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言語類型論的メモ: 逆受動

あまりにも当たり前で、言わずもがななことかも知れないし、
どこかで既に指摘されているかも知れませんが。

「逆受動ボイスはなぜ能格言語に関してしか話題にならないか?」について。

S: (1項動詞≒自動詞の唯一の項)
A: (典型的な2項動詞≒典型的な他動詞のより動作主的な方の項)
P:(典型的な2項動詞≒典型的な他動詞のより動作主的でない方の項)
Obl:(斜格項)
V:(動詞)

・受動ボイス

受動ボイス(受動態、受身)とは、

他動詞節

A P V

があった時に、Pを自動詞主語(S)に昇格させて、
Aは斜格項(Obl)に降格させたり、あるいは消去する。
結果

S(←P) Obl(←A) V

あるいは

S(←P) V

となる。

・逆受動ボイス

逆受動ボイスとは

他動詞節

A P V

があった時に、Aを自動詞主語(S)に昇格させて、
Pは斜格項(Obl)に降格させたり、あるいは消去する。
結果

S(←A) Obl(←P) V

あるいは

S(←A) V

となり、項の変転のあり方は、受動ボイスと鏡像的である。
Pで表現されていた「目的語」的なものは、
消去されたり、斜格に降格されたりすることで、
指示物が特定されなくなったり、
不定になったりする。

このプロセスが「ボイス」として取り上げられることの背景には、
Pが斜格項(Obl)に降格させられることよりも、
能格のAが、絶対格のSに昇格させられることが重要である。

・対格言語における、「目的語」の不定化

対格言語においても、「目的語」が不定化されることはある。
しかし、対格言語では、AもSも主格で標示されるので、
AからSへの「昇格」が起こらない。

例えば、上(かみ)タナナ・アサバスカ語で

(1) tuu ishen??
水 私が飲む「私が水を飲む」

の水を不定目的語にすると、
3人称単数の目的語接頭辞0-に代えて、
不定目的語接頭辞ch'-が使われる。

(2) ch'ishen??
私が何かを飲む

アサバスカ語のcore argumentsに関しては
名詞側に格表示されることは無く、裸だが、
動詞側の接辞の体系としては、対格型で、
(1)の「私が(=A)」も、
(厳密に言えば自動詞構文にすらなっていないが)
(2)の「私が」も同じ接頭辞ish-で標示されている。
(1人称単数目的語接辞は、表われるポジションも異なり、
she-という形になる。cf. shen?h'?h「あなたが私を見る」)

つまり目的語名詞項の不定化に際して
ボイス的な昇格、降格は伴わなず、
項の数も減少しない。

英語では、A、S程ではないが
動詞によっては、Pに対応する名詞句スロットが
埋められることが必須である場合があり、

(3) I ate chocolate

は他動詞構文であり、「私が(A)チョコレートを(P)食べた」
の意味になる。

一方、

(4) I ate

は、目的語スロットを埋めることが必須でない
日本語などで、ただ単に目的語が表現されていないのとは
異なり、「私が(S)食事した」という意味になり、
自動詞構文と考えることもできる。

(3)から(4)への変換に際して、
目的語は不定化している。

この不定化に際して、AからSへの昇格は無く、
また動詞が形態論的に変化することも無いので、
やはりボイスと見なすことはしにくい。
(項の減少はあると考えることもできるが。)

・(補足)英語で動詞によっては、Pに対応する名詞句スロットが

埋められることが必須である場合があることに関して

(3)、(4)のeatと対照的に、「自動詞化」できないと見られる動詞に
likeがある。

(5) do you like it?「あなたはそれが好きですか?」

に対して、itを消去した

(6) *do you like?

は非文である。

これらの例を見ると英語においては、Pに対応する名詞句スロットが
埋められることが必須であるように思われるが、
反例を見つけてしまった。<笑>

映画の一節から:

(7) A: I love you.
B: I know.

knowをheadとする節は、明らかに目的語(=補文)があることが
文脈的に含意されているが、Pを明示する必要は無く、
また寧ろ、I know itあるいはI know thatと言ってしまったら、
ニュアンスが変わってしまう。

この辺りは、まだ整理が付いていません。
(補文目的語はゼロ目的語で受けることができるのだろうか。とか。
 寧ろ、補文目的語は必須項ではなく、任意項なのだろうか。とか。)

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2012年5月15日 23:53に投稿されたエントリーのページです。

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