り組みの一環として、学部生とのコラボレーション授業を導入しており、その効果と今後の課題について発表を行う。

分科会3 文学・文化  

田中あき(博士後期課程)「カイ・フン著『道士』(1944)日本軍進駐期の仏領インドシナで書かれた個人崇拝を戒める寓話」

ベトナム八月革命の約九ヶ月前に刊行された『道士』は、インドの古代説話「一角仙人」をベースにした子ども向けの御伽噺である。本作品には、ベトナムの古説話集『嶺南摭怪』や中国の『西遊記』の要素も取り入れられ、ベトナムの読者にとって親しみやすい作品となっている。このようになんの害も無さそうな御伽噺を隠蓑として、カイ・フンが真摯に伝えようとしたことは、個人崇拝への戒めである。道士に化けた九尾狐は雨を封じ、自らの神通力で水をこしらえ、他の動植物に配ることで自身への服従を強いた結果、道士は神格化されるに至るが、ちょうど同時期にジョージ・オーウェルが『動物農場』を執筆したように、時代がこうした物語を書かせたと捉えることができよう。

二階健次(博士後期課程)「東国の内海に潜む竜:『雲玉和歌抄』の蒙求題「漢祖竜顔」を手掛かりに」

衲叟馴窓が編纂した中世の私家集『雲玉和歌抄』に、蒙求題の「漢祖竜顔」がある。その左注に『和漢朗詠集』にみる「三尺之剣」が引用されている。この意味を、衲叟には漢祖を通して源頼朝が視えていたのではないか、と考えてみた。頼朝の天下草創は安徳帝と草薙の剣を海に沈めたままなされた。「三尺之剣」はこの王剣喪失と頼朝の刀剣伝説が共鳴し合う。東国は王なき権力の統治地となり、頼朝の江の島や箱根権現の龍神信仰を引き寄せ、死の直前、稲村ケ崎で安徳帝の霊と遭遇した説話を生み出した。安徳帝は「東国の内海に潜む竜」となった。つまり、衲叟はこの「三尺之剣」に頼朝の武威と共に安徳帝の王威も宿っていることを感受していたと考える。

井伊裕子(博士後期課程)「19世紀ロシア写実主義グループ・移動展覧会における風景画の位置づけ スターソフの展覧会評を中心に」 

ウラジーミル・スターソフは19世紀ロシアを代表する芸術批評家であり、多くの評論を残した。展覧会評のみに絞っても、1871年の第一回移動展覧会から長期に渡って批評を残している。当時から大きな影響力を持ち、彼の批評を考察することは19世紀当時の移動派風景画の有り用を理解する一助となると考える。
発表においてはレアリスム芸術集団としての移動展覧会の新規性、その次にスターソフの芸術思想を分析した上で、最後に移動派風景画に関するスターソフの論考を検討していく。これによって19世紀後半においてロシア風景画は移動展覧会の中でどのような位置づけであったかを、立体的に浮かび上がらせたい。

楊柳岸(博士後期課程)「水上勉『瀋陽の月』における「満洲娼婦」を語る意味」 

水上勉が「満州」について語ってきた二十年にわたって続いた「満洲もの」の系譜において、語りつづけたマイノリティー群体の顕著な例は「中国人苦力」のほかは、「満洲娼婦」である。「中国人苦力」は「苦力監督見習い」である水上の目に浮かんでくるのは当然の人間であるが、「満州娼婦」は水上が主体性をもって<見られる>対象となる人間である。今まで見てきたような歴史の記述において、<男性>である<満州開拓民>は「満洲」の文学によく素材にされている一方、<女性>である「大陸の花嫁」は略筆されることが多かった。更には、「満洲娼婦」はほぼ歴史にも文字にも抹殺されてしまう傾向があった。『瀋陽の月』において「満洲娼婦」に焦点を当てるのは、水上の60年代前期の「娼婦がたり」 の継続であり、<男性>より、<女性>へを語ろうとする意識の変容でもある。

石﨑貴比古(特別研究員)「天(てん)竹(じく)神社と崑崙人に関する一考察」 

本発表は愛知県西尾市に鎮座する天竹神社と崑崙人にまつわる伝承について考察するものである。天竹神社は延暦18年(799)に漂着し、綿種をもたらした崑崙人を祭神とする神社である。毎年10月に行われる棉祖祭では、古式の道具を用いた綿打ちの行事が行われる。崑崙人漂着の記事は『日本後紀』に見られるが、「崑崙」が具体的に何を意味するのかは時代や文脈によって異なる。
例えば崑崙山は、古代中国において『山海経』に西王母の住む伝説上の高山として記され、黄河の源として知られた。後に阿耨達地や須弥山などと同一視されるようにもなり、カイラース山やパミール高原を意味する場合もあった。一方、中世日本において「崑崙人」が言及される場合、頭髪が巻き、色が黒く、航海に活躍した人々の総称とされる。時代は下って江戸時代の百科事典『和漢三才図会』でも、肌が黒い人物絵とともに崑崙の住人が紹介されている。
天竹神社の祭神は天竺人ではなく崑崙人である。であるにも関わらず同社が天竺の名を冠しているのは、どうしてだろうか。天竺は中世以来、本朝(日本)、震旦(中国)ととともに三国世界観として、日本人の世界観の一端を担ってきた。その概念は仏教の祖国としての天竺から、中世から近世にかけて様々に変化した。崑崙人を祭神とする神社が天竹神社と称されたのは、天竺という概念に関するある種の共通認識が醸成されていたからだと考えられる。本発表では天竹神社の社史と先行研究を確認し、崑崙に関する歴史的言説を整理することで、日本人の対外認識、国際意識の一端を理解しようと試みるものである。

分科会4 歴史学・社会科学  

塚田浩幸(博士後期課程)「アメリカの百年戦争(18世紀半ばから19世紀半ばまで)―近世から近代への移行期における帝国間と帝国内の対立―」 

近世を中世から近代への移行期の一時代として、その独特さを汲み取るのは近年のヨーロッパ史研究の潮流である。国制史研究では近代国家のまえの複合国家の議論がさかんになされているが、その議論はヨーロッパ勢力が進出したアメリカにもあてはまる。アメリカは15世紀まで先住民諸部族の支配領域の連なりで、近世に先住民とヨーロッパ人の様々な勢力からなる秩序が広がったあと、19世紀からヨーロッパ勢力(とくにアメリカ合衆国)による画一的支配体制の構築が進んだ。本報告は、近世から近代への移行期における帝国間・帝国内の断続的戦争を「アメリカの百年戦争」と名付け、そのなかでの先住民の複合国家の変化を考察したい。

Teeba M. Abdulati(博士後期課程)“Food insecurities: The impact of UN sanctions on Iraq’s food system” 

While the recent uprisings and conflicts in the Arab region have caused quite the stir in the academic field and occupied many scholars, this paper will revisit over a decade of Iraq under the UN sanctions. The consequences of a near-total embargo may have caused long-lasting effects. One of which could be the impact on Iraq’s food system. In order to examine that, I first take a brief look at different sanction regimes and what causes the Iraqi case to be different and make it the perfect case to study. Compare the agricultural production and trade [food system] during the 1960s to the late 1980s in Iraq to the above-mentioned decade and identify the pattern changes in the food system.
This is an attempt in assessing the role of external political forces on Iraq’s food system and macroeconomics, by revisiting a period with scarce and limited research about the impact of sanctions on causing food insecurities. Since Iraq’s prospect nowadays lacks the probability to recover, the complicity of UN sanctions, paralleled by military aggression in causing food shortages and insecurities requires serious contemplation of the foggy area it has created, for future reference, and it will also encourage future examination of the issue, through laying the foundation for further research.

エンフバヤル・ソロンゴ(博士後期課程)「コロナ禍でのモンゴルの教育機会均等について」 

モンゴルで教育をめぐる問題として、私立学校・公立学校の違い、教材・教室不足、そして何よりも教育の質による教育格差が取り上げられる。長年、社会問題として議論されてきたが、なかなか解決されることなく現在に至った。最近の教育の議論会でも、コロナ禍で教育の機会不均等がより加速したと指摘されている。現在、地方の生徒はテレビやインターネットにアクセスできず、授業を受けられないことと、子どもの人数により時間が重なるため授業に参加できないことも少なくない。また、遊牧の家庭では、家畜の世話で忙しく勉強に使う時間を取られているということが分かった。結果として、大学入学や進学に悪影響を与えることが懸念される。

加藤慧(博士後期課程)「勇気尺度作成の試みーアドラーの勇気概念に着目してー」 

本研究の目的は、心理学者アドラーの勇気概念を測定するための尺度を新規に作成し、その妥当性及び信頼性について検証することである。
尺度作成に関しては、加藤(2020)のアドラー理論に基づき、勇気を現状に満足せずにさらなる成長に向けて、理想の自己を追求しようとする「自己に対する優越性の追求」と、自分とは異なる価値や情報を持つ相手に対しての協力の意識を示す「共同体感覚」の2軸から捉えた上で、アドラー原著の記述に基づき質問項目を作成した。
このデザインに基づき、倫理審査委員会による承認を受けた上で、国内の大学生を対象に質問紙調査を実施し、統計ソフトによる因子分析を通じ、尺度の妥当性及び信頼性に関する検討を行った。

大槻忠史(特別研究員)「お雇い外国人のみた戦前日本の食糧事情:E.F. ペンローズの統計調査とその意味」 

本報告は、E.F. ペンローズ(1895-1984)が日本滞在時(1925-30)に行った日本の食糧生産に関する経済調査に注目し、その詳細と意義を考察する。ケンブリッジ大学在籍時から日本の人口と食料の問題に関心があった彼は、卒業後、名古屋高等商業学校(現、名古屋大学経済学部)の教員として1925年に着任し、日本語を学び、日本で最初の農業に関する生産統計指数を作成する。後発の列強国として工業化しつつある当時の日本にとって、人口増加と食料自給率の低下は重要な問題である一方、学術的に考察されることはほとんどない状況であった。彼の研究は、日本の経済学者のみならず政府の統計作成にも影響を与えたが、現在では、ほとんど顧みられることはなくなった。本報告では、彼の統計作成とその成果を考察することで、それが当時の日本の経済政策批判となっていることを明らかにする。また、彼の指摘は、現代の日本の食料事情に対しても有益な指摘が含まれていることも示される。

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