1998年度 インターネット講座

メディア・情報・身体 ―― メディア論の射程

第1回講義 参考2

例えば、最近刊行された(1998年3月)岩波の『哲学・思想辞典』では、社会学に身を置いている大澤真幸氏(これまで千葉大学でしたが、最近、京都大学大学院に移ったようだ)が「メディア論」の項目(下を参照)を担当しているが、「社会学で「メディア論」といった場合には」と断った上で、1.マクルーハンらのメディア論の流れ(これについては、おそらく次回取り上げます)と、2.パーソンズ、ルーマンの機能主義的社会理論におけるメディア論という、社会学における二つの系統の議論の伝統についてのみ触れている。これはもちろん、辞典という性格によるところが大きいと思われ、大澤氏の実際の著作(『意味と他者性』、勁草書房、1994;『電子メディア論』、新曜社、1995;(共著)『岩波講 座 現代社会学』岩波書店、1995〜など)では、関心ははるかに多様なところへと広がっている。とはいえ基本的には、社会学的な領域を地盤としながら、哲学やさらには文学などにも論を及ばせていくという形を取っているといえるだろう。

岩波の『哲学・思想辞典』の「メディア論」の項目

メディア論

社会学で「メディア論」といった場合には,伝統を異にする二つの系譜が含まれる.

1.コミュニケーションを媒介する技術(テクノロジ一)としてのメディアが,コミュニケーションそのものや,社会構造・社会意識の全般とどのような関係をもっているかを探究するメディア論の系譜がある。この系譜の起点となったのが,20世紀中盤のトロント・コミュニケーション学派,即ちH.イニス,E.ハヴロック,M.マクルーハン等の研究である.
とりわけマクルーハンは,メディアが人間の経験を媒介する様式を人類史的な規模で概観し後の研究に大きな影響を残した・マクルーハン以降,メディアの歴史を,@音声メディアの段階,A文字メディア登場以降の段階,G電気的な技術メディアの登場以降の段階,の三つに区分するのが一般的となった.マクルーハンによれば,音声メディアに基礎をおく口述文化の段階は,全感覚的な相互作用に親和的であり,部族的な共同性を作りだす。マクルーハンやW.J.オンダは,文字メディアが視覚優位の文化を生み出したと論じた.彼らの議論によれば,文字メディアは,因果律的な時間意識をもたらしたり,社会の個人化を促進する等の影響を残した.Aの文字文化の段階には,印刷文字の登場以前と以降に大きな断絶があったと見なされるのが通例である.マイルーハンは,電気メディアは,口述文化の経験の形式を現在において復活させ,やがて地球規模の部族的共同体が作りだされるだろうと予言したが,これには反論も多い.歴史的メディア学の構想を有するF.キトラーは、Bの段階を、アナログメディアの段階とデジタルメディア(コンピュータ)の段階に下位区分することの重要性を強調する。電子的なデジタルメディアは、1対1や1対n(マスコミ)のコミュニケーションに加えて、n対n(不特定多数の間)のコミュニケーションへの技術的可能性を大きく促進した。M.ポスターは、メディア(特に電子的なメディア)と経験の形式の関係を理解する鍵概念として、<情報様式>なる概念(生産様式の概念からの類推)を提案している.

2.機能主義的な社会理論の領域では,「メディア論」という語は,しばしば別の議論の伝統をさしている。T.パーソンズは,自らが構築したAGILの四機能図式に従って,社会システムは四つの部分システム(A:経済システム,G:政治システム,I:規範統制システム,L:文化的コミットメント・システム)に分化するとし,それら四つの部分システムの間の相互交換を媒介する因子として,四つの「一般化された交換のシンボリック・メディア」が発達する,と論じている.四つのシンボリック・メディアとは,価値コミットメント(Lに対応),影響力(I),権力(G),貨幣(A)である.N.ルーマンは,パーソンズによる四つの機能的部分システムの区分が恣意的であること等を批判して,メディアの理論を、部分システム間の互酬的交換関係の領域から,コミュニケーションー般の領域へと拡大Lた.コミュニケーションとは選択の接続だが,ある行為や体験が遂行した選択が,後続の選択に肯定的に受容され,有効に伝達される保証はない.このため,選択の肯定的な受容を動機づける機能をもった「シンボルによって一般化されたコミュニケーション・メディア」が,社会進化にしたがって分 化し,発達してくるとルーマンは論ずる.選択の偶有性が,環境に帰属化される場合を体験,行動するシステムに帰属化される場合を行為と区別した上で,四つのタイプのコミュニケーション・メディアを分類しうる,とルーマンは論ずる.四つのタイプとは,他我の体験から自我の体験への接続にかかわるメディア(例:真理).:他我の体験から自我の行為への接続にかかわるメディア(愛),他我の行為から自我の体験への接続にかかわぎメディア(貨幣,芸術、,他我の行為から自我の行為への接続にかかわるメディア(権力)である.【文献】M.ポスター(室井尚他訳)『情報様式論』岩波書店,1991;N.ルーマン(長岡克行記)『権力』勁草書房,1986.〔大津真幸〕