1993年3月31日 大阪市立大学ドイツ文学会 研究発表原稿

 

ヘルダーリン『詩的精神の振る舞い方について』における詩的言語をめぐって


0.はじめに

 (1) 前置き−クラウス研究者がなぜヘルダーリンか  
 (2) テクストの成立・位置づけ・性格についての説明
・タイトルはヘルダーリン自身のものではない
・エンペドクレス草稿と同じノートに逆順で−−例えば Grund zum Empedokles のように、ある具体的な作品に対する注釈的な性格ではなく、詩的創造についての哲学的コメント。読者を想定して書いたものではなく、自分自身のためのノートであるため、具体的記述や概念規定がきわめて乏しい。

1.導入
 ヘルダーリンの一連の哲学的文章の中でもかなり難解で、かつおそらく最も重要なこのテクストを考察するにあたって、いくつかのアプローチの仕方が考えられるでしょうが、ここでは主に次の二つの視点から論じたいと思います。第一に、ドイツ観念論の傍流としてのヘルダーリンのいわゆる「合一哲学 Vereinigungsphilosophie」がここでいかに展開されているかという点。第二に、ここで述べられている彼のポエジーに対する見解、とりわけテクストの最後の部分にあたる <Wink fur die Darstellung und Sprache> に見られる彼の言語観を18世紀の言語起源論に典型的にみられるような始原的言語の系譜にあるものとして考察することですが、その際、Philosophie と Poesie の統合がここでどのように試みられているか、ということにも多少触れたいと思います。ここにあげた二つの論点だけでも非常に広範囲にわたる問題を対象としなければなりませんから、この発表では、私の捉えた、このテクストの思想的位置づけのアウトラインを示すにとどまることになると思います。

2.合一哲学
 このテクストだけではなく、とりわけフランクフルト時代、ホンブルク時代のヘルダーリンの創作活動に特徴的な哲学的姿勢に対して、「合一哲学」という名称を与えているのは、Dieter Henrich, Otto Poggeler あるいは日本人では、久保陽一といった哲学者です。彼らにおいてヘルダーリンが重要となるのは、特に1797年のフランクフルトでのヘルダーリンとヘーゲルの再会以来、ヘルダーリンの思想がヘーゲルの初期哲学形成にどのような影響を与えているか、ということに着目していることによっています。ヘルダーリンとフランクフルト時代のヘーゲルの思想的親近性については、あとで再び言及したいと思いますが、とりあえず「合一哲学」そのものについてまず述べておきたいと思います。

 このヘルダーリンの「合一哲学」が最も端的に表現されているのは、1795年初め頃に書かれたとされる『判断と存在 Urteil und Seyn』においてであろうと思われます。ここでは、「(...) 客体と主体の根源的な分離」とされる「判断」に対して、「存在」は「主体と客体の結びつき」、「主体と客体そのものが、部分的に合一されるだけではなく、分離されるべきものの本質を傷つけることなく、いかなる分割も起こりえないほど合一される」状態として言い表されています。テュービンゲンのシュティフト時代以来、カントの影響下にあり、1794年にイェーナでフィヒテの講義を傾聴したヘルダーリンにとって、観念論的な枠組みの中で思想が展開されていくのは自然なことと考えられますが、詩人ヘルダーリンにとってこの「主体と客体の結びつき」の状態は、単に認識論的な問題としてではなく、詩的創作のために不可欠なあり方として要請されています。

 この主体と客体の合一した状態は、ヘルダーリンにとっては三段階的な展開において成し遂げられるものとして述べられています。こういった展開は『詩的精神の振る舞い方について』だけではなく、特に『ヒュペーリオン』の冒頭や『エンペドクレスの根底 Grund zum Empedokles』においても顕著にみられるものですが、ここでは『詩的精神の振る舞い方について』に沿って概観しておきたいと思います。まず、この展開の最初の段階は「子供時代」という比喩で語られます。この段階では人間は世界に対して完全に没頭した、客体との過度に親密な状態にありますが、自我の活動が次第に展開していくにつれて、主体と客体が分離した「中間状態」、すなわち先ほど述べた『判断と存在』での図式に従えば「判断」の状態に至ります。主体が客体に完全に埋没した状態である「子供時代」の人間に反省作用が起こることよって、主体と客体が分離したこの「中間状態」に至るわけですが、この反省作用はヘルダーリンによれば「精神化する vergeistigend」性質のものとして特徴づけられています。それに対して、さらに次の段階である「成熟した人間性 reife Humanitat」へといたる過程において存在する第二の反省作用は「生気を与えるbelebend」ものとして述べられています。この「成熟した人間性」の段階がすなわち主体と客体の根源的同一、「存在」の状態を表します。その段階に至るために第二の反省において Leben が与えられるものとされますが、ここでの Geist と Leben という対置における Geist は、テクストのそれ以前の箇所で見られる Geist とNatur (Stoff)(主体と客体)という二項対立における Geistとは明らかに異なり、本源的な生命感情と対比される単なる知的作用を意味するものと考えられます。ヘルダーリンによれば、「本源的感情においてそうであったように、ある反省が引き続き生じても、それはもはや解消し、一般化し、分割し、育成して、単なる情調へと至るものではない。この反省は、反省が心から取り上げたものをすべて再び心に返す。先の反省が精神化する技術であったのに対して、この反省は生気を与える技術である。」(StA4,261)第一の反省によって主体と客体の分離が分離として認識されるという意味で、第一の反省は通常の意味での反省作用であり、超越論的な視点を与えられた認識と言い替えることができるでしょうが、第二の反省はそういった純粋に知的な作用に対して、「感情 Empfindung」に基づくものであり、この「感情」は反省としての視点が与えられているという意味で「超越論的 transzendental」と言い表されています。この「超越論的感情」を伴った第二の反省、ヘルダーリンの表現によれば「創造的反省」を経た段階である主客の合一、あるいは『判断と存在』や1795年9月4日づけのシラーへの手紙では「知的直観 intelectuelle Anschauung」によって可能となる主客の合一の状態は、もちろん第一の段階における主体と客体の単なる未分離の状態とは異なり、分裂を経たのちの合一であり、分裂を内包したものということができます。

 さきにこの合一を説明するために『判断と存在』から引用しましたが、『詩的精神の振る舞い方』のテクストの特に前半部分においては単なる主体と客体の合一という単純な図式ではなく、もう少し複雑な要素から成り立っています。ヘルダーリンによれば、「純粋な詩的生 reines poetisches Leben」に Grund, Bedeutung が与えられ、具体的で個々の「生一般」に規定されることによって、「基盤を与えられた生 begrundetes Leben」すなわち具体的な詩的「表現」が可能となります。「詩的精神の振る舞い方」とは、まさにこの「純粋な詩的生」にGrundを与えて個々の詩を生み出す「精神の活動 Act des Geistes」を指していますが、ここでの「純粋な詩的生」と「基盤を与えられた生」との関係は、(ヘルダーリンによれば)「純粋なものから見いだされるものへの移行」(またその反対)あるいは「精神と記号の結合手段」と言い表されています。

 ヘルダーリンはこのテクストにおいて、「精神」と外的な世界である「自然」のそれぞれについて、また相互の関係について、「一致」と「対立」という両極性から捉えようとしています。「一致」と「交替(変化)・前進・対置」という両者の衝突とその解消という問題は、テクスト全体の基本的モチーフとなっていますが、この「純粋な詩的生」はヘルダーリンによれば基本的には「一致した einig」ものとして捉えられています。(「純粋な詩的性」つまり「精神」における両極性については、冒頭の部分に述べられている。それによれば、「精神的形式」としての「あらゆる部分の交替」という「一致」とは反対の要素も存在する。)それに対して、「基盤を与えられた生」は個々の具体的な生、すなわち現実的な世界の内にある「生一般」において「特定の形式において存在し、情調の交替において前進する」(StA4,247f) ものとして捉えられています。そして、理念的な精神としての「純粋な詩的生」を、この「生一般」における「基盤を与えられた生」へと現実化するのは、ヘルダーリンによれば「機関 Organ」を通じて可能となります。この「機関」とは、「純粋な詩的生」つまり理念的な詩的精神に対して、そこにおいて個々の作品が生まれる場所を意味するものと考えられ、端的に言い表すならば「詩人」といってもよいかと思われます。この基本的に静的で「一致」という特性を持つ「純粋な詩的生」と、「機関」において絶えず「交替」の内にあり「前進」し続ける「基盤を与えらえた生」は、ヘルダーリンによれば、本来両極的に対置されるものであり、「衝突」するものです。しかし、「純粋な詩的生」にGrund を与える「精神の活動」に際して、この両者は単に対置され、衝突したものとしてではなく−もし、そうだとすれば、それは一つのまとまった、完成した詩として存在しないことになりますが−両極的な (hyperbolisch) もの、対立を内包しながらも合一したものとなります。このテクストの中できわめてきわめてしばしば現れる harmonischentgegengesetzt(調和的対置)という一見矛盾した表現による言葉は、まさにこの状態を指すものとして捉えることができます。この状態が、先に述べた三段階の展開における最後の状態であることはいうまでもありませんが、この段階において完成した詩が姿を現します。(引用)「この点において有限なものとしての対立によって現れた精神がその無限生において感じとられる。また機関自体と衝突する純粋なものがまさにこの機関において現れ、そのようにして初めて生き生きしたものとなる。」(StA4,249f) この調和的対置としての合一の状態をヘルダーリンは「無限の同一性」あるいは「詩的同一性」と言い表しています。(引用)「この無限の同一性において、調和的に対置されたものは一致したものとして対置されるのでもなく、また、対置されたものとして合一されるのでもなく、単一なるものにおける両者として、一致して対置されたものとして分割不能と感じられ、また感じられたものとして見いだされる。」(StA4,251)

 ヘルダーリンがこの三段階の展開の思想へと至った背景として、一つには同時代の哲学とりわけフィヒテの哲学との対決があります。主体と客体の分裂という第二段階に至る過程において、そこには反省作用が働いていますが、この第二段階はカントの認識論的な立場によって頂点にまで押し進められたといえるでしょう。フィヒテによればカントは『純粋理性批判』と『実践理性批判』においてそれぞれ理論理性と実践理性をただ単に並置しただけであり、両者の間に統一的連関はなく、「どこにも全哲学の基礎を扱っていない」と評価され、フィヒテはこういった批判的立場にたって自らの「知識学」を位置づけています。ヘルダーリンは、1794年冬からイェーナでフィヒテの講義を精力的に聴講し、1795年1月26日付けのヘーゲルへの手紙や同年4月13日の弟への手紙に見られるように、フィヒテにおける自我と非我の関係について一定の評価を与えながらも、しかし当初から懐疑的な姿勢を示しています。例えば、先に触れた断片『判断と存在』において「存在」についての記述の部分は、数行の概念規定の後はすべて、フィヒテ的な Ich bin Ich という同一性に対する批判に終始しています。ヘルダーリンにとって、述語の部分の Ichは認識対象としての自我であり、認識主体としての自我と客体としての自我の見かけの(フィヒテのいうところの)「同一性」は(ヘルダーリン自身の言葉によれば)「分離されるべき物の本質を傷つけることなく、いかなる分割も起こりえないほどに合一されている」(StA4,216f) ものではなく、ヘルダーリンの理想とする主体と客体の完全な合一としての「存在」とは全く異なるものということになります。第二段階の主体と客体の分離へと至るために必要な「反省」が、「精神化する」作用、つまり純粋に知的な作用を持つものであることはすでに述べましたが、ヘルダーリンのいう「存在」の状態へ至るための第二の反省はそれに対して感覚 Empfindung の要素、美的な要因を持つものといえます。ヘルダーリンにとって単なる知的認識による同一性は、主体と客体の真の合一、「存在」ではないものとして退けられているわけですが、ヘルダーリンがこのようにあくまでも感覚的な要素、美的な要因による主体と客体の完全な合一を要請したことの根底には、スピノザの影響と、スピノザをめぐる論議において吸収された新プラトン主義の要素が指摘されています。Klaus Dusingはこの後者の要素を「美的プラトン主義」と名付けていますが、こういった立場は例えばプラトンの『饗宴』におけるエロースの誕生の逸話と密接に結びついています。『饗宴』の中に、充溢・富(ポロス)と欠乏(ペニアー)はアフロディーテの誕生の日に結ばれ、そこからエロースが生まれたというくだりがありますが、ヘルダーリンにおいてこの両者は、無限なものをめざす努力、自由な自立的活動への「衝動」と、有限で制約されたもの、受動性への「衝動」ということができます。そしてこの二つの「衝動」の合一がヘルダーリンにとっては「愛 Liebe」として、また「詩」として捉えられています。『ヒュペーリオン』の Die metrische Fassungでは「愛」について次のように言われています。(引用)「私たちは、自分を解放し、高貴にし、無限へ進んでいこうとする衝動を否認することはできません。そのようなことをしたら、動物的になるでしょう。しかし私たちはまた、限定され、受容したいという衝動をも否認することはできません。そのようなことをしたら、人間的ではなくなるでしょう。私たちはこういう矛盾している衝動と衝動との戦いにおいて破滅しなければならなくなるでしょう。しかし、愛がこれらの衝動を合一するのです。愛は無限に最も高いもの、最もよいものへと向かう努力をしますが、それは愛の父親が充溢(豊饒) Uberfluβ であるからです。しかし、愛は自分の母親、欠乏 Durftigkeitを否認することもありません。愛はその助力を期待しています。そのように愛することは人間的なことです。」(StA3,194) ここで非常に興味深いのは、ヘルダーリンとヘーゲルがフランクフルトで再び出会った後ヘーゲルがいちばん中心に据えていた問題がまさに「愛」であり、1797年のいくつかの断片(『道徳性、愛、宗教』『愛と宗教』『愛』)においてヘルダーリンの思想とのきわめて密接な親近性が指摘できることです。(引用)「真の愛は、あらゆる対立関係を排除する。愛は悟性ではない。悟性の作る書簡系は、多様なものを常に多様なままに残しておくし、悟性の統一そのものも対立関係である。愛は理性ではない。理性はその規定作用を、規定されるものに無条件に対立させる。愛は、限定するものでも限定されるものでもなく、有限なものではない。愛は感情であるが、個別的な感情ではない。個別的な感情は部分的な生にすぎず全体的生ではないから、生はこの個別的感情から溢れでて、多様な諸感情における分散状態へと分解し、この多様性の全体の中に自己を見いだそうとする。愛においては、生が自己自身を、生自身の二重化として、そしてその自己の合一として、見いだすのである。生は、未発展な合一から出発して、形成を通じて、完成された合一への円環行程を経歴したのである。未発展な合一には 、分離の可能性と世界とが対立していた。未発展の過程で、反省は衝動の満足においては合一していたものから、次第に多くの対立しているものを産出し、こうして反省は人間自身の全体を彼に対立させるに至る。そして今や、愛が完全な無客体性において反省を止揚し、対立しているものから疎遠なものとしてのすべての性格を奪い取り、こうして生はもはや欠けるところなく自己自身を見いだすことになる。愛の中には、分離されたものがまだ存在しているが、もはや分離されたものとしてではなく、合一したものとして存在している。そして生きているものが生きているものを感じるのである。」(Nohl,S.379 Entwurf Nr.10 <Liebe>) ここではまさにヘルダーリンが何度も取り上げている三段階的な展開、また「愛」における主体と客体の完全な合一が主題となっており、初めに述べたように、こういった連関からヘーゲル研究者によってヘルダーリンのいわゆる「合一哲学」の重要性に光が当てられているわけです。
 

3.詩的言語

 『詩的精神の振る舞い方について』においては、この最高の合一の状態を表すために「愛」という言葉は用いられておらず、「詩」においてそれが認識可能であるとされています。ヘルダーリンによれば、純粋な詩的精神は(例えば、フィヒテにおける絶対的自我が対象についての意識をもちえないように)それ自身で自らにおける「一致」と「交替」の「調和的対置」を認識することはできず、そのためにはある「外的な客体」、ある「第三者」が必要となります。この「外的な客体」とは、具体的には、純粋な詩的生がGrund を与えられることによって個々の詩的生として現れた「詩」であるといってよいと思います。ヘルダーリンは「汝が自己自身において調和的対置の内にある如く、自由な選択によってある外的領域との調和的対置へと汝を措定せよ」(StA4,255)という言葉によって、「詩」における調和的対置がいかにして可能となるかを示し、そこでの調和的対置の認識が「人間の使命」であると言い表しています。

 それでは、「詩」におけるそういった最高の段階における合一、調和的対置の状態において、言葉はどのようなものとして語られているでしょうか。『詩的精神の振る舞い方について』の最後の部分には Wink fur die Darstellung und Sprache という表題が掲げられていますが、テクスト全体が Poesie の問題を扱っているとはいえ、それまでの部分が詩における調和的対置の「認識」の問題に焦点が当てられているのに対して、最後の部分では詩における調和的対置の状態にある「言葉」の問題が中心テーマとなっています。ここでは「言葉」は「認識」とパラレルに論じられていますが、人間の生一般の発展段階と同様に、Poesieも三段階の展開の内に説明されています。ここでの最高の段階にある人間(詩人)の状態は次のように言い表されています。(引用)「詩人が始原的な感情の純粋な音調をもって、彼の内的外的生の全体の内に捉えられていると感じ、世界の中を見回すと、この世界は詩人にとって全く新しく、未知のもので、彼の経験、知識、直観、思考のすべて、彼の内部や外部にある人為と自然など、すべてが初めてのもののようで、まさにそれゆえに知的把握や規定を受けておらず、ただの素材や生へと解消し、彼にたち現れてくる。そして、とりわけ重要なことは、この瞬間詩人は何物をも所与のものとして捉えず、なんら実定的なものから出発しないということ、また、彼が知って見ているような自然と人為が語り出す以前に、すでに詩人にとって言葉が存在しているというこ とである。つまり、いま世界の中で未知であり名付けられていないものが、詩人の情調と調停され、一致するものとなることによって、彼にとってそれは既知で捉えられるものとなるのだ。」(StA4,263f) この状態へと至ることを可能にするのが、先に述べたように「創造的反省」であり、ヘルダーリンは「この創造的反省の産物が言葉である」と言い表していますが、ここでの「言葉」とはいうまでもなく詩的言語を指していると考えられます。

 このヘルダーリンにとって理想的な状態にある言葉は、いくつかの要素において、とりわけ言語起源論の連関において提出されてきた詩的言語観の系譜にあるものととして捉えることができるように思われます。18世紀の言語の起源をめぐる論争において想定された始原的言語に関しては、大別してそれが神的起源をもつものか、人間的起源をもつものか、動物的起源をもつものかという立場から論じられていますが、これらの論議の多くにおいて共通して見られることとして、この始原的言語がPoesieであるということ、そこでは言葉はいわばユートピア的状況にあるということ、そして言葉は自然との直接的な結びつきの内にあるということがあげられると思います。例えばルソーにとって最初の言葉とは「情念」による「詩人の言葉」、「歌」であり、感情に対置される観念によって言葉は次第に始原的なユートピア的状況から堕落していったとされます。ヘルダーはこういった感情による動物的言語という状態を認めながらも、『言語起源論』においては啓蒙主義的な立場から、そういった動物的起源とは峻別されるべき人間の理性による言語を主張していますが、同時にルソーと同じように、ある 民族の言葉は子供の状態である「歌」から次第に始原的な生命力を失った単なる散文へと堕落していくという過程の内に言葉を捉えています。ヘルダーの師であるハーマンは、ヘルダーが言語の起源を人間の理性に帰したことに対して、これを批判する立場から言語の起源が神的であり、かつ人間的であることを主張しています。ハーマンにとって自然は神の言葉の一つの現れであって、根源的な自然・「パラダイス」においてアダムが触れるものはすべて神の言葉として、生き生きとした最初の言葉として語られています。このハーマンの捉えた自然における言葉の状況は、ヘルダーリンの語る最高の段階における詩的言語と著しい親近性を示しているように思われます。ヘルダーの『言語起源論』を批判する文章 (Des Ritters von Rosencreuz letzte Willensmeynung uber den gottlichen und menschlichen Ursprung der Sprache) には次のような表現がみられます。「自然のあらゆる現象が言葉であり、またある新しい、秘密の、言い表すことのできない、しかしそれゆえいっそう親密な神的エネルゲイアとイデアの合一・伝達・共同体の記号、象徴、印であった。人間が最初に耳にし、目にし、吟味し、また手で触れたあらゆるものは、生き生きとした言葉であった。なぜなら、神は言葉であったからだ。この口と心で語られる言葉とともに、言語の起源は子供の遊びのように自然で、身近で、軽やかなものであった。」(Nadler 3,32) ハーマンはまた別の箇所で「ポエジーは人類の母語である」(Nadler 2,197)と述べており、先に述べたような「人間が最初に耳にし」た「生き生きとした言葉」はポエジーであるといえます。これらのいわゆる言語起源論における言葉の始原的状態は、それが神的起源をもつか、人間的起源をもつか、動物的起源をもつかという立場の違いにも関わらず、ユートピア的な理想状況におけるポエジーとして捉えられており、また「自然」と不可分の一体性をもつものということができます。

 ヘルダーリンの述べる詩的言語もまさにこういった要素を継承するものであり、言葉は「初めてのよう」な状態にあり、「生き生きとした」ものとして語られていますが、決定的に異なっているのは、詩的言語が堕落する以前のユートピア的状況としてではなく、ある到達されたユートピア的状況として捉えられているという点です。ヘルダーリンにおける詩的言語についての語り口は、言語起源論の文脈において語られた言葉の始原的状態についての描写と確かに密接な親近性を示していますが、他方でまさに言葉の始原的状態が到達されたものとして描かれているという逆説的状況の故に、読むものに多少奇異の念を抱かせます。つまり、ヘルダーリンの考えるそれ以前の段階において人間は言葉を話していないというわけではなく、少なくとも最初の反省を経た後のいわゆる「中間段階」では「精神化」された言葉を話しているはずです。それにもかかわらず、ヘルダーリンは「すべてが初めてのもののようで、まさにそれゆえに把握や規定を受けておらず、ただの素材や生へと解消し、彼にたち現れてくる」というふうに言葉の状態を描いています。ヘルダーリンがこのように言葉を捉えているのは、 彼のいう発展段階の最高の段階において詩人にとっての言葉が可能となり、そこでの言葉、詩的言語が、−それ以前の精神化する働きを持つ反省による言葉とは全く異なり−再び自然、「素材」、「生」、感覚と一体になったものとして現れてくるからだ、と考えられます。繰り返すことになりますが、ヘルダーリンの表現によれば「精神化する」第一の反省が、自己自身を認識の対象とする事によって自我と世界との関係を認識していく超越論哲学の圏内にとどまっており、ここで語られる言葉はその最も極端なあり方においては哲学的な言葉といえます。それに対して、第二の反省は、第一の反省によって分離された自我と世界とを再び結び付けるものとされていますが、このことはヘルダーリンにとって、哲学的な言葉ではなく、詩的な言葉が可能となるための前提として要請されています。この三段階の展開において最も重要な意味をもつのは、いうまでもなく「中間段階」から主体と客体の合一される段階への過程ですが、ここでは最初の反省において与えられた精神的・理念的な能動性・自己活動性と、すでに最初の段階において人間が有している素材的・経験的・感性的な受動性・受 容性とが、もはや単に対立するものとしてではなく、詩という美的領域において統合されていきます。そしてこのいわばPhilosophie とPoesieの統合の働きはヘルダーリンにとって、すでに触れた「創造的反省」「知的直観」あるいは「超越論的感覚」によって媒介されています。

 ヘルダーリンの語る詩的言語の描写も確かに、最高の段階において初めて可能になったものとして、言葉の始原的状態を描いたものといえるでしょうが、彼にとって問題なのは−言語起源論における論議とは異なり、言葉の起源が何に由来するかということではなく−詩人にとっての言葉の始原的状態がどのようにして可能かということです。ヘルダーリンの詩的言語における自然との一体性は、言語起源論が精神と自然の対立以前の自然における言葉を問題としているのに対して、精神と自然が分裂を経た後、再び合一された状態におけるものです。ヘルダーリンの語る第一段階の、主体が客体に「過度に親密」で埋没しており未分離の「子供時代」は、言語起源論において言われる始原的状態に相当するものと考えられますが、確かにヘルダーリンもこの「子供時代」に対して、ある種のユートピアに対するような憧憬が働くことを否定していません。しかし、詩的精神の働きは、ヘルダーリンにとっては、すでに述べたように二つの反省、とりわけ第二の「創造的反省」を経ることによって可能となります。

 ヘルダーリンの詩的言語は、確かに言語起源論におけるユートピア的な始原的状態での詩的言語の要素を多分にもっており、その意味でその系譜の上にあるといえますが、ヘルダーリンにおける詩的言語のもつ言葉の始原性は、二段階の反省を経る精神の活動の三段階的な展開によって基礎づけられるという特殊性によって、言語起源論にみられるようなユートピア的な始原的言語観が新たな地平の上に展開されているといえます。

 

 最後に、こういったヘルダーリンの「詩的精神」に関する哲学的草稿やそこでの言語観に関する考察は、一方ではヘルダーリン研究としてこれまでにももちろんかなりなされています。ヘルダーリンは『ヒュペーリオン』の冒頭で、この作品から単に文学的な香りだけを汲み取ろうとする人も、単に思想だけを読みとろうとする人も、この作品を真に理解することにならないという意味のことを言っていますが、とりあえず思想的要素を抽出するという作業も両輪の片側をしっかりしたものとするということで、いうまでもなくきわめて重要な作業と言えます。(しかし、私個人に関しては、そう言ったヘルダーリン研究という関心からではなく)初めに述べたように、私がヘルダーリンのこのテクストを扱ったのは、ドイツの作家における言語思想の展開において、ヘルダーリンがかなり重要な位置を占めていると思われたからで、そういった文脈からこのテクストを捉え直すことは意味のある作業ではないかと思います。