本稿は、現代国際社会における立憲主義的性格を探求する問題意識を持ちつつ、近年強まった「ウェストファリア神話」への批判の意義を探ることを試みる。国際社会において立憲的な(constitutional)秩序が存在しているのかどうかは、今日の国際法学や国際政治学において、一つの大きな問題となってきている。本稿は、国際社会全体を規定する構成原理が上位規範として存在していることをもって、国際社会が立憲的な性格を持っていることとみなす。ただしその立憲的秩序には、歴史的な変遷があり、様々な政治思想および政治的立場が葛藤を繰り返している。「ウェストファリア条約(Peace of Westphalia)」において何が起こり、何が起こらなかったのかを確認することは、国際社会の立憲的性格を検討する際に有益である。「ウェストファリア体制の神話」とは、1648年に主権国家のアナーキーな国際体系が成立し、それが今日に至るまで360年間以上続いているという、およそ歴史的な裏付けを欠いた「物語」のことである。したがって「ウェストファリア体制の神話」への批判とは、歴史のどこかでは「ウェストファリア体制」が成立したという考えが、証明されない「物語」に過ぎないと指摘することである。もし「ウェストファリア体制」への信奉が「神話」にすぎないと考えるならば、そのとき可能となる国際社会の性格付けも大きく変わってくるであろう。この「物語」は、学科の誕生とともに便宜的に生み出されたものである。そこで本稿は、国際法学の文脈では19世紀国際法学者、国際政治学の文脈ではモーゲンソーに代表される20世紀の国際政治学者に注意を払うことを促す。国際社会の立憲的性格の理解は、国際社会の現状を歴史的に把握することを求める。
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